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地獄は、まだまだ続いた。
「一度、希望を持たせてから、絶望を味あわせた方が、簡単に従順になるわ」
エルヴィアの悪魔のような提案が採用され、対象者を一度逃がした。 対象者の世話をしていた、隣国の侍女を利用した。
もちろん、阻害魔法は掛けさせてもらっている。 本人の了承なく。
認識障害を利用し、彼らが予定していたのとは別の、裏口へと誘導させた。
後日、隣国の騎士に尋問されるかもしれないが、侍女本人は、しっかり指示された裏口に案内したと認識しているのだから、押し問答になるだろう。
万が一、その侍女が処罰されたとしても、自分たちには関係ない。 なにせ、他国の侍女なのだから。
そのエルヴィア達の考えにも、ブラウトはついていけなかった。
それからというもの、全てがエルヴィアの計画通りに進んだ。
成功から反転、逃亡に失敗した絶望感と、繰返し飲まされる小瓶の薬のせいで、対象者は従順になっていた。
毎日、毎晩、囚われの塔で繰り広げられる、屈辱的で義務的な行為。 だが、薬のせいで対象者は苦痛を感じず、快楽だけを得ているはずだ。
彼女の発する嬌声。 それだけが、ブラウトの救いだった。
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『対象者は、囚われている事に気付いた様子だったが、今のところ、大人しくしている。 任務者は指示通り、毎日、対象者に新薬の投薬と中和魔力の注入を行なっている』
魔導師長は、ブラウト以外の監視者から提出された報告書を、何度も見返していた。
『古の魔女』ではない。という結果が報告されているにも関わらず、なぜ、対象者をブラウトに監視させ続けるのか。 新薬の投薬を続けるのか。
男爵令嬢の魅了は、彼女が興味、好意を持った人物にしか発動しない。 そして、興味、好意が無くなれば魅了は失せる。
それは、確認済だった。
万が一の為に開発した媚薬も、その効果が確認された。 もう、男爵令嬢を囲い込む必要性をまったく感じない。
それに、ブラウトの衰弱が酷すぎる。 いい加減開放しなければ、彼の精神は病んでしまうだろう。
だが、まだ解除命令は下らない。 誰かが拒んでいるようだった。
意を決した魔導師長は、大切な部下の為に行動する事にした。 取りまとめた報告書を手に部屋を出る。
「まだ、間に合うはずだ」
魔導師長は、夜会の準備に忙しいであろう王太子を訪ねる事にした。 「忙しい」と、断られるかもしれない。 それでも、構わない。 話を聞いてもらえるまで、待ち続けるつもりだ。
*****
―――そして、隣国からの賓客を労う夜会が開かれた。
その夜会には、王太子やその側近、疲れ切ったブラウトも参加する予定だ。 いわゆる、次期国政を担う若者たちだ。
黄昏が闇に飲まれる頃、ブラウトや彼の仲間の魔法騎士たちが、警護も兼ねて会場へ集まっていた。
フロアを見渡せるバルコニーの手すりにもたれ、ブラウトはグラスを傾けていた。 この後の任務、日課となっている対象者への薬物服用と、魅了の中和行為を考えると、酔わずにはいられなかった。
「ブラウト、大丈夫か? ヒドイ顔だぞ?」
彼の裏任務を知っている仲間が、小声で労わりの言葉を掛けた。
「大丈夫なわけないだろ………。 もう、おかしくなりそうだ」
「だよなぁ………」といいながら、友人はブラウトの持つグラスを取り上げる。
「返せよ。 飲まないと、やってられないんだ。 返してくれ………」
「ブラウト………」
「なら、変わってくれよ。 ヘンリック。 もう、お前でもいけるよ」
ヘンリックと呼ばれた魔法騎士は、通りがかったボーイから飲み物を受け取り、ブラウトに渡す。
「俺ら、師団長に直訴したんだよ。 ブラウトが対象者の監視を初めて、もう二年だろ? 『古の魔女』の疑惑も晴れたし、魅了も発動してないし、監視の意味がないだろ? それに、流石に長すぎるだろって。 新薬の実験てのも、納得出来ないしさ。 普通の観察対象者で、いいんじゃないかって」
「………」
黙り込むブラウトの肩を、ヘンリックが軽くポンポンと叩く。
「だからさ、もう少し待っててくれよ。 俺ら、悪いようにはしないからさ」
「あぁ………」
ブラウトは、無理矢理笑顔を作って返した。 その表情を見たヘンリックは、苦笑いをする。
「じゃ、後でな」と、背中を見せたヘンリックを見送り、ブラウトは手にした果実水を一気に飲み干した。
ヘンリックが立ち去ったのを合図に、ブラウトの回りに令嬢たちが群がってきた。
いつも通り、優男の微笑みで彼女たちの相手をする。 彼女たちが欲しがる言葉を投げかけ、彼女たちの話を、頷きながら聞くだけ。
ウットリと自分を見つめる彼女たちを見ていると、裏で対象者にヒドイ仕打ちをしている事に、胸が苦しくなる。 自分の二面性に、嫌気がさす瞬間だった。
「ちょっと、ごめんね。 ブラウト、いいか?」
令嬢たちの間を縫って、先程のヘンリックがやって来た。 話を遮ってまで声をかけてくるのだから、余程の事だろう。
ブラウトも不満気な令嬢たちに謝りながら、ヘンリックと共に会場の外へ出た。
「どうした? 侵入者か?」
辺りの暗闇を警戒しながら、ブラウトは尋ねる。 その鬼気迫る様子を見て、ヘンリックは笑い出した。
「安心したよ、ブラウト。 お前、まだ、ぜんぜんヤル気だな」
ひとしきり笑い転げたヘンリックが、ブラウトに書類を渡しながら告げた。
「師団長命令だ。 任務完了。 ついては、最後の仕上げをしてこいってさ」
街灯の下に移動したブラウトは、師団長からの命令書を読んだ。
『任務終了。 今夜、中和魔法を注入を持って、任務完了とする』
「ほんとに?本当に、もう、いいんだな? 俺は解放されるんだな?」
気付けばブラウトは涙声になっていた。
「あぁ。王太子殿下が承認した。もう、いいんだよ。ブラウト。 それで、これ。 もう、使い物にならないだろうからって、精力剤だとさ」
笑いをこらえながらヘンリックは、小さな小瓶をブラウトに渡した。
「塔の下で待ってるから、ちゃっちゃと済ませてこい」




