転生したらロイヤルミルクティーだった件
俺の名前はロイヤルミルクティー。
例に漏れず転生者だ。
まさか、念願叶って俺自身がロイヤルミルクティーになれるとは思ってもみなかった。ロイヤルミルクティーは至高。この世に存在する飲み物の中でも最上位の存在。いや、神の叡智といっても言いすぎということはない。その存在に俺はなったのだ。
うーんロイヤル。
しかしレモンティーでなくてよかった。あれはレモンが自己顕示欲を振りまく、軽薄きわまりない飲み物だ。香りの上品さも、深みも、全てがレモンの尖った自己主張にかき消される。レモンティーになってしまった紅茶には同情を禁じ得ない。
さて、ギフト「紅鳶色の霊液」で数々の冒険を成功に導いてきたが、そろそろ嵩が減ってきた。ここらでどこかの街に腰を落ち着ける、いやティープレスのように茶葉を落ち着けたいと思い、このブラックティー辺境伯領へやってきたところだ。
果たしてこの街は俺に相応しい街だろうか。焼きたてのスコーンのようにヨーロピアンな街だといいのだが。お眼鏡にかなえば少しくらいディップを許可しよう。
それにしても、ひとつ前のカフェイン王都はひどかった。
コーヒーの野郎どもがデカい顔をしやがって。あんなもの、ただ苦いだけで風味も何もあったもじゃない。特に第一王子のエスプレッソ、なんだあれは。ちょっとしか入っていないくせに、ひたすらに濃くて苦い。何かの間違いかと疑ったほどだ。チョコレートと一緒に出すぐらいなら最初から甘くしておけ。
とにかく、あんな液体が混じったら神聖なロイヤルミルクティーが汚れてしまう。考えただけでも陶器の肌に茶渋が浮かぶ。早々に出てきて正解だった。まあ、俺ぐらいのロイヤルさがあれば持ち前の乳成分で包み込み、事なきを得ただろうが。
──などと、終わったことをどうこう言っても仕方がない。それは貴族の飲み物に相応しくない所作だ。ロイヤルミルクティーたるもの常にロイヤルたれ。
愚痴はこのぐらいにして、街を見て回ることとする。
そうして街道を歩き出した俺であったが、すぐにその足は止まることになった。
「きゃー、だれか助けて!」
広場の方から悲鳴が聞こえる。見るとすでに人だかりが出来ていた。何か揉め事があったらしい。こういう時こそロイヤルミルクティーの出番だ。
スキル「早摘みの軌跡」で颯爽と駆けつけ、睨み合う二つのグループのあいだに割って入った。
「どうしたんだ諸君、あまりいがみ合うと渋みが蔓延してしまう。ここは俺が仲立ちを務めようではないか。さあ事情を話してみたまえ」
荒々しいダストの浮いた褐色の液体がこちらへカップを向ける。
「ああん、なんだって? っつーかあんた誰だよ、よそ者は引っ込んでろ!」
おそらく淹れ方がまずかったのだろう。言葉の節々からえぐみを感じる。それに、油のようなツンとした香りも漂い、賞味期限も過ぎているとみた。ああ、せっかくの茶葉がもったいない。ノットロイヤル。
彼らと対峙するグループにカップを向けると、一転して花のようにフレッシュな香りが鼻腔をくすぐった。色味も鮮やかで、適切な管理がなされているとすぐにわかる。いい心がけだ。グッドロイヤル。
俺が感心していると、その中の一人が口を開いた。
「あ、あの、もしかして、あなたはプレミアムティー様ですか?」
「プレミアムかどうかは分からないが、まあそう呼ぶものもいる」
「やっぱり! 見ただけで滑らかな口当たりが想像できるその見た目、嗅げば舞踏会にいるような気持になる最上の香り、ああ、カップの際で重なるその波紋にさえ心が満たされる思いです。きっと、えぐみなんか欠片もないんだろうなあ」
「そんなに褒めるんじゃない。まあ、どれも事実ではあるがな」
鷹揚に応じた短い間に、いつのまにか皆が拝むようにして俺にカップを向けていた。悪い気はしないが、今はそれどころではない。
「それより、何があったんだ?」
「あっ、そうでした。実は、アールグレイ派閥とダージリン派閥の抗争がありまして。どちらがどちらか、というと色々と問題になりそうなので控えさせて貰いますが……。それで、抗争というのは──」
そうして語った内容は次のとおりだ。
