6
私は悲鳴をあげた。
「なんで? なんでなの?」
見知らぬ男性が、待っているはずだったのに。 裏口から出れば、もう、彼との縁は切れ、新しい人生が待っているはずだったのに。 覚悟を決めたのに。
「どうして? あの侍女が裏切ったの?」
でも、確かに裏口から外へ出た。 「じゃぁ………、そもそも、見知らぬ男性が裏切ったのかしら?」
でも、見知らぬ男性が彼に協力する理由が見つからない。もう、何が何だか分からなくなってきた。
誰が味方で、誰が敵?
私は上を見上げる。 彼と彼女が私を見下ろしていた空間には、今、板で蓋がされていて、その隙間から青白い光が差し込んでいた。
私は坂を這って登り、その板を力任せに押してみた。 だが、その板はビクともしない。 背中で押してみたが、ギシギシと嫌な音が立つだけだ。
あきらめた私は、カビ臭い地面に膝を抱え、うずくまる。
今日は忙しかった………。 とても気分の良い朝を迎えていたはずなのに、彼に辱めを受け、見知らぬ男性と逃げる筈が、なぜか彼に閉じ込められて………。
怒涛の一日を思い返していると、急に眠くなってきた。まぶたが重くなり、私は意識を手放した。
翌日、にぎやかな物音で目が覚めた。 ガヤガヤと人々の話声が聞こえてくる。
飛び起きた私は坂を駆け上り、陽射しの漏れる板の蓋に手を掛けた。
「誰か?誰かいるの? ここを開けて!私を出して!」
懸命に声を張るが、蓋が開く気配はない。 足音がすぐそこにきこえるのだが、誰も蓋を開けてくれない。
板を力任せに叩いているが、雑踏に紛れてしまうのだろうか。
―――どれくらい、そうしていたのだろうか。
声も枯れた。 手も赤く腫れ上がり、ズキズキと痛みが走る。 背中はきっと擦り切れているだろう。 お腹も空いた。
板の隙間から漏れる陽射しは、夕暮れを教えてくれている。
「誰か………、誰か気付いてよぉ………」
涙がこみ上げる。
「もう、別れたいなんて言わないから、ここから出して………。 お願いよ………」
とても惨めでひもじかった。
こんな思いをするなら、彼に弄ばれ、慰み者にされた方がマシだ。と、思う程、精神的に追い込まれていた。
もう、外の音は聞こえない。 もう、誰にも気付いてもらえない。
その時、耳障りな音が聞こえ、ゆっくりと板の蓋が開いた。 暗闇にいたせか良く見えなかったが、声でわかってしまった。
―――彼だ!
「どう? 反省してる?」
脚がもつれ何度か転んだが、私は坂を駆け登り差し出された彼の手にしがみついた。 そして、オイオイと泣いた。 逃げられなかった悔しさよりも、穴倉から出られた嬉しさの方が勝っていた。
穴倉から引っ張りだされた私は、彼にローブを被せられた。 少し離れた区画に空き家があるので、そこへ移動するらしい。
「君との家を見つけたんだ」
彼に抱きかかえらた私は、そのまま馬で移動した。 穴倉から出られた安心感と疲れで、知らない間に私は眠っていたらしい。
気がつけば、二人の家に着いていた。 そこは、殺風景だがこじんまりとしていた。 カビ臭さや湿っぽさがなく、何より土の上でない事が嬉しい。
少し疲れた様子の彼は、私を浴室に連れて行く。 前もって準備をしてあったのか、バスタブに湯が張られていた。
今になって気がついたが、私の身体は土埃で汚れていた。 鏡に映る私の白いワンピースはうす茶に汚れ、顔に土がこびりつき、髪はボサボサだった。
無表情な彼は、私から衣類を剥ぎ取り、無言のまま私を抱きかかえ、ゆっくりと湯に漬ける。
みるみる内に、お湯が茶色く濁る。 彼は私を泡立てる。
―――何度目かのお湯変えで、私は私を取り戻した。 とても、気分が良い。
温かいお湯の中で、彼に背後から抱きかかえられていた。 彼の重みが心地良い。
彼は、私の髪を梳きながら、首筋に何度も口唇を寄せていた。 その、温もりも息づかいも心地良い。
何もかもが気持ち良かった。 少し早い彼の鼓動を素肌に感じながら、忙しなく動く彼の指先に翻弄される。
いつもより寡黙なのが気になったが、もう、閉じ込められるのは御免だった。 私は彼の従順な玩具に成り下がる。
泡にまみれている私は、そのまま背後から彼に突かれていた。
リズミカルな水音、彼の荒い呼吸、私の乳房に腰にとうごめく彼の手指、背中に感じる柔らかい口唇と舌使い、そのすべてが心地良い。
不安と恐怖からの解放と、極度の疲労感のせいなのか、今まで感じた事のない快感を得ていた。 彼から与えられる刺激に溺れていた。
浴室から寝室へと移動した私たちは、夜が更けるまで快楽に溺れた。 このまま、溶けてしまうのでは………、と思うほど。
―――翌朝、陽射しの温もりを感じ、私は目が覚めた。 鳥のさえずりも聞こえる。 重たい身体を何とか起こす。 一つ伸びをすると、隣に誰も居ないことに気が付いた。
そう、彼はいつも居ない。
空腹を感じた私は、隣へと続くドアを開けた。
ゆっくりと開けたドアの隙間から、床に置かれたトレーが目に入る。 食事が乗っているようだった。
不思議に思い近づいた私は、違和感に気が付いた。
ドアの前に、そのトレーは置いてあるのだが、扉の下方に、丁度トレーが出し入れできるような、小窓が付いている。
その小窓を押し開けて見ると、薄暗い空間に、石造りの床が目に入った。 ポーチだろうか。 他は、石壁しか見えない。
真新しいワンピースの膝を払い立ち上がった私は、外へと続くドアを開けた。
―――はずなのだが、ビクともしない。鍵をガチャガチャさせてみるが、やはりドアは開かない。
まるで、外から鍵をかけられているようだ。
「どういう事?」
私は狭い室内を見回し、窓がある事に気が付いた。 一抹の不安を抱えながら、その窓に駆け寄り開けようとしたのだが………。
「何これ。 どういう事?」
窓は開かないばかりか、ここが一階でない事に驚いた。 ここは、何処なのだろう。 かなりの高所である事を感じた。 そう、塔のように。
「そうだわ。 私、少し寝ていたかもしれない」
彼が少し疲れていたように感じたのは、私を抱え階段を登ったからなのだろうか。
「ぜんぜん気が付かなかったわ………」
私は頭を抱える。 なんと、おめでたい事だろうか。 何が「君との家を見つけた」だ。 これではまるで、牢屋だ。
腹立たしくても、お腹は空く。 私は床に置かれたトレーを持ち、テーブルへと移動した。
ここには、他に、ベットと浴室しかない。 私の鳥籠だった。




