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はずれものの恋、ユーラシアのはぐれ島で  作者: 神永遙麦
この手を伸ばす先:ティレアヌス
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隠された秘密と雪解け

 エリザベスへ。

 こちらでは未だに雪が振り続けているが、そちらではもう雪は溶けているのだろうか? こちらからは分からぬ。くれぐれも道を歩く時には気をつけなさい。


 エリザベス、其方の友人だという女はエミリア・ガゼルなのか? エミリア・ガゼルは陛下の愛人だ。彼女が国王陛下に手紙を出したようだ。先日、ヴァロワールとの会談があった際、そう国王陛下が仰った。陛下がティレアヌスへの訪問を検討し始めた。恐らくは4月半ばごろとなるだろう。

 エミリア・ガゼルはティレアヌス地方とゴーディラックを繋ぐ商会の娘だ。無碍にはするな。くれぐれも彼女との交流には気をつけるように。軽率な言葉を漏らすことのないようにしなさい。例え其方の体が回復しているのだとしても、彼女の前では病弱を振る舞うよう。

 

 手紙の返事が遅れてすまなかった。早くそちらへと行けるように調整する。


 ヨハネス・ド・ハイド。







 手紙を読み終わった明美は動揺し、ベンチから立ち上がった。ハイド伯爵の言ったように雪はだいたい溶けている。噴水は今日も元気だ。アンネリースが手を伸ばした気配がある。

 私は今、杖をつかずに立ち上がることが出来た。無意識の行動だった、動揺のあまりパッと立ち上がってしまった。


「アンネリース、エミリアさんとの交流に気をつけろ、と閣下が仰ったわ」


 アンネリースは眉根を寄せ無言で頷いた。私はベンチに座った。

 アンネリースは私の出自を知ってるのかな? ボーヴァー夫妻の養女であることは知っているはず、ジュダ・ド・ハイドの私生児ということになっていることも知っているだろう。じゃあ私が外国人だということは? 私がヴィンス7世の子孫(仮)ということは? そもそも生き残った王子や王女はいないはず。なら私は?

 ハイド伯爵に聞きたい。けど手紙に書いたら、あとが面倒なことになりそう。例えばヤバい組織の人に読まれたり、手紙が行方不明になったり。

 私はすくっと立ち上がった、今度は杖を使って。


「帰るわ、アンネリース」


 別荘の屋敷に入り、階段を上った。アンネリースはついてきている。最近、私は階段の上り下りの練習をしている。アンネリースは私が崩れたときに備えているのだろう。ごめん、アンネリース。

 部屋に入り、私は書き物机から便箋と1枚の紙を取り出した。


 紙には適当な風景画を書いた、フランス語の文章を暗号のように入れておいた。

 恐らく2週間後に陛下がいらっしゃる。陛下と会う機会があるのかは分からない。けれど、備えておかないと。アウリスの雪解けは4月初めごろだから、1週間前後で手紙が届くだろう。明後日、ドレスを買いに行く予定がある。

 さてと。私は手紙に何て書くか考え、目の前に広がる世界を見た。




 *



 敬愛するヨハネス様へ。

 こちらではもう花の芽吹きを感じる季節となりました。花々の蕾は大きく膨らみつつあります。そちらではいかがお過ごしでしょうか?


 庭園の景色が美しかったので絵を描きました。同封しております。

 聖画や風刺画などのように、1枚の絵に伝えたいことを込めるのは如何に難しいものかと初めて知りました。聖画であれば前提となる知識を皆が持っております。風刺画も文字が書いてあることがありますから。ですがごくごく普通の風景画では、前提となる知識はどれほど必要なのでしょう? そもそも風景画に文字を書けば台無しです。外国語、それも皆が読めないような外国語であれば美しく見えるのでしょうか。

 ヨハネス様は私が書いた絵に何を読み取ってくださるのかしら?


 そちらに春が訪れることを待つエリザベスより。







 手紙を読み終えたヨハネスは、苛立ちを隠すように立ち上がり歩き回った。

 一体なにが言いたいのだろうか? 先日の手紙を書いた後の彼女に一体何があったのだ? もしや……。

 

 私は机の上の封筒の中を弄った。エリザベスの言っていた通り風景画が同封されていた。拙劣な筆使いで描かれているが、見覚えのある別荘の風景画だ。

 中央の水路を挟み、道がある。両脇には花壇がある。塀の奥にある他家の別荘の、表札まで描かれている。尤も彼女が描く表札には番号ではなく文字が書かれているが……。

 私はハッと表札の文字を凝視した。よく見るとフランス語で書かれている。水路中に細く波線のように書かれた単語が紛れ込んでいる。左から右に、上から下に向かって1つ1つ単語を拾いつなぎ合わせた。つなぎ合わせると短い文章になった。






 

 彼らの子どもが皆始末されていました。あなた方も知っています。なら、なぜあなた方は私を彼らの子孫として扱うのですか? 危険だから?





 


 バンと机を叩いた。はずみで落ちた書類をロイスが拾い集めた。

 気付いては欲しくなかった。そもそも一体なんということを書いたのだ。恐らくは万が一検閲があった際に読まれぬよう工夫したものであろう。だが彼らの子孫について知ってしまえば其方はどうするのだ? 其方の疑問に答えてしまうと、機密事項に触れることとなる。


「ロイス、其方はエリザベスについてどう思う?」

「奥様ですか? お美しく素直な方であると存じ上げております」

「素直、か。彼女の口は固いのか、軽いのか。未だ分からぬ」


 私は彼女からの手紙を取った。隙を見せぬ流麗な字だった。


「未だ彼女のことが分からぬ。出会ってから、ハイド家に置くこととなってから3年と5ヶ月経っている、と言うのにな」

「恐れながら閣下が奥様とお言葉を交わしたことがそう多くなかったのでは?」


 私は窓の外に目を向けた。確かにそうだった。エリザベスをハイド家に置くこととなってからの最初の2年。あの時期はほとんど顔を合わせなかったから。

 私は手紙に視線を戻した。正確な答えを送るとしても今月は避けなくては。今週、国王陛下がティレアヌスへと出立なさるから。アレは恐らく取り繕えぬだろう。さて、どう返事をしようか?

微妙に信頼されていない明美。

次回、国王の訪問。

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