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閑話 透明な姉との絆

 美咲は抜き差し差足忍足でママの部屋に侵入した。ママと喧嘩してちょっと不安になったからアルバムを探した。小さかったころの私の写真を見ることで、ちゃんと愛されていたんだって思いたかったから。ママの本棚には外国語のテキストと難しい本、アルバムがたくさんある。翔一、私、智のアルバム。小さかったころの写真が収められているアルバムを片っ端から出しているとアルバムの奥に、一冊のアルバムが隠されていた。

 私は小首を傾げた。私たち三兄弟のアルバムじゃない。そのアルバムは表紙にシンデレラの絵と外国人の赤ちゃんの写真。その赤ちゃんが誰なのか分かった瞬間、血相を変えて例のアルバムを持ったまま部屋を飛び出した。それから翔一の部屋に駆け込んだ。


「ねえ翔一! 見て。明美ねえさんのアルバム見つけたの!」

「ハァ?」と翔一は勉強の手をパタッと止め、アルバムをひったくった。


 アルバムには明美ねえさんが赤ちゃんだったころの写真が収められていた。翔一はアルバムを机の上に置いた。


「すげえ。本当だ」

「ねえ見て」と私はアルバムに写る男性を指さした。茶髪の30くらいの西洋人。


「この人、明美ねえさんのお父さんかな?」

「だろうな。結構イケメンじゃん」

「それな。イギリス人だっけ」と私は頬杖をついた。


 生まれたての明美ねえさんを抱っこしたお母さんと、明美ねえさんのお父さんの写真が出てきた。


「若い頃のママ、美人だよねぇ。この時いくつだっけ?」


 翔一は「明美が生きてたらいくつだっけ?」と指折り数え始め、写真の隅っこに印字された年月日を見て「誕生日は2004年11月2日か。僕と1日違いじゃん」と呟いた。

 私は「じゃあ今日で19歳になってたんだ。生きてるのかな? 明美ねえさん」と4年前、行方不明になった姉に想いを馳せた。


 イギリスへ旅行に行った姉が行方不明になった時、姉は中学3年生だった。私はゆっくりと顔を上げた。

 バンッと突然ドアが閉まった。ぱっと見ると智がいた。


 智は「翔一! ママ不機嫌だけど何なんだよ!?」と軽く困惑している。

「知らね。お前がゲームしすぎなんじゃねえの?」と翔一は私に向かって頷いてからアルバムを引き出しに隠した。


 私は頷き返した。何となく智にアルバムの件がバレるのはヤバい気がしたから。だって絶対あとでママに話すよね。


「そう言えばガチャでさ〜」と智は翔一の椅子に寄りかかった。翔一と智はぺちゃくちゃとゲームの話を始めた。


 私もいるのにまるで私がいないかのように2人だけの世界に入ってしまった。こういう時、私も同性の兄弟が欲しくなる。私には13歳の兄と、10歳の弟がいる。そして……父親が違う19歳の姉もいる。

 明美ねえさんは翔一が生まれるからずっと留学に行っていた。ハーフだからか、パパは明美ねえさんの語学教育に力を入れていた。――日本語と英語、あとちょっと中国語が出来るだけの私から見ると明美ねえさんが羨ましい――。明美ねえさんは帰国した時14歳だった。ママの実家がある京都の中学校に通っていたから7月までねえさんに会ったことがなかった。ある時、パパがねえさんも東京にある家に住ませることになった。そこで私達は初めて会った。ねえさんが津田梅子みたいに日本語喋れなかったらどうしようと思ったけど日本語ペラペラだった! ママによるとねえさんはざっと7言語喋れるらしい。つまりマルチリンガル!

 ねえさんはハーフだから私達3人とは違う髪色、目の色、顔立ちですっごく美人だった。茶色に近い金髪は毛先だけが巻き毛。大きくて綺麗な青い目、白くて西洋人らしい彫りの深い綺麗な顔。ママも色白だけど違う白さだった。

 翔一と智がマンガの話で盛り上がっている。漂白剤みたいなタイトルのマンガだ。私はポケットからスマホを取り出してパッと自撮りした。

 私の髪はママに似て綺麗な黒髪ロング、これだけは自慢。目はパパに似て鷹みたいな可愛らしさの欠片もない茶色、しかも切れ長。顔は……基本的なラインはママに似て綺麗な曲線だけど、パパと同じくエラが張っている。中途半端に彫りが深いせいで気が強そうに見える。

 智なんかはママに似て美形だ。ねえさんを除くと兄弟の中で1番綺麗な顔立ち。ねえさんは……もう19歳になっているはず。さぞ美人に育ったことだろう。兄弟一どころが東京一の美人になっているかも。だって今までねえさん以上の美人を見たことがないから。

 私は静かに顔を上げた。夕日が顔に掛かり影が差す。息を吸い吐く、ゆっくりと胸が動く。


「そう言えば翔一って明日で14歳だよね」

「まあな。それが?」と翔一は智の頭を抑えつけた。

「親の許可なしで海外に行けるのって18歳からだったよね」

「うん。成人年齢が引き下げられたからな」


 私は真っ直ぐ翔一を見た。お願い。


「じゃあ、4年経ったらお姉ちゃん探しに行って」

「なんで?」


 翔一は何の訳が分からないのだろうか? 翔一はアルバムを引き出しから出し、私に返した。


「わざわざ探しに行く必要ある? ママですら気にしてないのにさ」


 それはそう。

 なんでママは捜索届を出さないんだろう? 明美ねえさんがいなくなってから4年。失踪届を出せるまで後3年。行方不明になってから7年経ったら、ママ普通に失踪届を出しそう。


