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―――彼と、別れる事は出来ないのかしら。
誰も居ない病室で、どんよりと暗い気持ちになっていた。
あの後、宮廷から連絡を受けた両親が、慌てた様子で病室にやってきた。
「念の為に入院する」と、説明を受けたそうだが、入院する程の怪我なのか。と驚き、様子を見に来てくれた。
そこで、私は両親に全てを打ち明けた。
父親の仕事関係で知り合った彼なので、父に迷惑をかけるかもしれない。と、泣きべそをかきながら謝罪した。
ところが、父は理解してくれない。 些細な行き違いだと思っているようだ。
「よく話し合え」と、簡単に言ってくる。
母に助けを求めたが、困ったような顔を向けるだけだった。
「人より少し、社交的なだけじゃないのかしら?」
私は、長い溜息をついた。
「違うの、お母様。 彼の束縛がしんどいの。 お友達と会うことも、話すことも禁止されているのよ?」
しかし、両親には伝わらなかった。
「あなた、ずいぶんと愛されているのね」
そう言われて、この話は終わった。 その上「いつ、結婚の申込に来てくれるのだろうか」などと、とんでもない事を言って帰っていった。
娘の顔が、傷付けられたというのに。
―――午後の面会の時間が迫ってきた。
また、彼が来るのだろうか。 一度入室できたのだから、また来ることも考えられる。
いや、さっきは彼女と一緒だったから、入室できたんだわ。 彼一人では、この病棟に入る事はできないはず。
考えが二転三転する。 不安が押し寄せる。
そうよ。 彼だって仕事をしているのだから、そう頻繁に来れる訳が無いわ。
そう思いついた私は、少し気が楽になった。
でも、ここから出れば、彼から逃げる事は叶わない。
―――午後の面会時間が始まった。
緊張する私の前に現れたのは、古い友人だった。
古い友人は、怒っていた。 あの話を小耳に挟んだのだ。
あの部屋は、確かにそういった行為をする為に使用される事が多い。
そして、私が彼に連れ込まれてから、逃げ出すまでの時間は短かった。
だから、受け入れ態勢云々。といった話に真実味がついてしまった。と、古い友人は怒っていた。
「その行為をしていたとして、顔に怪我なんてしないわよ。普通」
そんな事よりも、行為をしていた云々、を否定して欲しい。と、私は思ったが、それよりも、もっと困った出来事を、古い友人に伝えた。
「彼が来たわ。彼女と一緒に。 それに、面会に来た両親に、彼との事を打ち明けたのだけど、理解してもらえなかったわ。 私、彼から逃げる事は出来ないみたい。 一生、籠の中の鳥なのだわ」
私は、どんな顔をしていたのだろう。古い友人は、目を見張り「どうして」と、泣き始めた。
「ダメよ。あきらめないで。私も協力するから、彼と円満に別れる方法を、一緒に考えましょう?」
「ありがとう」と言いながら、私も一緒に泣いた。 彼と別れるには、死ぬしかないのではないか?と思いながら。
その時、男性の声がした。 彼が来たのかと恐れた私は、緊張しながら入口を見た。 古い友人も同様だった。
ところが、その声の持ち主は見知らぬ男性だった。 あの、飲み物のおかわりをくれた、異国の騎士だった。
「申し訳ない。 泣き声が聞こえたので、そんなに痛むのかと気になって」
そう言う見知らぬ男性の隣には、昨日の宮廷医師がいた。 見知らぬ男性は、傷口が痛んで泣いているのかと医師を呼びに行ってくれたのだ。
こんなにも優しい男性がいるのかと、私は驚いた。
少し恥ずかしそうにしながら見知らぬ男性は、私ベットサイド、古い友人の隣に椅子を並べた。
宮廷医師は、私の傷口を確認して去っていった。
わかりやすく警戒している古い友人に、昨日の出会いを話した。 その様子を見知らぬ男性は、ニコニコしながら見ている。
そして、私に尋ねてきた。「そもそも、何があったのですか? 別れ話にしては過激でしたが」
好奇心からなのか心配からなのかは、判断がつかないが、男性からみて彼の行動は異常なのか、そうではないのか………。 気になった私は、見知らぬ男性に、全てを話す決心をした。
