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はずれものの恋、ユーラシアのはぐれ島で  作者: 神永遙麦
この手を伸ばす先:ティレアヌス
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レモンと炎

 足の止血は終わった。でも動かさないほうがいいだろうな。

 どうしよう、と考えた末とりあえず見た目の特徴を変えておこうと思い立った。さっき襲撃犯にバッチリ姿を見られたからね。

 まず、帽子をひっくり返した。裏地がついていた面を表にして被った。服はどうしよう? 忍者は服をひっくり返して逃げたらしいけど……ドレスひっくり返すのは無理。ドレスをひっくり返して着たら余計に目立つ。そうだ!


 私は人がどこにいるのかを確認した。一般市民は逃げた後。襲撃犯はうろうろしている。足元に散らばるガレキに気をつけながら、私は大きなガレキの陰に隠れた。ガレキの背にはさっきまで店だった壁がある。ラッキー! じゃないな。でも隠れられる場所があるからミニラッキー1個。ガレキの隙間から差す光を頼りにスカートの裾を破いて少し短くした。切れ端はポケットに入れた。ヘアピンを全部引っこ抜いて髪をハーフアップにした。童顔だから14歳以下ってことにしよう。顔はどうしよう。ティレアヌスの人はくっきりした顔立ちで小麦色の肌をしている。私はこの国の人と比べると微妙に彫りが浅い上、黄身が掛かった白い肌。うん、目立つ。『白鳥の王子』みたいにくるみの汁で肌の色変えられたらいいのに。うん? くるみの汁って何? でもちょうど髪がふわふわウェーブだから印象変わるはず。

 くだらないことを考えていると、光が消えた。1枚に板が持ち上げられた、男に。明るい茶髪に逞しい顔立ちの男。


「お、見つけた」


 凍りついたように顔がこわばった。手が動かなくなった。時間が止まったかのようだ。冷汗が額に浮かぶ。

 男は声を張り上げ仲間を呼んだ。私は男がこちらから目をそむけた隙に後ずさりした。けれど元・壁にぶつかった。駄目だ。出口は男が塞いでいる。ガレキの壁をぶち破ってもいいけど、無理だ。襲撃犯の仲間が続々と集結している。逃げたところですぐに捕まる。

 だからヤケになり、キッと顔を上げた。

 声を張り上げた男を押しのけ、もう一人の男が私の前に屈んだ。顎を捕まれ無理やり目を合わせられた。こっちは黒髪で強面、彫りが深すぎて怖い。私は震える手で黒髪の男の手を振り払った。


「触らないでください」


 自分の体を抱きしめた状態で後ずさった。背にガレキの壁が当たった。爆発の後だからか熱い。逃げられない。


 黒髪の男は「ゴーディラックの女に手は出さねぇよ。こっちが穢れる」と鼻で笑った。

 少し離れた所から誰かが「そして俺らティレアヌスの男は婚姻関係にない女を抱かない」と言った。

「ゴーディラックの男とは違う」「お前らの国王はティレアヌスの娘を穢した」「それも信心深かったエミリア・ガゼルを穢したんだ」と次々に見えない声が聞こえた。


 雰囲気がどんどんギラついてきた。私がいる位置から見えるのは黒髪と男と茶髪の男だけ。それでもギラつく視線を感じる。じとりと汗が垂れた。


「エミリア・ガゼルは陛下の愛人なのでしょう?」


 愛人と性加害は違うと思う。だって同意の上でしょ……?

 エミリアさんと国王陛下の関係。なぜハイド伯爵はあんなにエミリアさんを警戒しているのか。怖いことは怖いけど……。死ぬわけにはいかない。けれど前々から気になっていたことの答えが目の前にぶら下がっている。


「何をそんなに怒っているのですか?」


 一瞬の静寂。男たちの呼吸音が響く。その静けさを破るように、突然ガレキが割れた。


「貞操観念の欠片もないゴーディラック女が!」と怒声が飛んだ。


 私は身を縮めた。心臓がバクバクする。ひゅっと身が竦んだ。割ってきた方向には赤み掛かった黒髪の男、こっちはちょっと若い、私と同じくらいかな。それから悪口を言われたことに気付いた。


「私は貞節です!」と目を見開いた。

「なら結婚と愛人をごっちゃにしてんじゃねぇ!」と赤黒髪の男は拳を振り上げた。「ガゼル商会がゴーディラックを裏切るわけがないだろうが! 変な情報バラ撒かれなきゃ姉さまだって人質にならずに済んだ!」


 振ってきた拳を真剣白刃取りで受け止めた。

 

「姉さま?」と私は首を傾げた。「エミリアさんの弟さんなの?」


 赤黒の男は「お前は姉さまの知り合いなのか?」と手を下ろした。


 これ好機かも。


「ええ。今年の春、教会で何度かお見かけしました。お茶に行ったこともありますの」


 この言葉で赤黒の男は静かになり、何かを考え込むような顔になった。

 

「お前は誰なんだ?」と白髪の若い男。

「当ててみてください」と微笑んだ。

「エリザベスだろ。さっきそう呼ばれていた」と見えない声。


 私は元・壁を支えに立ち上がった。ふらふらする。足が痛いけど、根性で頑張った。立ち上がった時、私の周囲に8人の男がいることが分かった。すぅと深呼吸した。


「私はエリザベス・ボーヴァー・ド・ハイド。ヨハネス・ド・ハイドの妻です」


 黒髪の男も赤黒の男も一歩退いた。3人の男が帽子を脱いだ。金髪の男が「顔立ちがプラヴェータ女王に似ている」と呟いた。その声に数人の男が反応した。

 

「そう言えばハイド伯爵の先祖にティレアヌスの公爵令嬢がいた!」

「ティレアヌスの公爵令嬢が!? なら彼女は……」

「バカか。ティレアヌスの公爵令嬢の子孫はあの娘の夫だろ」

「いや。だが彼女の母親はボーヴァー伯爵夫人だ。領地持ちのボーヴァー伯爵夫人の方は、つまりイノックアの方はヨハネス・ド・ハイドの従姉だ。ウィリアム・ド・ハイドの姉の娘だった」


 話が変わっている。視線も私から逸れている。私はそっと身を低くした。上手いこと茶髪の男を横切ることができればさっき支えにしていた元・店を陰にして抜けられる! なるべく静かに呼吸をしながら黒髪の男の脇をすり抜けた。男たちはまだ話をしている。


「ハイド伯爵はどの公爵家の血を継いでいたんだ?」


 店の中に入れた。さっきまでここは屋台のような店だった、そう特価のキャベツを求めて行列が出来ていた。陰になるところを選びながら歩いた。

 

「確かモンタギュー公爵家だ」

「何だ。たいしたことないな」

「どうして大したことがないの?」


 店を挟んで男たちの反対側に出られた。ガレキに気をつけながら走り出した。

 

「ティレアヌス最後の国王イグリス3世から見りゃモンタギュー公爵は遠縁だ」

「だが……」



 会話が聞こえなくなった。まだ話している気配はある。やっと離れられた。あとは安全な場所へ行こう。

 気が抜けたのかガクンと腰が抜けた。右足がまた痛みだした。ふっと顔を上げた。

 早くダニエルとジョエルと合流しないと。

 ポケットから出したスカートの切れ端でぎゅっと右足首に板を添えてを縛った。足が痺れてきた。縛り付けた板を頼りに立ち上がり、再び走り始めた。

明美、逃走成功。逃げたもん勝ち。

次回、ジョエルとの合流。

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