「私わかんないんだよね。何でママはねえさんに対して薄情なの? そりゃねえさんとパパは血が繋がってないよ。ねえさんハーフだもん。だけど、ママにとってねえさんは自分の子どもだよ。なんであんなに薄情なの?」

「言えないだけじゃないの〜?」と智が首を傾げた。

「何でよ?」と私は夕日を睨んだ。目が痛い。

「だってここパパの家だもん」


 そういうことなのかな……? パパに遠慮してねえさんのことを想う気持ちを隠しているだけなの? 分からない。イライラする。そんなことならイギリスに住むねえさんのおばあちゃんから養子縁組の話があった時、さっさとねえさんを養子に出していればよかったのに。イライラする。反抗期だから?

 

「じゃあ何で翔一まで遠慮してるの?」

「遠慮してるわけじゃない。ただめんどいだけ。4年も行方不明だから死んでるに決まってんだろ」


 頭の中で何かがプチッと切れた。なんで私の家族は揃いも揃って薄情なんだ。私はつかつかと机に近づきバンっとアルバムを叩きつけた。

 

「なら私が行く! 私が成人するまで6年あるけど、誰も行かないんだったら私が行く!! こんな家に生まれた上、探してももらえないねえさんが可哀想だよ!!!!!!」

「静かにしなさい」とママの静かな声がした。


 私は、翔一も智も恐る恐る振り返った。ママ、いつの間にこの部屋に……? 翔一は椅子から立ち上がった。


「ノックくらいしろよ!」とママに向かって怒声を上げた。やったれ、翔一。

「美咲。来なさい」とママは静かに私を見た。うぅ、怖い。ママの奥に青い炎が見える。

「はい」と私は肩をつぼめた。


 ママは翔一と智に一瞥も向けずアルバムを回収し、部屋を出た。私はなるべく気配を小さくしながらついていった。ママは自分の部屋に入った。白い壁、白い床、黒い机、濃緑のカーテン。ママの部屋は私にとって緊張する部屋だった。私は浅く呼吸をした。ママはアルバムを机に置いた。

 

 ママは「美咲。どういうつもりなの? 明美を探しに行くだなんて」と冷たい眼差しを私に向けた。

「だって」と手が震えた。「だって、ねえさん、ずっと行方不明なんだよ……。し、心配だもん……」と目を伏せた。

「美咲ちゃん」とママは甘い声で私の名前を口にした。「私が明美を探しに行かないのは、あなた達のためよ」

「え?」と私は顔を上げた。

「だってね、美咲ちゃん。もしママが明美を探しに行けば、ママはあなた達を見てあげられなくなるでしょう? ママが見てあげられなったら、あなた達はどうなるのかしら? あなた達が大きくなるのはあっという間だった。きっとママが明美にかまけて日本を離れればあなた達はまた大きくなってしまう」

「別にそれくらいいいよ」と私は顔を上げた。「だってねえさんにだってママを必要としているもん」

 ママは「美咲ちゃん、ママが1番心配しているのはあなたよ」と私を抱き寄せた。「もし、あなたの気が他のことに取られてしまえばあなたは貴重な子ども時代を失う。あなたはもう小学6年生なのよ。あなたは子ども達の中で1番頭がいいのに……。ほら、兄弟の中でバイリンガルはあなただけでしょう。更に美咲ちゃんはこれからトライリンガルになりうる。こんなことであなたの将来を無駄にしてしまえば、ママ……あなたに申し訳ないわ」とママは一雫の涙をこぼした。

「ママ……、大丈夫よ」と私はママの頭を撫でた。

「美咲ちゃん、ママはあなたの可能性を無駄にはしたくないの。あなたのために言っているのよ」

「分かっている」と私は顔を上げた。「だから東雲女子学園に行くの? 私」

「そうよ、あそこなら美咲ちゃんの可能性を最大限に伸ばせるわ」


 私はママから体を離した。


「ママ、ねえさんはマルチリンガルだよ。それでも見向きしないのはねえさんがパパの子じゃないから? だから愛せないの?」


 どうやら私はママにとって思い掛けないことを言ったらしい。ママは言葉を詰まらせ、伸ばしかけていた手が止まった。私はママの様子を見るフリをして近づいた。そのついでに机からママのスマホを取り、こっそりと私のポケットに入れた。それから忍者のように素早く部屋を出た。私の部屋に入った。私の部屋はぬいぐるみでいっぱいの落ち着く部屋だ。私はぽすんと巨大なクマのぬいぐるみの腹に顔を埋めた。

 もしかするとママの子どもへの愛は有償の愛なのかも。ねえさんはパパの子じゃない上にハーフだから愛せない。翔一はパパとママが望む中学に進学したから当面は愛されるだろう。智はピアノのコンクールで優勝した。私は……ママの望む学校に行かないと……、ねえさんの件から手を引かないと愛されなくなるかも。

 私はママのスマホのフェイスロックに引っかかった。パスワードを勘で突破した後、連絡先を調べた。「エアリー」という名字で検索を掛けると2件ヒットした。ねえさんと、「ブリギッタ・エアリー」という知らない名前。この人の電話番号をこっそり私のスマホに登録した。ついでにママのケータイのパスワードを勝手に変えてやった。ちょっとした仕返しだ。

小学6年生。反抗期入りかけのお年頃。

次回、エミリアから明美への手紙。

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