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 私は悲鳴をあげた。


「なんで? なんでなの?」


 見知らぬ男性が、待っているはずだったのに。 裏口から出れば、もう、()との縁は切れ、新しい人生が待っているはずだったのに。 覚悟を決めたのに。


「どうして? あの侍女が裏切ったの?」

 でも、確かに()()から外へ出た。 「じゃぁ………、そもそも、見知らぬ男性が裏切ったのかしら?」

 でも、見知らぬ男性が()に協力する理由が見つからない。もう、何が何だか分からなくなってきた。


 誰が味方で、誰が敵?


 私は上を見上げる。 ()()()が私を見下ろしていた空間には、今、板で蓋がされていて、その隙間から青白い光が差し込んでいた。

 私は坂を這って登り、その板を力任せに押してみた。 だが、その板はビクともしない。 背中で押してみたが、ギシギシと嫌な音が立つだけだ。

 あきらめた私は、カビ臭い地面に膝を抱え、うずくまる。 


 今日は忙しかった………。 とても気分の良い朝を迎えていたはずなのに、()(はずかし)めを受け、見知らぬ男性と逃げる筈が、なぜか()に閉じ込められて………。

 怒涛の一日を思い返していると、急に眠くなってきた。まぶたが重くなり、私は意識を手放した。 


 翌日、にぎやかな物音で目が覚めた。 ガヤガヤと人々の話声が聞こえてくる。

 飛び起きた私は坂を駆け上り、陽射しの漏れる板の蓋に手を掛けた。

「誰か?誰かいるの? ここを開けて!私を出して!」

 懸命に声を張るが、蓋が開く気配はない。 足音がすぐそこにきこえるのだが、誰も蓋を開けてくれない。

 板を力任せに叩いているが、雑踏に紛れてしまうのだろうか。


 ―――どれくらい、そうしていたのだろうか。

 声も枯れた。 手も赤く腫れ上がり、ズキズキと痛みが走る。 背中はきっと擦り切れているだろう。 お腹も空いた。 

 板の隙間から漏れる陽射しは、夕暮れを教えてくれている。


「誰か………、誰か気付いてよぉ………」


 涙がこみ上げる。 

「もう、別れたいなんて言わないから、ここから出して………。 お願いよ………」

 とても惨めでひもじかった。 

 こんな思いをするなら、()(もてあそ)ばれ、慰み者にされた方がマシだ。と、思う程、精神的に追い込まれていた。


 もう、外の音は聞こえない。 もう、誰にも気付いてもらえない。


 その時、耳障りな音が聞こえ、ゆっくりと板の蓋が開いた。 暗闇にいたせか良く見えなかったが、声でわかってしまった。

 ―――()だ!


「どう? 反省してる?」


 脚がもつれ何度か転んだが、私は坂を駆け登り差し出された()の手にしがみついた。 そして、オイオイと泣いた。 逃げられなかった悔しさよりも、穴倉から出られた嬉しさの方が(まさ)っていた。

 穴倉から引っ張りだされた私は、()にローブを被せられた。 少し離れた区画に空き家があるので、そこへ移動するらしい。


「君との家を見つけたんだ」


 ()に抱きかかえらた私は、そのまま馬で移動した。 穴倉から出られた安心感と疲れで、知らない間に私は眠っていたらしい。

 気がつけば、二人の家に着いていた。 そこは、殺風景だがこじんまりとしていた。 カビ臭さや湿っぽさがなく、何より土の上でない事が嬉しい。

 少し疲れた様子の()は、私を浴室に連れて行く。 前もって準備をしてあったのか、バスタブに湯が張られていた。


 今になって気がついたが、私の身体は土埃で汚れていた。 鏡に映る私の白いワンピースはうす茶に汚れ、顔に土がこびりつき、髪はボサボサだった。


 無表情な()は、私から衣類を剥ぎ取り、無言のまま私を抱きかかえ、ゆっくりと湯に漬ける。

 みるみる内に、お湯が茶色く濁る。 ()は私を泡立てる。


 ―――何度目かのお湯変えで、私は私を取り戻した。 とても、気分が良い。 

 温かいお湯の中で、()に背後から抱きかかえられていた。 ()の重みが心地良い。

 ()は、私の髪を梳きながら、首筋に何度も口唇を寄せていた。 その、温もりも息づかいも心地良い。


 何もかもが気持ち良かった。 少し早い()の鼓動を素肌に感じながら、忙しなく動く()の指先に翻弄される。

 いつもより寡黙なのが気になったが、もう、閉じ込められるのは御免だった。 私は()の従順な玩具(おもちゃ)に成り下がる。


 泡にまみれている私は、そのまま背後から()に突かれていた。 

 リズミカルな水音、()の荒い呼吸、私の乳房に腰にとうごめく()の手指、背中に感じる柔らかい口唇と舌使い、そのすべてが心地良い。

 不安と恐怖からの解放と、極度の疲労感のせいなのか、今まで感じた事のない快感を得ていた。 ()から与えられる刺激に溺れていた。


 浴室から寝室へと移動した私たちは、夜が更けるまで快楽に溺れた。 このまま、溶けてしまうのでは………、と思うほど。


 ―――翌朝、陽射しの温もりを感じ、私は目が覚めた。 鳥のさえずりも聞こえる。 重たい身体を何とか起こす。 一つ伸びをすると、隣に誰も居ないことに気が付いた。

 そう、()はいつも居ない。


 空腹を感じた私は、隣へと続くドアを開けた。

 ゆっくりと開けたドアの隙間から、床に置かれたトレーが目に入る。 食事が乗っているようだった。 

 不思議に思い近づいた私は、違和感に気が付いた。


 ドアの前に、そのトレーは置いてあるのだが、扉の下方に、丁度トレーが出し入れできるような、小窓が付いている。

 その小窓を押し開けて見ると、薄暗い空間に、石造りの床が目に入った。 ポーチだろうか。 他は、石壁しか見えない。


 真新しいワンピースの膝を払い立ち上がった私は、外へと続くドアを開けた。

 ―――はずなのだが、ビクともしない。鍵をガチャガチャさせてみるが、やはりドアは開かない。

 まるで、外から鍵をかけられているようだ。


「どういう事?」


 私は狭い室内を見回し、窓がある事に気が付いた。 一抹の不安を抱えながら、その窓に駆け寄り開けようとしたのだが………。

「何これ。 どういう事?」

 窓は開かないばかりか、ここが一階でない事に驚いた。 ここは、何処なのだろう。 かなりの高所である事を感じた。 そう、()のように。


「そうだわ。 私、少し寝ていたかもしれない」


 ()が少し疲れていたように感じたのは、私を抱え階段を登ったからなのだろうか。 


「ぜんぜん気が付かなかったわ………」


 私は頭を抱える。 なんと、おめでたい事だろうか。 何が「君との家を見つけた」だ。 これではまるで、牢屋だ。


 腹立たしくても、お腹は空く。 私は床に置かれたトレーを持ち、テーブルへと移動した。

 ここには、他に、ベットと浴室しかない。 私の鳥籠だった。







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