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ジョエル、夢のため貴族になる。

 明美はうろうろと部屋を歩き回っていた。今日、ジョエルが来る。

 ジョエル、1人で汽車に乗っているらしい。1人で大丈夫なのかな? まだ8歳なのに。


 胸の奥から何かが蘇った。私はふるふると首を横に振った。大丈夫か。私が1人で飛行機に乗り始めたのは6歳だったから。4、5歳の頃は財前さんも誰かをつけてくれていたけど。私は胸に手を当てた。えぐられたような痛みがある。私は微笑んでから窓を見下ろした。

 この窓を見ても噴水なんてない。ただ迷路のような庭園が広がる。よく恋人たちがデートに使うらしい。今この瞬間も一組のカップルが……。うん?

 私は窓にぴったりと顔をくっつけた。フラミンゴピンクの髪の少女、マカレナだ! 相手は栗色の髪……ハイド伯爵じゃない。誰? アーサー様でもない。男がこちらを向いた。私はバンっと窓から離れカーテンの中に隠れた。何あれ! 浮気の現場? 冷や汗をかいた。カーテンの隙間からちょろっとだけ見た。腰に手を回してる。どうみてもデートの現場ですな。


 フリーダが「エルサ様、いかがなさいましたの?」と怪訝な表情で立ち上がった。フリーダはヤバい。孫のあんな現場を見たら……。

「あのね、窓を見たらすっごく大きいハチがいて驚いただけよ。今まで見たこともないほど大きなハチだったもので思わず二度見しちゃったわ」と誤魔化した。

 フリーダは困ったような顔で「刺されませんでしたか?」と私の腕を取った。

「大丈夫よ。だって窓閉まってたもの」と私は笑った。その直後ジョエル到着の報が届いた。


 私はドレスの裾をたくし上げ、ダッシュした。大階段を駆け下り玄関に立っていたジョエルを抱き上げた。ジョエルはわっと声を上げた。執事さんが腰抜かした。


 ジョエルは「エリザベス様、これからよろしくお願いいたします」と頭を下げた。

 私は「こちらこそよろしく」と笑った。「あと10分したら閣下とロイス様の都合がつくそうだからそれまで待ってて」

「はい!」とジョエルは勢いよく頷いた。


 私はジョエルを下ろした。ジョエルは私の頭の上からつま先まで見た。


「やっぱりゴーディラックのドレスは派手ですね」

「そうね」と私は苦笑いした。「あなたのお母様とお姉様、ダニエルはお元気かしら?」

「はい。ドルカスはちょっとずつ元気になってるし、母ちゃんも風引いたけど元気です。あとダニエルは新しいとこで働いてます」

「そう、良かった。ダニエルはもう11歳になったのよね?」

「うん! あれ、ベスいなかったっけ?」

「あれ?」と私は首を傾げた。「あの時期はバタバタしていたから記憶が曖昧で……」


 うーんと2人揃って首を傾げた。フリーダが小さく笑った。閣下の文官の1人が呼びに来た。私は頷いてからジョエルを連れ、2階の閣下の部屋へ向かった。ジョエルがきゅっと私のスカートを握った。


「大丈夫よ」と私は囁いた。養子縁組も所詮、書類にサインするだけ。あれ……?「ジョエル、自分の名前は書ける?」

「はい」

「じゃあ大丈夫よ」


 閣下の部屋の前に立った。ジョエルは少し震えている。


「怖くないですか? ローレンス男爵って」

 

 ローレンス男爵……あ、ロイス様のことか。


 私は「怖くないわ。親切な方よ」と微笑んだ。


 何考えてるのか分かんない人でもあるけど、マカレナとアーサーの父親なら大丈夫でしょ、フリーダの息子でもあるし。腹に力を入れ、背筋を伸ばした。


「閣下、エリザベスです」とノックした。

「入りなさい」と閣下が答えた。戸が開いた。

 部屋に入り「閣下、ロイス様。本日はお忙しい中お時間をいただきありがとう存じます」と軽くお辞儀した。

 閣下は「入りなさい」と手招きした。


 私はジョエルをつれテーブルについた。

 

 ロイス様は「その男の子がジョエルくんですか」とジョエルを見た。

「ええ。ロイス様、この子をよろしくお願いいたします」と私はまっすぐロイス様を見た。


 ジョエルはカチコチになっているけど頑張って背中伸ばしてる。偉い。

 ロイス様はどこからか書類を出し、ジョエルに渡した。


「いいかい、ここの所に名前を書きなさい」とペンで書類を指した。


 ジョエルがゆっくりと拙くサインしている間、私はザッと書類に目を通した。うん、普通の養子縁組の書類だ。ジョエルが書類を書き終えると閣下は安堵したように1つ息を吐いた。


「さて、ジョエル。君は今8歳だったな?」

「はい。来年の夏で9歳になります」

「医者になるにはまず10歳になった時、実科学校に入る。15歳になった時、医科学校だ」


 こくこくとジョエルは頷いた。


「じゃあ今はどうするんですか?」

 閣下は「まずは読み書きをしっかりと身に着けなさい。次に礼儀作法や幾何学、修辞法などを習得しなさい」と鋭い視線を向けた。


 修辞法? 幾何学? 私はぎこちない笑みを浮かべた。ヤバい。修辞法は国語っぽい。幾何は『赤毛のアン』で苦戦してたやつだっていう認識しかない。一瞬だけ視線を窓に向けた。私、来月で19歳なのにこのままでいいのかな。

 隣にいるジョエルを見た。この国では小柄な私から見ても小さい。まだ8歳だから……。ふ、と顔を上げた。6歳で1人飛行機に乗り各国を転々とさせられていた、私。胸の奥にあった微かな疼き。本当は、本当は泣きたかったのかな。寂しくて寂しくて怖くて嫌で……。私、私が嫌だった道をジョエルに歩ませようとしているのかな。結局、女の子は母親に似てしまうものなのかな……。


 ジョエルは「僕、頑張ります! そして大きくなったらお姉ちゃんを治せるお医者様になります!」と強く宣言した。


 キラキラと強く輝くジョエルの目を見ているうちに、私とジョエルは違うことを思い出した。私もジョエルも幼くして親元を離れたとは言え、状況も経緯も全く違うんだから。


「あ、あと母ちゃんが絶対に死なない方法も見つけてお金持ちになります!」


 ぷはっと私は吹き出した。不死身目指すんかい!

 閣下まで口元を隠して笑っている。


 ロイス様は「あとで私の息子と娘を紹介しよう」も場を締めた。

マカレナ、ようやく元気な弟妹ができました。アーサーもマカレナも早逝した兄弟が多かったので。

次回、明美なりの国王への忠誠。

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