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私は、暗闇を走っていた。
囚われていた塔の位置、灯から推測した宮殿の前庭、彼女から聞いた事のある迎賓館、そこから互いの位置関係を推測し、迎賓館へと向かっていた。
そもそも、灯の列が宮殿に向かっていなければ、全てが無駄だ。 夜会を開く会場はたくさんある。
ただ、国をあげての夜会が行われるのは、迎賓館近くにある宮殿だった。 隣国の貴賓を饗すならば、宮殿だろう。
全てが、私の憶測の中だった。 一つでもピースが違えば、私の計画は泡と消える。 また、塔へと逆戻り。
それに、一つ厄介な事に気が付いた。 とても、歩ける距離じゃない。 勢いで走り出していた私は、今、しゃがみ込み、酸素を取り入れるべく全身で呼吸をしていた。
とてもじゃないが、迎賓館の場所までたどり着く事は出来ないだろう。
早々にあきらめた私は、馬を探すべく馬小屋を探す事にした。 きっと、居住区より離れた所にあるだろう。と、憶測した。 だって、馬は臭いもの。 だから、塔の近くにあるかもしれない。 あって欲しい。
呼吸が落ち着くのを待ちながら、私は五感を澄ました。 馬の匂いと鳴き声を感じ取ろうとしていた。
その時、馬の嘶きが聞こえた気がした。 それを頼りに、その方向へ足を進める。 思いのほか疲れていたようで、歩みは遅い。 だが、一歩ずつ、解放される未来へと進んでいる気がして、気持ちは軽い。
―――静寂の中に、自分の荒い息づかいしか聞こえない暗闇で、遠くにオレンジ色の灯を見つけた。
広く曲がりくねった石畳、低い植木。 身を隠す場所が見当たらない中、なんとか植栽の影に逃げ込んだ。
息を殺して見ていると、一人の男性が近づいてきた。 甘ったるい匂いがしないので、少なくとも彼ではないだろう。
その男性はカンテラの灯を持ち、小屋らしき建物の中へと入っていく。 薄っすらと窓が明るくなる。
と、馬の低い鳴き声が聞こえてきた。 馬小屋だ。 私は息を殺して、その男性の姿が消えるのを待つ。
独り言の様な低い声が聞こえてくるが、何を言っているのかまでは、わからない。
一分一秒が数時間にも感じる。 もう、夜が明けてしまうのでないか。と、思うほど長い事待っているような気がしていた。
―――どれほどの時が過ぎたか、分からない。
ほんの数分かもしれないが、ウトウトしていた私は、足音が遠ざかっていくのに気が付いた。 そっと、頭を出してみると、オレンジ色の灯が暗闇へと消えていくのが見えた。
私は大きく息を吸う。 緊張していたのか、身体中が強張り痛みを感じていた。
ゆっくりと茂みの中から這い出した私は、気持ち小走りで、馬小屋らしき小屋に飛び込んだ。
「なっ………」
私は言葉を失った。 暗闇の中で光る目が、一斉に私を見た事に驚き、思わず後退る。
そして、その大きさ。 私が知っている馬より、一回り以上大きい。 「乗れない」直感的に、そう感じた。
ヒィーン!!
一斉に馬が、甲高くいなないた。 前脚を高く上げる仕草に、恐怖を感じた。
急いで小屋から逃げようとした私の目の前に、誰かが立ちはだかる。 暗闇でシルエットしか見えない。
私はその横を通り抜けようと試みるが、敢え無く失敗した。 腕を掴まれ、捻り上げられる。
「何をしているっ!」
聞き覚えのある声だった。 「あっ」と思った瞬間、私は床に投げ出された。 藁がチクチクと身体に刺さる。
目の前で上がる馬の脚が怖くて、私は頭を抱えうずくまってしまった。
その声の持ち主は、私の腕を取り、顔にカンテラの灯を近づける。
「あ………、あなたは………」
灯が眩しくて、目がなかなか開けられないが、やはり、この声の主は『見知らぬ男性』だった。
彼は、私の突然の来訪に驚き、声を失っていた。 が、これはチャンスだった。 私は彼に飛びつき、懇願した。
「お願い。馬を一頭貸して。 今すぐ此処から逃げたいの」
「やっ………」
状況が飲み込めない『見知らぬ男性』は、「ひとまず此処を出ましょう」と言い、私を抱きかかえた。 先ほどまで騒がしかった馬たちは、何事も無かったかのように、静かになっていた。
******
見知らぬ男性は、私を迎賓館に連れて帰り、彼に割り振られた部屋に、招き入れてくれた。
見知らぬ男性は、私に温かい飲み物を入れてくれた。
その甘い飲み物は、私の強張った身体と心を解していく。
「君の名前を聞いてもいいか?」
彼は、ヤケに丁寧に尋ねてきた。
「………」
私は、無言で答えた。 普段から私は、自分の名前を伝えないようにしていた。 特に理由はないのだけど。
でも、見知らぬ男性には、名前を呼んで欲しいかもしれない。
「じゃぁ、君は貴族令嬢なのか?」
溜息と共に、彼は質問する。
「そうね。一応。 そんなに爵位は高くないけど」
「そうか………」と、満足気に頷いた見知らぬ男性は「少し待っていてくれ」と言い残し、私を部屋に一人置いて、何処かへ出かけていってしまった。
キョロキョロと回りを見渡すと、机とテーブルと椅子、それに私が座っているソファー。 隣室をのぞけば、大きなベットがあるだけだった。
「本当に客室なのね」
家具一つ一つに繊細な細工が施してあり、それなりの価値がある事が、私にでもわかった。
ウロウロと室内を歩き回り、その豪華な家具を鑑賞していたが、だんだんと眠くなってきた。 先程の甘い飲み物と、緊張が緩んだせいもあるだろうか。
私は隣室のベットに潜り込んだ。 まだ、見知らぬ男性は戻ってこない。
「早いもの勝ちよね」と、私ルールを持ち出して、その羽根のように軽い布団に包まった。