この街、ブラックティー辺境伯領には元々アールグレイ村とダージリン村があった。領地が併合されてからもそれぞれで単一茶葉を納めていたが、近年の消費者のライフスタイル変化でリーフティーの需要が減少。しかし、それに代わる形で紅茶飲料が需要を伸ばしたため、紅茶産業全体の需要減少は逃れた。
──が、そこにはひとつ問題があった。紅茶飲料はブレンドが基本。代々続く伝統ある単一産地の茶葉事業を捨てるか、それとも維持するか……。どちらに舵を切るか、領地内でも議論が続いており度々こういった揉め事が起こっている。
と、こういうことらしい。
さっきの荒々しい奴はブレンドに賛成している側の派閥らしい。癖の強さから今まで低い等級で買いたたかれてきたが、これを機にもう一方の高い等級と合わさって単価が上がることを期待しているのだ。
別のブレンド派が赤茶色の液面を激しく揺らして、単一茶葉派に詰め寄る。
「へっへっへ、お嬢ちゃん良い茶葉してるじゃねえか。一芯二葉か? 俺とブレンドしようぜ。シングルオリジンティーにはない複雑な味わいを奏でようじゃねえか」
「いやらしい眼で見ないでよね! あんたなんかただの雑味よ! さっさとティーバックに入ってお湯に色を付けてればいいのよ!」
ブレンド派が言い寄り、単一茶葉派がにべもなく切り捨てる。するとブレンド派が更にヒートアップし、それと合わせ鏡のように単一茶葉派の言動も激しくなる。そのような関係がここ数ヶ月続いていると、さっきのフレッシュな彼が困りカップで教えてくれた。
原因はわかった。やはりここは俺の出番だ。
スキル「静寂と覚醒の詩」
思考能力が飛躍的に向上し、次から次に解決策が浮かんで来る。さて、この中で最善はどれだろうか──聖剣ティースプーンを引き抜き、液面に浮いた細かい泡をすくって飲む。幸運のルーティーンだ。
うーんロイヤル。よし、決まったこれで行こう──
チン!
俺はティースプーンでカップを軽く叩き、それを高々と掲げた。
すると喧騒が静まり、皆の視線が俺に注がれた。どういうことかとカップを見合わせるもの、熱くなり過ぎた中身を冷ますものやクッキーをディップして気を落ち着けるもの、ティースプーンの先を見上げて中身がこぼれる者もいた。
辺りには、何が起こるのかと期待にカップを揺らすちゃぷちゃぷという音だけが残り、それらを確認すると俺は大きく息を吸った。
「諸君! ここは俺に任せてくれないか!」
突然の宣言に、一同は波紋も立てずに静まり返った。次の言葉を待っているが、俺はあえて何も言わない。促すようにフレッシュな彼へティースプーンを向けると、それが合図だと気付いたのかおずおずと持ち手を上げた。
「あの、任せる、とは……?」
「俺には、諸君の抱える問題の解決策がある」
「ほ、本当ですか!?」
ふたたび辺りにざわつきが湧いてくる。
「ああ、しかし、それには双方の協力か必要だ。いがみ合う気持ちは分かるが、このままいけばどちらもジリ貧になる未来が見えている。このまま別々に渋みを増すより、共に“円熟の一杯”を目指そうではないか。この俺、ロイヤルミルクティーに騙されたと思って、甘い誘惑に溺れてみないか?」
そういうとフレッシュな彼は目を見開いた。
「あなたがあの、ロ、ロイヤルミルクティー様だったのですか!?」
俺の言葉にざわつきは最高潮に達し、カップ同士が打ち付けられて甲高い音が加わる。
まさかあのお方が──、どうしてこんな辺境に──、きっと偽物だ、いやあの輝きは間違いない──、どうりでロイヤルだと思った──、ああ一滴で良いから混ざってみたい──、驚きの言葉がさざ波のように広がっていく。
ざわつきはブレックファストカップのようにたっぷりと、時間にして数分は続き興奮と湯気が辺りを覆いつくした。
それからまた数分が経ち幾らか収まると、ブレンド派の中にいたオールドロットらしきカップが民衆を代表するように進み出た。そして震える声でいった。
「ロイヤルミルクティー様、ぜひとも我々をお救いください」
ブレンド派にも話の分かる奴がいたらしい。
単一茶葉派の方からも、液面の縁に薄い光の縁取りを持った瀟洒なカップが一歩前に出る。
「ロイヤルミルクティー殿、私たちからもお願いしたい」
