閑話 日差しの下の諜報
迷路のような庭園に暑い日が差す。マカレナは帽子を深く被り直した。パース子爵はくすくす笑った。
「このように暑い中でも日傘を差さない婦人は初めて見ましたよ」
「あら、日傘なんて差したら手が塞がります」
私の言葉にパース子爵は更に笑った。私は軽く唇を突き出した。顎に手を当てた時、右手薬指の婚約指輪に目が留まった。日に当たり指輪がきらりと輝く。パース子爵の表情が微かに曇る。私はハイド伯爵の心配事を思い出した。そう、ヨハネス様は奥さまがティレアヌスにいらっしゃることを案じていらっしゃった。ティレアヌスの貿易商人の娘であり、陛下の愛人であるエミリア様ご懐妊の噂。そして……。
私は微笑みを絶やさずパース子爵を見据えた。パース子爵は、旧ティレアヌス派の貴族。もし旧ティレアヌス派の貴族が事を起こすのなら、今だ。
「そう言えばこちらも充分暑いのですが、南にあるティレアヌスはもっと暑いのでしょうか? 奥さまはご無事かしら?」
「どうでしょう。港町ですから多少は涼しいのでは?」
「それなら安心ね。閣下はどれくらいの頻度でティレアヌスへいらっしゃいますの?」
「2、3ヶ月に1度程度ですよ。マカレナ様は? あなたもティレアヌスに縁があるのでしょう?」
「私は……1、2年に1度程度です。なかなか父からの許しが降りなくて。以前行ったのは一昨年ですの」
「それはそれはお可哀想に……」とパース子爵は俯いた。それから「あなたの婚約者であるハイド伯爵はどれほどの頻度でティレアヌスへ?」と目を光らせた。
私はうーんと考えた。
彼の視線には政治的な策略らしきものは感じられない。熱い眼差しからは恋愛めいたものしか感じられない。好都合ね。
「あまり存じ上げないのですが、確かあなたより少なかった気がいたします。春にエリザベス様を見舞いに行ったくらいですわ。あなたは?」
「僕は先月に行きましたよ」
私は眼差しに羨望を込めた。素敵だわ、何度も旅に出られるなんて。尤も、パース子爵の場合は遊興のためでないのでしょうけど……。風が吹いた。私は咄嗟に帽子のつばを抑えた。
「羨ましいわ。次にティレアヌスへ行く時には私も連れて行ってくださらないかしら?」
パース子爵は微かに評価を強張らせた。その表情を私は見逃さなかった。
パース子爵は「申し訳ありません、マカレナ嬢。あなたの望みを叶えられぬのは心苦しいのですが……。これから先、数年は無理でしょう」と曖昧に笑った。
私は「あら……。残念ですわ」と悲しそうに微笑んだ。
パース子爵は、ティレアヌスで何かが起こることを知っている。何が起こるのか。数年はティレアヌスに行けないくらいだからきっと、動乱かしら。私は視線を庭園の向こうにある王宮に向けた。早く、ヨハネス様にお知らせしなくては。
エッホ、エッホ……ちょっと古いか。あのふくろうの赤ちゃん可愛いですよねー。
次回、読めない現状。




