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ふと、目が覚めた。
すると、目の前に凛々しい顔がある。 私は驚き飛び退いた。 一瞬、自分の置かれている状況が理解できず戸惑ったが、陽の差す室内を見回すと、豪華な家具が目に入る。 今まで自分が見ていた、簡素で素っ気無い室内とは大違いだ。
そこで、やっと、理解した。
「私、逃げられたのね。 もう、彼に怯えなくてもいいのね………」
気付けば、頬を涙が伝っていた。 嬉しくて仕方がない。 が、今まで彼から受けていた屈辱の日々も思い出し、悔しい思いも込み上げる。
でも、でも、それも、もう終わったのだ。 私は自由だ。
落ち着いてきた私は、再び隣国の護衛騎士、見知らぬ男性を、マジマジと観察した。
騎士だからなのか、彼とは違い柔らかい雰囲気を感じない。
とても凛々しく、颯爽とした雰囲気を感じる。 頼りがいがあるようにも思うのは、助けてもらったからなのか。 そして、精悍で綺麗な顔をしている。
それと、彫刻のように美しい身体が、薄い布からハミ出てしまっていた。 枕にしている腕は、筋ばっていて、とてもたくましい。 細くみえていた身体だったが、さすが騎士だと感心する。
それと、思わず目を背けてしまったが、くっきりと割れた腹部に興味がわいた。
見てはいけない。と思うほど、私の視線は彼の腹部に吸い寄せられる。 その窪みに触れたくなる。
が………、私は誘惑に勝てなかった。 そっと、人差し指で、その割れ目をなぞった。
彼もそこそこ鍛えていて、薄っすらと割れていたような気がするが、見知らぬ男性の比じゃない。 彼のそれは、硬くゴツゴツとしていて、指先で押してみたが、まるで石のようだった。
見知らぬ男性は、まだ目を覚まさない。 腕を枕にしている。
ニマニマと笑みがこぼれる。 私は掛物を引き寄せ、彼の隣に潜り込んだ。 穏やかな寝息で肩が上下している。 少し隙間のある薄い口唇を、そっと指先でなぞった。
自由になった事で浮かれている私は、随分と大胆になったようだ。 気付かれないのをいい事に、彼のたくましい身体を指先で堪能していた。
ふと、顔を上げると彼と目が合った。 世界が止まった。 こんなにも愛しげに見つめられた事があっだろうかた。 私は息苦しさを感じた。
「失礼かと思ったのだが、隣に寝かせてもらった。 安心して? 君とは違って、指一本触れていないから」
そう言うと、彼はカラカラと笑い出した。 私もつられて笑い出す。
「少しでも目を離すと、また、君がいなくなりそうで………」
そう言いながら起き出した彼は、側に置いてあったのだろうか、ま白いシャツを羽織る。 その仕草さえも、男らしくて惚れ惚れする。
見知らぬ男性が部屋を出ていったと同時に、侍女が入ってきた。 私の着替えをしてくれるという。 その後、「食事に誘われている」と、教えてくれた。
やっと、貴族令嬢らしい日常を取り戻したような気がした。 あの囚われの塔から、彼から逃げ出せたのだと実感がわく。
*****
食堂には、見知らぬ男性以外の騎士たちがいた。 気後れし脚がすくんだ私だったが、彼に背中を押され踏み出した。
入口に立つ私に視線が集中したが、一瞬の事だった。 直ぐに皆、何事も無かったかのように、食事を取り始めた。
視線を感じ見上げると、彼の優しい微笑みが降り注いでいた。 幸せだった。
見知らぬ男性は私を、彼らとは違う区切られた空間、仕切り壁の向こう側へと連れて行く。 そこは、明らかに身分の高そうな人々が食事を取っていた。
入口に立つ騎士に会釈をし、案内される席へ座る。 目の前に出される食事は冷めきっていて、毒味がされた後だとわかった。
「あなた、いったい何者なの?」
護衛騎士に毒味がつくなんて、聞いた事がない私は尋ねた。 が、帰ってきたのは、やはり微笑みだけ。 謎が多い人だ。
私の疑問に答えることなく、見知らぬ男性は話出した。 簡単にいえば、私は『交換留学生』として彼の国へ出国する。
よく、両親が許したものだ。と、不思議に思っていると「交換留学生の家族には、協力金が支払われるんだよ」と教えてくれる。
なるほど、私は金で売られたのか。 でも、もう、父親の仕事のために、彼に囚われるのは御免だった。 売られる方がマシだ。
「これで、君は自由だ」
見知らぬ男性は、微笑みながらグラスを傾けた。
―――あっという間に私は、隣国へと向かう馬車の中にいた。
昨日の夜、彼と交わってた私が今、まったく別の男性と馬車に乗り、あの国から離れていく。 なんと、奇妙な事だろう。
もう二度と、彼と会う事もないだろう。 あの山を越えれば、本当に自由だ。 幸せな未来が待っている。
私は馬車から身を乗り出し、自由を満喫する。 そんな私を、見知らぬ男性が微笑みながら見つめていた。
「ねぇ、名前を聞いてもいいかしら?」
私は、椅子に戻り問いかけた。
「セロニアスだ。 そう言う君の名前は? まだ、君の口からは聞いてないな………」
爽やかに尋ねてくるセロニアスに、私は微笑みで答えをはぐらかす。 だって、書類を作るのに私の名前を知らない訳が無いじゃない。 もう少し、彼を焦らしたい。
窓に私の顔が映り込んでいた。 その瞳が妖しく、深い紫に煌めいていた事は、知られてはいけない。




