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暴力的な描写があります。 ご注意ください。
久しぶりに、気持ちよく起きられた朝だった。
窓を開け放てば、爽やかな風が頬を撫でる。 鳥のさえずりまでもが「今まで、よく頑張ったね」と、褒めてくれているように聞こえる。
こんなにも清々しい気分は、いつ以来だろうか。 全ての物事が、私の新しい未来を祝福してくれているように感じていた。
三人で打合せた結果、退院予定日はそのままに、両親に「前もって精算する必要がある」と伝え、明日、精算してもらう手筈を整えた。
実際には予定日前日に退院し、見知らぬ男性と共に出国するのだ。
見知らぬ男性の本来の出国日は、本来まったくの別の日なのだが「他にも護衛騎士はいるので、問題ない」と、軽く言う。
その決行は明後日だ。 気持ちがはやる。
―――ところが、現実はそんなに甘くないようだった。
彼が再び現れた。 彼女を連れ立って。
ニヤニヤしながら彼は、ガチャガチャと椅子を引きずりベットサイドに並べ、ドスリと腰を降ろす。 彼女も、何喰わぬ顔で彼の隣に座っていた。
「ねぇ。 立派な騎士の方が出入りしているって、もっぱらの噂なんだけどご存知?」
クスクスと笑いながら彼女が聞いてくる。 私はとぼける事にした。
「この棟は警備が厳重だと聞いてます。 そのせいではないですか?」
「あら、そうなの? ですって」
彼女は含みたっぷりに、彼に問いかけた。
「お前、バレないと思ってるのか? お前の古い友人と三人で長い事、この部屋に籠もっていたらしいじゃん。 昨日、何してたんだ?」
血の気が引いた。 いったい何処からバレたのだろう。 ここには宮廷看護師しか………。
私はハッとした。 彼の女性関係を甘く見ていた。 きっと、宮廷看護師にも親しい友人がいるのだろう。
終わった。 もう、ダメだ。 私は全てをあきらめた。
「ほんと、女ってロクな事を考えないよな」
彼はズイッと身を乗り出し、ベットの上で上半身を起こしている私の顔を覗き込む。
鼻先に彼の息を感じる程の近い距離に、私の心臓は跳ねた。 恐怖で。
「今すぐ喰らいつきたい位だが、我慢してやるよ」
耳元で彼の声が低く響く。 あれほど焦がれていた彼の声だが、今では恐ろしくてならない。
彼の呼気が首筋にかかる。 私の身体は硬直する。 あの頃は、期待に身体が震えていたのに。
「あらあら。 私、用事を思い出したわ」
急に立ち上がった彼女は、そそくさと部屋から出ていってしまった。
その様子を横目で見た彼は、私の首筋をペロリと舐めた。 ゾワリと鳥肌が立つ。
「気を使わせちゃったね」
ニヤニヤする彼は私の顎を掴み、ペロリと舌舐めずりをする。 彼の重みに耐えきれず、私はゆっくりとベットに倒れ込んでしまった。
彼に覆いかぶされた私は、押さえつけられ身動きが取れず、なされるがままだった。
必死に抵抗する私の口唇は、彼に貪られ、あっという間に舌の侵入を許してしまった。
自由な彼の片腕は、私が必死に抵抗しているにも関わらず、私の乳房を弄る。 そして、私の口唇を占領した彼の舌が、今度は乳房を攻めてきた。 乳房を弄っていた彼の指先は、私の身体の下の方、下腹部へと下りてくる。
「やめて! お願い、やめて!」
「お前が別れるなんて、馬鹿な事を言うのが悪い。 二度とそんな事を言えないように、お前の身体に教え込むんだよ」
ヌラヌラと光る口元を、手の甲で拭った彼は、私のワンピースの裾を上げにかかった。 脚をバタつかせ抵抗していたのが仇となった。 めくり上がっていた裾は、簡単に持ち上げられてしまった。
「いやっ!」
身を返して逃げようとする私の腰を、いとも容易く彼が抱えた。
「なぁ、俺がお前の事を一番好きだっての、わかってないの?」
私は尚も逃げ出そうと両手をバタつかせるが、その手は虚しく宙を掻くばかりだった。
彼によって再びひっくり返された私の身体、両脚の間から恍惚とする彼の顔が覗く。
私は力の限り、大声で拒絶の言葉を叫んだ。
「うるさいな………。 いいのか? こんな所、見つかって………」
いつの間にか彼の手には紐が握られていて、抵抗する私の手脚を難無く制し、あっという間に口元を縛られてしまった。
くぐもる声しか出ない私を見下ろしながら、彼は満足気に微笑んだ。
再び私は押さえつけられ、弄られ弄ばれる。
彼は、この状況を楽しんでいるのだ。 やはり、彼はイカれてる。
それにしても、嫌なのに、大嫌いなのに反応してしまう自分の身体が憎らしい。
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どれ程の時間が経ったのだろうか。
窓辺から射し込む陽射しは、夕暮れ時を教えてくれた。 どうやら私は気を失っていたようだ。 途中からの記憶がない。 あれは、何回目だったのだろうか。
―――そんな事はどうでもいい。
気怠い身体を起こすと、乱れたワンピースが目に映る。 所々の布がちぎれ、無くなっている。 腕や脚に、痛々しい赤い痣が浮かび上がっていたが、なんの感情も浮かばなかった。
立ち上がってみれば、太腿を何かが伝う。 ただの布切れとなっていたワンピースが、ハラリと落ちた。
なんとか鉛のような脚を動かし、重たい身体を引きずりながら、隣接する浴室へと向かう。
オレンジ色の光が床のタイルに煌めき、ま白いバスタブが空間に浮かび上がっていた。
バスタブに寄りかかるように座りこんだ私は、ゆっくりと蛇口をひねった。 温かい湯が、湯気を立てながら、ま白いバスタブに貯まってゆく。
だんだんと青味を増す湯を眺めながら、自分が泣いている事に気が付いた。
その事に気が付いた瞬間、もう止まらなかった。止められなかった。
浴室に嗚咽が響いた。
その頃、私の世話を命じられていた侍女が、病室のドアをノックしていた。 返事が無いことを不審に思った侍女は、ゆっくりとドアを開け、その目に映った光景に息を呑んだ。
ベットサイドに椅子が転がり、シーツは乱れ、寝具が無様に床に落ちている。 近寄ってみれば、ちぎれた白い布切れが、あちこちに落ちていた。
大きな白い布を手にとって見れば、それは入院着として使われているワンピースだった。
そして漂う異様な匂い………。
「お嬢様? お嬢様!」
侍女は声を上げ、私を探す。 そして、聞こえてきた水音とすすり泣きで、浴室にたどり着く。
「―――お嬢様、お世話いたします」
侍女は何も聞かずに、私の身体に心地良い温度のお湯を掛け始めた。 私の涙は、まだ止まらない。
侍女に身体を預けながら、身体中に表れている小さく紅い痣を疎ましく眺めていた。
侍女に見られている恥ずかしさよりも、抵抗できず、されるがままだった自分自身が、情けなく悔しい思いがこみ上げる。
挙句の果てに、気を失うだなんて………。
丁寧に洗い上げられた私が病室に戻ると、何事も無かったように整然と整えられた部屋が、そこに有った。 先ほどまでの行為の後が、綺麗さっぱり無くなっていたのだ。
侍女は何も聞かず、何も言わず退室していった。