「―――すべての男性が………、とは言い切れませんが、少なくとも私や、私の回りで女性に対し、そのような行動を取る男性を知りませんし、聞いたこともありません。 彼は異常なのだと思います」
見知らぬ男性は、言葉を選びながら答えてくれた。 やっぱり、彼は普通ではないようだ。
「どこか、彼があきらめるまで、身を隠せる所があるといいのですが………」
ここから出て家に戻っても、彼から逃げる事は出来ない。 あの感じだと、両親は彼の肩を持つだろう。
「私の家でもいいのだけど、たぶん、直ぐにバレてしまう気がするわ」
古い友人は、申し訳なさそうに声を落とす。 私が頼れるのは、古い友人しかいない事は、火を見るより明らかだ。
あーでもない、こーでもない。と、悩む私たちを見て、見知らぬ男性が魅力的な提案をしてくれた。 魅力的だが非現実的な提案。
見知らぬ男性と共に、この国を出るのだ。
こっちは真面目に悩んでいるのに。と、少しイラついてしまうほど、あり得ない提案だった。
なんの当ても無いのに、なんのつても無い、無力な私が、隣国で何が出来るというのだろう。
「これでも私は、それなりの立場にあります。 あなた一人養うくらい、何の問題もありません」
いや、問題大有りだろう。 なんの関係もない私が、見知らぬ男性に養ってもらうなんて、あり得ない。
そんな事をして、見知らぬ男性に何の徳があるのだろう。 厄介事でしかない。
「あの時、私があなたに声を掛けたのも、何かの縁だと思いませんか? 気が引けるというのなら、私の屋敷で働いて頂いても構いません」
私に、何の仕事が出来るというのだろうか………。
魅力的だが非現実な提案をした、見知らぬ男性は「また来ます。 考えてみてください」と言い残し、微笑みと共に帰っていった。
残された私と古い友人は、その提案について熟考した。 国を出てしまうというのは、確実に彼から逃げる事ができる。
私と見知らぬ男性を結びつける点は、何もないのだから。 彼は気付きもしないだろう。
「気になるのは、見知らぬ男性が信用できる人物かよね」
私と古い友人は、思い悩む。
見知らぬ男性について確実なのは、この制限つきの宮廷の棟に出入りできる身分がある。 高貴な身分である、と言うことだ。
隣国の騎士で要人の護衛の為に来訪した、というのも本当なのだろう。
「私、見知らぬ男性について調べてみる」
そう言って、古い友人は意気揚々と出ていった。
私はまた、誰も居ない広い病室でひとりぼっち。
でも、どこか晴れ晴れとした気持ちだった。 彼との別離に、微かな希望が見えたのだから。
翌日の午後、早くも古い友人が良いニュースと共に訪れた。
あの見知らぬ男性は、やはり隣国の騎士で、それなりの身分らしい。 この国の高貴な貴族たちが、こぞって彼との縁を繋ごうと躍起になっているそうだ。
それどころか、来訪の目的が『交換留学』に同意してくれる令嬢探し、だという。 いわゆる、嫁探しだ。 それは皆、躍起になるわけだ。
これは、またとないチャンスだろう。 古い友人や両親としばらく会えなくなるが、彼から逃れられる嬉しさの方が、寂しさに勝っていた。
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私と古い友人、そして見知らぬ男性とで、この国から抜け出す方法を練っていた。
といっても、正式な出入国の手続きを行うのだが、彼は元より、彼女や両親にでさえ伝えない事にしていた。 せっかくのチャンスを無駄にしたくなかった。 これを逃せば、私は一生籠の鳥だろう。
そう言うと、見知らぬ男性はクスクス笑う。
「ずいぶんと大きな鳥ですね。 籠はさぞ立派なのでしょう」
笑えない冗談だった。
だが困った事がある。 退院日は家族に伝えらてしまう。 費用の精算もある。 もしかしたら、彼が迎えに来るかもしれない。 いや、きっと来る。 確実に。
「俺から、逃げられると思うなよ」
あの言葉が、私の脳裏に蘇る。 私は恐怖に捕らわれた。
「きっと無理だわ。 きっと両親から彼に伝わる。 退院日は隠せないもの」
身体が震え、私の頬を涙が伝った。
そんな私を二人は勇気付ける。 「大丈夫、きっと上手くいく」と。




