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「ごめん。 ブラウト」
「―――いいよ、もう」
鼻をすすりながら、エルヴィアがブラウトに謝る。 もう、何度繰り返しているだろうか。 ブラウトはウンザリしていた。 彼女に謝られた所で、何も変わらない。 好きでも何でもない『古の魔女』疑いの令嬢を、虜にしないといけないのだ。 それも、上司命令だ。
―――エルヴィアの公爵邸での夜会翌日、ブラウトたちは魔導師塔の一室で作戦会議を開いていた。
とは言っても、『古の魔女』疑いとされる男爵令嬢が、ブラウトに好意を持っているのは、エルヴィアによって確認済みなので、その感情を利用する。
肝心なのは、魔女がブラウトに興味を失い、彼以外の令息に、魅了をかけないようにする事だった。
そのヒントが、昨日の夜会にあった。
興味のある相手と、好意のある相手とでは、魅了の濃度が異なるようだった。 王太子、側近を含む彼らとブラウトとでは、魅了の濃度が明らかに違っていた。
「ということで、ブラウト。 彼女が他に目を向けないように頑張れ」
と、上司である魔導師長が、ブラウトに軽く言う。 「頑張れ」と言われてもブラウトには、何をどうすればいいのか、サッパリ分からない。
そして、魔導師長は去り際に「なるべく早く、彼女を直接中和するように」と、念を押した。
その言葉を聞いたブラウトは、身震いする。 血の気が引いていくのを感じていた。
諸悪の根源となったエルヴィアには、彼女とブラウトの仲を取り持つように命令が下っていた………。
「ホントにごめん」
「だから、もういいって」
思わず声を荒らげてしまった事に、自分自身驚いたブラウトだったが、謝る気にもなれない。
無言で立ち上がるブラウトに、「何処に行くの?」とエルヴィアが尋ねる。
怒りの感情が湧き上がっているブラウトは、なるべく無表情に彼女を見下ろした。 その、冷たい視線にエルヴィアはビクリと身体を震わせる。
「娼館に行ってくる」
「えっ?」
想像していなかった答えに、エルヴィアは言葉に詰まる。 なぜ、娼館なのか。 理解できない。
「師団長が言っていただろ? 直接、中和するように。 なるべく早く。って」
ブラウトの耳に、やたら不機嫌な低い男の声が入ってくる。 エルヴィアは、真っ赤に腫れた目を見開き、ブラウトを凝視する。
「魅了の効率的な中和には、解除魔法を込めた体液が有効なのは知ってるだろ? つまり、そういうことさ」
泣きたくなる気持ちを、どうにか押さえ込み、部屋のドアを後ろ手に閉めた。 悔しくて情けなくて仕方がない。
廊下にドスドスと足音を響かせながら、ブラウトは大股で肩を怒らせ歩く。 優男の彼のそんな姿は異様だった。 通り過ぎる仲間たちが、ギョッとして道を開けていく。 誰も声を掛けてこない。
ブラウトには都合が良かった。 少しでも口を開いたら、泣いてしまいそうだったから。
急いで塔の外へ出たブラウトは、人気の無い庭園の奥へと向かう。
「ちくしょう………」
言葉にした途端、涙が溢れてきた。
「なんで、俺なんだ………」
ブラウトは、魔導師団の魔法騎士団に配属されているが、実は裏任務も担っていた。
その裏の任務で、対象者と恋愛関係を構築する事もあった。 婚約期間を過ごした事もあった。
だから、今回の魔導師団長の命も、ブラウトにとっては何のことはなかった。 裏の任務としては。
師団長は言った。
「なるべく早く、直接中和するように」
彼女の、エルヴィアの目の前で。
つまりはそういう事なのだろう。
ブラウトがエルヴィアに好意を寄せている事は、魔導師団として、魔導裏部隊として不都合なのだろう。 彼女の目の前で「対象者を身体で籠絡しろ」と言ったのだ。 エルヴィアの目の前で。 それも、エルヴィアを協力者として。
―――まさに、拷問だ。
好きな女に、対象者とのアレコレを報告しなければならない。
ブラウトのハチミツ色の髪を、そよ風が揺らす。
太い樹の幹に手をついたブラウトは、大きく息を吸い、ゆっくりと吐いた………。
「よしっ」
涙に濡れるコバルトブルーの瞳を見開き、ブラウトは一歩を踏み出した。
嘆いていても、始まらない。 まずは、任務遂行だ。
*****
―――エルヴィアの協力で、ごく自然な形でブラウトと対象者の交際は始まった。
今まで誰とも交際しなかった彼が、悪評高い男爵令嬢をエスコートする姿は、驚きをもって迎えられた。
だが、ブラウトは変わらなかった。
対象者に愛を囁くが、同じ様に耳障りの良い言葉を、他の令嬢にも囁いていた。 今まで以上に。 ヤケクソだった。
以前から影で言われていた『女性関係が派手だ』という噂を利用した。
対象者の嫉妬心を煽れば、魅了は自分にだけ向くと考えての作戦。
エルヴィアの入知恵だった。
ところが、上手くいっていたのは最初だけ。 そのうち対象者は呆れ返り、ブラウトに別れを切り出した。
エルヴィアから「対象者が別れを切り出すかも」との情報を仕入れていたブラウトは、彼女から提案されていた対策法を実践した。
ブラウトには、かなり抵抗があったが、対象者の魅了が他に向いては、対応に苦慮する。 なんとしても、対象者の関心を自分に向けなければならない。
それが、暴力による威圧だった。
ブラウトは、吐き気を抑えながら必死に演技した。 「こんな事は間違っている」と、何度も自分に言い聞かせ、「これは仕事で、やっている事。 自分は悪くない」と、何度も自分に暗示をかけた。
泣いて謝る対象者の身体を押さえつけ、無理矢理その身体を暴くのは、何度、経験しても胸糞悪い。
しかし、対象者の魅了魔力を中和する、薄める為には、どうしても、ブラウトの中和魔力が込められた体液を、対象者に注ぐ必要があった。
対象者が、魅了魔法を使えないようにする為には、必要不可欠だった。
始めは口吻で事足りていたが、この頃にはもう、身体を繋げなければならなかった。 それも、複数回。
それだけ、対象者の心はブラウトから離れていっていた。
ブラウトは何度も、気が狂いそうになった。 全てを打ち明けて、全て無かった事にしたかった。 何もかも、辞めてしまいたい。
その気持ちを必死に押さえ込み、ブラウトは、淡々と任務をこなす事に集中した。 余計な事を考えると、自分自身がバラバラになりそうだった。
だが、ブラウトが本当に恐れていたのは、暴力を振るう事に、慣れてきてしまった事だった。




