閑話 エルミナの休日
マカレナは鼻歌を歌いながら歩き回っていた。婚約式の夜、マカレナは家を抜け出し汽車に乗り込み、ここエルミナにやって来た。
「ふんふんふーん」
スキップをしながら通りを突っ切っても咎める人なんてここにはいない。4日半も汽車の3等車に乗るのはキツかったけど、その甲斐はあったかも。古本屋に入り、ツンと何冊かの本の背をなぞる。さすがに外国の本は簡単には見つからないか。本屋の主人が通りかかった。
「ねえおじさん、外国の本ってどこで手に入るの?」
主人は頭を掻いた。
「外国の本〜? んなの骨董品屋にあるだろ。読めない本なんざ本屋に置いたって仕方がないだろ?」
「それもそっかぁ」
納得したふりをしても意味が分からない。なんで? 骨董品屋ってことは?
「飾るの?」
「そりゃそうだろ。古い本なら絵も綺麗だし、読めない文字も飾ればいい感じになるからな」
「おじさん、いい情報をありがとう!」
「おい! 場所分かってんのか!? あと何か買ってけ!」
「は〜い」
どうせならアウリスでは手に入らないような情報が入った本を。よし! サンゴ礁の本でも買っちゃおう。
「おじさん、この本ちょうだい!」
「8スティア」
安! こんなのアウリスで買ったら25スティアはするよ!
「よし! 買った!」
8スティアと交換で本を受け取った。包装なしか、そりゃ安いね。おじさんは紙に地図を書いてくれた。
「いいか、骨董品屋はあの駅の反対側にある」
「ありがとう、おじさん!」
私はタッと駆け出した。スカートの裾が舞う、やっぱり安い服は生地が軽いなぁ。駆け出した先に屋敷なんてない! だってここは平民の街だから! 貴族らしき人は1人しかいない、栗色の髪をした貴族があんぐりと私を見ている。人波を避けてビュンビュンを走ってやる! いっそ風になれたらいいのに! 風ならどこにだって行けるもの! 石畳の小路を駆け抜けていく。
駅を抜け、一旦立ち止まり地図を見た。なるほど、あのパン屋さんの隣ね。鐘が鳴った。お昼ごはんを食べないと。パン屋に入り、白いパンを買った。パン屋の向かい側には噴水付きの広場がある。はしたないけど噴水に腰掛けてお昼ごはんにした。
「美味しかった〜」とスカートのパンくずをはらい、向かい隣の骨董品屋に向かって歩き始めた。
骨董品屋に入ろうとした時、ドンと男の人にぶつかった。男の人は私の襟を掴んだ。げっ! お兄様だ。
「見つけたぞ、マカレナ」
「お兄様! なんでここに!?」
「探しに来たに決まっているでしょうが」
「だからどうして分かったの?」
「勘だ。『赤毛のアン』の元の持ち主はエルミナに住む子爵だったんだろう?」
お兄様はふんっと私の襟から手を離した、けどその代わりに腕を掴んだ。
「尤も家中が大騒ぎだがな。モルガンなんかカスティリオまで行ったよ」
「うげっ。なんでそんな所に?」
どうせ見つかるのならティレアヌスまで行っちゃえば良かったのかな?
お兄様は私を引きずったまま切符を買い、汽車に乗り込んだ。今度は1等車だ。
「マカレナ。どうせ見つかるティレアヌスに行けば良かったなど考えないでおくれよ」
「お兄様は心が読めるの!?」
「兄妹だろう? それより私の服が一着なくなっていたのだが」
「あ、それ私。あの汽車に乗るのにいつもの服は危ないと思って、お兄様の服を借りました」
「いつもの服って……。旅行着で行けばいいのに」
「女の一人旅は危険でしょう?」
「2等車にでも乗るつもりか?」
「2等車じゃなくて3等車に乗りましたわ、お兄様」
お兄様は静かに頭を抱えた。
「馬鹿なのか? それともケチなのか? やんちゃか?」
「はい、私はやんちゃです!」
「婚約したんだから落ち着きなさい」
「でもね、お兄様。私からやんちゃを除けば何が残るの? お兄様の妹の可愛さが半減するわ」
「だとしても少しは落ち着きなさい。マカレナはやんちゃでなくなったとしても、可愛いんだから」
「お兄様がちゃんと文官になったらね」
「それ、無理だと考えての発言か?」
「無理だなんて思ってはいないわ。ただお兄様が文官になるころには私は落ち着いた夫人になっているわ!」
マカレナの兄アーサー、初登場。22歳、無職です。
次回、妹への想い。




