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はずれものの恋、ユーラシアのはぐれ島で  作者: 神永遙麦
新婚時代:私が第二夫人?
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閑話 消えてしまった小さな足跡

 郁子は、イギリスのガイドブックを読む美咲を寝かせた後、智を睨んだ。


 郁子は「智、いい加減寝なさい。明日学校休みだからと言って、夜更かししないの」とスマホを取り上げ、両腕を組んだ。

 智はちぇと部屋へ向かった。


「おやすみー」

「おやすみなさい」


 智がベッドに入ったことをカメラで確認すると、郁子は伸びをした。やっと3人とも寝てくれた。

 自室に入り、本棚からスペイン語の教本を取った。机につき、スペイン語文法の世界に入った。




 勉強に没頭していた郁子はもう少しで日付が変わることに気づいた。日付が変われば11月3日になる、翔一の誕生日だ。時計の針が23時49分を指した頃、今日は前夫との娘、明美の誕生日だということを思い出した。生きているのだとすれば18歳になっている。


 郁子はふぅと手元の教本に目をやった。

 明美は、私と違い語学が堪能だった。明美は4歳から10年も留学に行っていたのだから当たり前だけど、津田梅子と違い日本語を忘れることがなかった。明美がスペイン語を話すところを見たことはなかったが、きっと流暢で綺麗なのだろう。

 3年半前に突然、明美は帰国してきた。その時、夫は明美の戸籍を大阪から東京に移した。――語学堪能な美少女ハーフだから、広告塔にでも使うつもりだったのだろう――。戸籍謄本を見た明美はオスカーのことを聞いてきた。元夫のことなんて話したくもなかったので、元姑の住所を伝えた。夏休み、明美はイギリスへと向かった。残暑の頃、ヴァロワール共和国へいくための同意書を求められ、送った。あれ以来、明美は消息を経っている。

 

 このご時世、国を出ることは難しい。そう自分に言い訳しているうちに3年経ってしまった。このご時世が終われば、明美を探さない理由はなくなってしまう。

 探した先に遺体があれば? ひょっこりと生きていれば? いっそ遺体があればすべて終わる。けれど遺体なんて見たくもない。


 前夫に似て日本人離れした容貌の明美、10年も離れていたため娘だと認識出来なくなってしまった。前夫との夫婦仲だって明美が生まれて以来は喧嘩が絶えなかった。最初の喧嘩は明美の命名についてだった。3つも英名をつけるのはギリギリ理解できるけど、そのうち2つが元姑とその母の名前だった。口論の末、ファースネームは「明美」とし、日本国籍の方はただの「エアリー 明美」とすることで決着をつけた。あれ以来、喧嘩が絶えなくなってしまった。最終的には喧嘩を諦め離婚の話し合いをしていた所、交通事故でオスカーは死んだ。


 日付が変わった。もう翔一の誕生日。来年で中学2年生になる翔一については特に言うことはない。ただ健康でいてくれればいい。明美は生きているのかどうかすら怪しいんだから。

 いっそ遺体が見つかればいいのに。そうすればもう元夫のことを思い返すこともなくなる。成長する美咲を見て、明美に思いを馳せることもなくなる。渡す先のない本を2冊、用意することもなくなる。


 郁子は再びボールペンを取った。数年前の結婚記念日に夫が贈ってくれたものだった。使いやすく気に入っている。郁子は軽く目を瞑り、長女を想った。


 けれど、まあ。このご時世が終わらないことには何も出来ない。今はそれでいい。

2022年秋の話でした。この半年後には色々と変わってるよ、郁子さん。

次回、明美の誕生日。

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