閑話 禁断の花と血筋が齎す迷宮
ランドは1年ぶりにエリザベス嬢と会った時、「欲しい」と願った。
暗い金髪とも明るい茶髪とも言える腰まで垂らした長い髪。海の深淵と曇空の涙を閉じ込めたような青い瞳。淡いクリームのような肌。女というには少し小柄。丸みを帯びた愛らしい顎。やや彫りが浅く幼く見える顔立ち。猫のように大きな目をしており神秘的に思える。咲いたばかりの花のように可愛らしい顔立ち。1年前に会った時よりはやや丸みを帯びた胸元。そして何よりも未だ口づけを知らぬのでだろうふっくらとした紅い唇。デイヴィス王朝最後の栄光と呼ばれた女の血を継ぐ娘。
ハイド伯爵がエリザベス嬢の手を取り握った、それだけのことが酷く気にかかる。ランドはゆっくりと口を開いた。
「エリザベス嬢。この1年、ハイド邸での生活は快適であったか?」
「えぇ。国王陛下のご厚情の恩恵を受け、とても学びのある1年をおくっておりました」と涼やかであり鈴を想わせるようでもある声で答えた。
エリザベス嬢は花のようにきらりと微笑んだ。なんと美しい。
脳裏の浮かぶのはいつも怒ってばかりの王后。わざとらしい嬌声をあげ、甲高い声で話す側妃ら。我が側妃らですら彼女の愛らしさ美しさには及ばぬのであろう。
「エリザベス嬢。我が宮の花となることを望むか?」
エリザベス嬢は戸惑ったように目を瞬かせた。
だから私は再度言った。
「そなたが望むなら我が花となるか?」
エリザベス嬢の唇はゆっくりと弧を描き、口が僅かに開いた。むくりと喜びが差した瞬間、ハイド伯爵が手でエリザベス嬢を制した。
「口を挟む形となりますが、国王陛下。内密の話があります」
エリザベス嬢に瑕疵があるのだろうか?
「許す。ハイド伯爵、内謁の間へ」
玉座から降り、玉座台の横の戸へと向かう。ハイド伯爵も着いてくる。エリザベス嬢はどうしようかと視線をこちらに向けている。
「エリザベス嬢は蕾の間にいなさい」
蕾の間にはこの後、謁見の間を訪れる予定の夫人や令嬢が7人いる。だから問題にはならないだろう。
内謁の間に着き、護衛も側近も排した。
「内密の話とはエリザベス嬢に関する話か?」
「はい。その通りであります」
素性に問題があるのか? それともやはり瑕疵が?
「一体どのような話なのだ?」
ハイド伯爵はグッと私の目を見た。
「彼女は15、16歳になり、婚姻可能な年ではあります。ですが、本当の意味で婚姻可能となるにはもう少し時間が必要だと考えております」
「一体どういう意味だ?」
「彼女は未だ幼い、という意味です。詳細は彼女の侍女が承知しております」
侍女が知っている、婚姻可能となるには若い理由……。
「成長が遅い、ということか」
ハイド伯爵は「その通りでございます」と頷いた。そして深々と頭を下げた。「陛下からのご厚情を無下にするようなことを申し上げてしまい、申し訳ありません」
そうか……。年は足りているにも関わらず……。おや?
「ハイド伯爵。其方、ハイド伯爵家を継いで何年であったか?」
「今年で9年になります」
「いくつになる?」
「2月で20歳になります」
エリザベス嬢と年が近いな。
「リリアナ・ガヴィーナを其方の妻とし、ハイド伯爵家に入れる気はないか?」
そこに次の挨拶の時間が迫っていることを文官が知らせに来た。
*
ヴァロワール共和国の使者からの挨拶が終わった夜。入浴を終え、入念な肌の手入れをした。私は知っている。数年前から影で「40歳に見える」と囁かれていることを。だが私はまだ37歳だ。
今宵はジェラルディーナのもとへ行く予定だ。入宮して3ヶ月の娘で15歳だった。アレの父親が公爵であるから、無下には扱えない。厄介な。
隠し通路に入ろうとすると文官から、エリザベス嬢がヴァロワール共和国からの間者である、という知らせが齎された。その根拠は彼女の出自と「アケミ・エリザベス・ディオリ・ガヴィーナ・エアリー」という本名が噂としてヴァロワール共和国で流れていることだった。「ガヴィーナ」だと!?
「急ぎ、アケミ・エリザベス・エアリーを勾留せよ!」
面食いな国王。好みは金髪で清純そうな美女です。
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