閑話 守り続ける影、頼りなげな強かさ
主であるエリザベスが風邪のような病に倒れてから20日、アンネリースは扉の外から守り続けていた。
無口だとよく言われる。存在感がないとも言われる。表情がないと言ったのは亡き夫。よく私を幽霊と間違えたのは喪った我が子。
音を立てないようにしているのであろう足音が聞こえた。瞬時にそちらを見るとマカレナ嬢だった。
「ねえアンネリース。これをフリーダに預けてもらえない? フリーダまでもが隔離されていて会えないの」
マカレナ嬢に手渡された小包を軽く調べてみた。外装に違和感なし。
「いいけれど、どこで買ったの?」
疑問符を浮かべた私の声に、マカレナはいたずらっ子のように笑った。
「また平民街に行ったの?」と私は呆れた。嫁入り前の娘が何をやっているんだ?
「ええ。よく行く本屋さんで買ったの。いい? 絶対に渡してね。少なくともクリスマスイヴまでには」
「分かった」
微笑みを押し殺したが、なんとも微笑ましい。隔離されている祖母へのクリスマスプレゼントか。マカレナは小さく手を振った。
「じゃあね、アンネリース。体を壊さないようにね」
「分かっている」
マカレナは静かに去って行った。マカレナもまた可哀想に。
私は静かに扉を開いた。ぜいぜいと響く奥様の呼吸音、頼りなげない生きている証。
「フリーダ様」
床に座し祈っていたフリーダは頭を上げた。私は腰を屈め小包を差し出した。
「マカレナ嬢からです」
「ありがとう」
フリーダは言葉少なに受け取った。このままではフリーダまでもが参ってしまうかもしれない。
「フリーダ様、小包に手紙が貼り付けられていますよ」
彼女は手紙に目を通した。
「エルサ様宛の荷物ですって。これを私名義で渡してほしい、と」とフリーダは呟いた。
私は祈るように目を瞑った。もしマカレナ様がハイド伯爵の婚約者に選ばれることがなかったならば奥様との関係も変わらなかったでしょうに。あれほど仲が良かったのに。
私は立ち上がり、扉の外の前に戻った。
10年以上前、風邪を拗らせた幼子を喪った。稼ぐため護衛騎士に復帰したのは同時期だった。女の護衛騎士はどの世であっても需要がある、あの時、私は護衛騎士として復帰した。まだ若かった私は、次々と任務をこなしていた。だが2年前、ハイド伯爵からの護衛任務依頼があった。ハイド家別邸に住まう婚約者の護衛騎士としての任務だった。「婚約者殿とのご成婚後も護衛騎士を続けてほしい」とのことだった。
そこで初めて奥様とお目にかかった。16歳と伺ったが幼く見える顔立ちで小柄……当時は酷く痩せていた。時折見せた幼い迷子のような目。不自然なほどハイド伯爵やフリーダ様に依存する態度、人の感情の機微に敏感。マカレナ嬢からの不相応な願いを徹夜してまで叶える行動。それらを見るに奥様はどのように接さられて育ったのかは簡単に推測がついた。そして分かった。あの態度や行動は奥様なりの強かさなのだろう、と。
フリーダと比べると影が薄いアンネリース。アンネリースの亡くなった子どもが生きていれば、明美とほぼ同い年でした。
次回、明美の回復。