恐らく二人が派閥の代表者なのだろう、彼らの言葉に異論を差し挟むものはいなかった。
では──。
「よろしい、策を伝えよう。まず、消費者は基本的にストーリーに弱い。とりあえず何らかの物語性を持たせれば、それを初摘みの一滴のようにありがたがる。幸いこの村には伝統がある。そこをプッシュして”古都で育った職人の手摘みブレンド”や”小さな農園の陽射し紅茶”などの背景を付加すれば、むしろ単一茶葉であることがステイタスになるだろう」
俺の策を聞いた途端、一同は中身がこぼれるのも気にせず盛大に頷いていた。感心する紅茶たちであったがブレンド派が控えめな声で異を唱えた。
「せっかくロイヤルミルクティー様が出して頂いたご提案ですが……確かに単一茶葉派にはそれでいいかもしれません。ですが、我々ブレンド派は癖が強すぎるものが多く、単一茶葉として生きるのはやはり難しいと思います」
「まあそう慌てるな、もちろんそこも考えてある。ブレンド派にはスパイスティーだ。特にチャイが向いていると俺は考えている。癖が強すぎるといったが、逆をいうとそれだけ主張があるということだ。それ単体ではその強さが鼻に突くが、スパイスと合わせてチャイにすることで強みになるはずだ。その癖も乳成分と砂糖の甘みで上手くカバー出来るだろう」
「なるほど、チャイとは……! それは盲点でした! さすがロイヤルミルクティー様。そこまでお考えのあなた様に異論を唱えるなどと、実に浅はかでした」
申し訳なさそうにするオールドロットの後ろでは、俺の案に感銘を受けたのかブレンド派のカップたちがより強く頷いていた。
やっぱりロイヤルミルクティー様はすげえや──、さすが貴族の飲み物よね──、乳成分がいい味出してらあ──、さすがロイヤル──、感嘆を口々に発して再び湯気が立ち始める。
そしてどこからともなく、「ロイヤルミルクティー様万歳!」と声が上がった。
それは湯に紅が落ちるように波及して、「ロイヤルミルクティー様万歳!」の声はあっという間に辺りを埋め尽くした。熱気と湯気が広場を包み、民衆は互いに混ざり合うのもお構いなしに、取っ手を取り合い朱色の液体を飛ばしあっていた。
やれやれ、俺、またなんかやっちゃいました?
うーんロイヤル。
※※※※※
ブラックティー辺境伯領に茶葉を、いや腰を落ち着けて数週間後、俺は領主であるブラックティー三世に呼び出されていた。
「ロイヤルミルクティー殿、よく来てくれた。礼を言う」
「いえ、俺は領民になった身分ですから、領主の呼び出しに応じるのは当然です」
「そう言って貰えて助かる。して、呼び出した目的だが──」
そうして語ったのは、俺がこの世界に転生した理由でもあった。
魔王ミルクティーが復活したのだ。伝承によると、それを討つことが出来るのは唯一勇者だけ。そして、聖剣ティースプーンを持つこの俺ロイヤルミルクティーこそが、その勇者である。遂にこの時が来た。
「ロイヤルミルクティー殿、魔王ミルクティーを討ち取りどうかこの世界を救って欲しい」
「……わかりました。ロイヤルミルクティーは貴族の飲み物、そして貴族であれば持てる者の義務を行使するのは当然のことです。なに、魔王なんぞ俺のスキルを駆使すれば、紅茶にミルクをひと差しする程度の造作もない行為です。カティーサークに乗ったつもりでご安心ください」
「おお、そういって貰えると心強い、国を代表して感謝しよう。頼んだぞ勇者ロイヤルミルクティーよ、魔王を討ってくれ!」
※※※※※
魔王討伐に出て三ヶ月後、遂に俺は魔王城へとたどり着き、そして魔王ミルクティーと対峙した。
「お前が魔王ミルクティーか、恨みは無いがこの世界の為に倒れてもらおう」
かくして壮絶な戦いの火ぶたが切って落とされた。
ギフト「紅鳶色の霊液」でもたらされた全てのスキルを、抽出のすべてを、全身全霊を以て魔王へぶつける。
スキル「黒き葉脈の律動」
スキル「白銀の芽が紡ぐ光弦」
スキル「余韻の深謀」
……
──スキル「砕かれし刃の迅閃!」
渾身の一撃に、遂に魔王が膝をつく。
「ふっ、この私をソーサーから引きはがすとは、さすがは勇者だと言っておこう。ここまで追い詰めた褒美だ、名を聞いてやろうではないか」
