閑話 願い
高血圧により倒れてしまい2週間、息子の家で療養をしていた私フリーダは荷造りをしていました。オデットが薬の瓶を差し出してくれました。
「お義母さま、もう復帰なさってもよろしいのでしょうか?」
「もう大丈夫よ。そもそも2週間も休むだなんて申し訳ないじゃない。エルサ様のご結婚翌日から休んでいるのよ」
オデットは知っているのでしょうか? ロイスの企てを。知りたくなんてなかった。私の息子が、木の実のように大切に守り育てた息子があのような……。
*
私フリーダは躊躇いを捨てようと何度も何度も深呼吸をし、そしてエルサ様の部屋のドアにノックをしました。無防備な声で入室を許されました。揺らぐ心に喝を入れるように呼吸をした後、入室しました。エルサ様はテーブルにつき、刺繍をなさっていました。私に気づくと驚いたように立ち上がられました。
「フリーダ! もう大丈夫なの?」
私は静かにお辞儀をいたしました。エルサ様はご存知ではないでしょう。息子が申し訳ない、という詫びを込めました。エルサ様は訝しむような表情で後退りなさいました。私はゆっくりと頭を上げました。
「ええ。2週間もお休みをいただいてしまい申し訳ありません」
「もうフリーダの体に問題がないのなら大丈夫よ」とエルサ様は不思議そうな表情です。
「エルサ様のご厚意に感謝いたします」
私ですら気づくほど、私の声に感情が籠らない。どこか他者の様子に聡いところのあるエルサ様はお気づきなのでしょう。困惑なさっています。どうしましょう、そのようなお顔にしたいわけではないのに。
「フリーダ、まだ体調がすぐれないの?」
「いいえ、私の個人的な問題でございます。エルサ様におかれましてはご機嫌いかがでしょうか?」
エルサ様は小さく息を吐きました。顔が僅かに硬直しています。マズいと思った時、エルサ様は小さく震える手で私の袖を掴みました。
「寂しいわ、フリーダ」
フリーダは少し体を震わせた。これで見捨てられたらどうしよう。私は動揺しエルサ様のお手に触れました。
「エルサ様」
エルサ様は私の声音に何かを感じられたのか、ご自身の胸元に触れました。それからふっと自嘲的な笑みを浮かべられ、くるりと私から離れて一冊の本を抱え私にお見せ下さいました。
「ねえフリーダ。この本ってどう思う? 私はとてもくだらないと思ったわ。なぜ好きな人を毒殺するの? こんなのが愛なの? 2ページ前までイチャイチャとしていたのに」
なんてこと! あれはエルサ様のお目に入れて良いものではありませぬ! 目眩がしましたが、私はパッとエルサ様の本をひったくりました。
「エルサ様、その作家はとても低俗だと以前申しましたよ」
「作家の名前なんていちいち覚えてられないわ」
「この国に住まう誰よりも優れた頭脳をお持ちですのに?」
「あら? フリーダは私は頭がいいとお思いなの?」とエルサ様は首を傾げました。
「ええ、エルサ様とても物覚えのいいお嬢様だと存じ上げております」
エルサ様はおずおずと近寄り、そっと私の目を覗き込みました。
「ふぅん。ねえフリーダは頭のいい女性は嫌い?」
エルサ様のお言葉に本を取り落としてしまった。
嫌い?
無礼だと思いながらもエルサ様のお顔に触れ目を覗き込みました。エルサ様の揺れる蒼い目には不安、恐れ、孤独が溢れていらっしゃいました。なぜ気づかなかったのでしょう。エルサ様は結婚なさったとは言え、お若く幼い。小さな微笑みが漏れました。
「エルサ様」
エルサ様が結婚なさった今、多少は距離を取るべきであると考えておりました。ですが閣下とは未だお心が通い合ってはいらっしゃらないのでしょう。ならば私フリーダは、体面や後のことを考えることをやめましょう。
「私がエルサ様を嫌うことなどありませぬ」
「本当?」
「ですからご安心くださいませ」
エルサ様は安堵なさったようで力の抜けた笑みを見せられました。
「いつか閣下とエルサ様がお心を通わせられる日が訪れますように」
エルサ様は私の小さな祈りにふと目を上げられましたが、何もおっしゃらず刺繍枠を取りました。
フリーダの願いは愛する者らの安寧。
次回、姑(?)との交流。