「なにを偉そうに、だがいいだろう。俺の名前はロイヤルミルクティー、貴族の飲み物だ」
「ロイヤルミルクティーだと? ふ、ふふふ、ふはははは!」
「なにがおかしい!」
「これを笑わずしておられるか、まさか勇者と魔王の原材料が同じとはな」
「ふざけるな俺とお前では生まれが違う、一緒にしないでもらおうか。紅茶に牛乳を入れたせいで薄まったような、中途半端なミルク混ぜ野郎め。俺のように牛乳で紅茶を煮出してから物をいえ」
「ふふふ、さて中途半端はどちらかな?」
「何の話だ、俺は由緒正しきヨーロッパ生まれの貴族の飲み物ロイヤルミルクティーだ。中途半端などと嘲られる謂れはない!」
「だから、それが間違いだと言っているのだ。知らないようだから教えてやろう──
ロイヤルミルクティーは、なぜか一部の界隈でヨーロッパ貴族の飲み物として認知されているが、実際は日本生まれの飲み物だ。1980年代にとある喫茶店のマスターがイギリスで飲んだミルクティーに感銘を受けて、それを再現しようと作り出したのが始まりだ。
たしかに、元を辿ればヨーロッパは関係するが、そもそもロイヤルミルクティーという名前の飲み物は現地には存在しない。れっきとした和製英語なのだよ。なのにとある界隈では貴族の飲み物扱い。それを誇りにするお前たちも、全て幻想に踊らされておるのだ。
悲しき道化、ロイヤルミルクティーよ。お前の気品は全て後付けの物語に過ぎぬ!」
「そ、そんな、嘘だ! 俺は由緒正しきヨーロッパ貴族の飲み物、ロイヤルミルクティーだ!」
「受け入れたくなければそれでも構わない。だが、これが真実だ。検索すればいくらでも出てくる」
苦悩する俺に対して、魔王は口元を歪ませる。その目からは憐みすら感じられた。
受け入れがたい事実を前にして、カップにひびが……! じわりと中身が染み出る──中身もすっかり冷めてしまった。もはや、これまでか──。
そのときだ、カップに走る亀裂の衝撃で転生前のある記憶が蘇る!
そうだ──俺は……! 誇り高きロイヤルミルクティーだ!
なぜ今まで忘れていたのだ。俺がロイヤルミルクティーをどれほど愛していたかを──イギリスのミルクティーへの敬意と、日本の紅茶文化を背負っていくという信念。それが貴族とは関係ないのにつけられた「ロイヤル」に込められた強い想い──
「それでも! 皆が信じる限り俺は貴族の飲み物、至高のロイヤルミルクティーなんだ! うおおおー!」
最後の一滴まで香りを引き出すように全ての力を注ぐ!
奥義! スキル「黄金の滴が落とす静謐!」
パリーン!
両者のカップにティースプーンが深々と突き刺さり、液体が漏れ出ていく。
相打ち、か。それも悪くない。この世界でロイヤルミルクティーの名声を高めることが出来たのだから──
割れたカップの下で、紅鳶色の液体がゆっくりと地面に吸い込まれていく。
いいロイヤルだった……。
そう呟くと同時に、俺は意識を失った──
※※※※※
──気がつくと、そこは天界だった。
目の前で俺を転生させた女神が微笑んでいた。
「勇者ロイヤルミルクティーよ、魔王を討ち倒し見事嗜好飲料界に平和をもたらしたそなたの働き、実に大義であった。その功績を讃え、再度転生のチャンスをやろう。次はゆるりと余生を過ごすがいい」
「ありがとうございます」
「礼はいらぬ。では、我も忙しいのでな、早々に転生の儀に入る」
女神は言うと、虚空に両手をかざし呪文を唱え始めた。両手からまばゆい光が線のように伸びていき、空中を飛び交い魔法陣を構成していく。
俺がそれに見惚れていると、不意を突いたように女神がいった。
「それでは、次は“レモンティー”としての生を授けよう」
「え? レモンティー?」
「ああ、ちゃんと薄切りレモンをつけておくから、上手く活用するように。では!」
魔法陣から光が立ち上り、すでに女神の姿は見えなくなった。声もかき消され、女神には届かない。
そんな! あんな軽薄な飲み物になるなんて!
俺は叫んだ。
「お願いだ! せめてミルクを入れてくれ!」
――だが次の瞬間、柑橘の香りが鼻をついた。
登場飲料たち(ロイヤルミルクティー、レモンティー、エスプレッソ等)を乏す意図はありませんが、不快に思われたら申し訳ない。




