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はずれものの恋、ユーラシアのはぐれ島で  作者: 神永遙麦
現代から不思議の国へ:少女時代
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時の狭間、運命の出会い

 2019年12月。

 私はゴーディラックへ向かう小さな船の甲板にいた。ゴーディラック、大きいのか小さいのかも分からないし、地図にも載っていなかった。ぎゅっとペンダントを握った。


 やや小さめの船で船室が狭くって船酔いしそうだったから、甲板で鳥を数えることにした。

 カモメがいちーわ、にーわ、さーんわ。

 少しずつ水平線が朧げになり、1時間経つと白い港街のようなものが見えてきた。サントリーニ島のように白い建物が多いのかな? 行ったことないけど、サントリーニ島。


 ふぅと息を吐くと客室係のお兄さんに「お嬢さんは1人ですか?」と声を掛けられた。

 茶髪に青い目、そばかすの散った陽気なお兄さんとしか言いようのない。ギリギリ20歳くらいに見えるけど、佇まいを見る限りもう少し上かも。

 

「はい。お兄さんはフランス語喋れるんですね」

「はい。この船では僕しか喋れません。ゴーディラックでも外国語を喋れるのは僕と、何とかって伯爵だけですよ」

「そうなんですかぁ」

 

 少しだけ不安になった。ゴーディラック語は何語系なんだろう? どれくらいで覚えられるかな? 1ヶ月で覚えられるかな?

 

「お嬢さんは一体、どんな用事でゴーディラックに? ヴァロワール人じゃないんだろう? イギリスの外交官の娘さんとか? イギリスが我が国と国交を持つとか?」と、お兄さんは陽気に言葉を続けた。

 

 私は少しだけ笑った。さすがにそんな御大層な家のお嬢様じゃない。母はいいところの出で、今は大企業の社長夫人だけど私には関係ない。私はただの子どもだ。誰かに見てほしくて、言葉を覚えた子どもだった。

 

「父はこの国にルーツがあるみたいなんです」

「へぇ……。貴族のご令嬢か何かですか?」とお兄さんは笑みを深めた。


 波の音が静まった。お兄さんと目が合った。お兄さんの胸に名札がついているが読めない、この人は私の知らない異国の人。

 

「違います」と首を振った後、私はカモメと目が合った。

 

 私は手すりに寄りかかり腕を手すりに絡めた。再びさざ波が響き始めた。さざ波ってこんなに響くんだ。

 

「父も祖父もイギリス出身です。祖母はドイツ出身です」

「じゃあ王族かい」とお兄さんは茶化すように聞いた。

 

 私はコクっと頷いた。

 

 「曾祖母が、ゴーディラックの王の娘だったそうです。ヴィンス七世という人だったと思います」


 ガヤガヤとヴァロワール国の高官たちが騒ぎ始めた。お兄さんはそちらの対応に回った。高官が1人倒れたようだ。船室、もう少し広くしてください。

 

 自分の家系、自分でもよく分かっていない。ただ、どこかで私は「そうであってほしい」と願っているのかもしれない。どうせ生きるのなら自分が意味のある場所から生まれたのだと、思いたいじゃん。

 父の名前を知ったあと、私はスコットランドにいる祖母を訪ねた。母は何も言わず、それを許した。

 父方のルーツがゴーディラックという存在すら知らなかった王国にある。変な話。


 

 白い港町がハッキリと見えた。ドンと衝撃が響いた。港に着いた。

 ゴーディラック、地図にも謎に包まれた載っていない国。周りに埋もれるようしずしずと船から降りた。雪が振り、レンガ畳の街が雪化粧によって白く輝いている。空気は凛としていて、少しだけ甘い匂いがする。言葉が分からないせいか入国検査で引っかかった。何か待たされたと思うと、逮捕されてしまった。


 

 *


 突然投獄され、格子窓から差し込む光をあてに日付を数えるようになってから12日。看守さんにねだって猫を貰ってから3日。今日は12月25日。クリスマス。

 本当なら一昨日、日本に帰国する予定だったんだけど……。なんで私は豚箱にいるんだろう。

 

 床は冷たいけれど猫のお腹は暖かい。名前はルーシー、もっぱらルールーって呼んでいる。金色に白の斑毛の猫。私と同じ青い目。この子はジェスチャーで看守さんに貰った。外から鳴き声がしたんだ〜。幸いなことに看守さんがミルクをくれるから、ルールーの餌には困っていない。

 

 くすりと笑ってからふと考えた。小説によくあるように、一生地下牢とかになってしまったらどうしよう。私15歳になったばっかりなのに。16歳になったら大恋愛をする予定だったのに、18歳になったらその人と結婚するつもりだったのに。夢に見る。私には愛する人と可愛い子どもがいる。そんな蜃気楼のような未来。

 

 セミロングの髪を猫じゃらしのように持つと、ルールーがぴょぴょんと舞い始める。

 ルールーは揺れるものが好きみたい。だから普段は私の髪をおもちゃにしている。巻き毛だったころの名残で私の毛先はまだクルクルしているから、大層お気に召したみたい。ツルツルだった私の手も何度がルールーに引っ掻かれて可哀想なことになっているけど、この子と離れたくない。どんなに寒くて怖くて不安でたまらない夜もルールーがいれば耐えられるから。この子は私の仲間だから。


 外で靴音が響く。また誰かが連れ出されるのかな? この間連れ出されたけど戻ってきた人は息絶え絶えだった。夜、うめき声が聞こえたから拷問を受けていたのかな? この国、たぶん拷問を禁止してない。夜中に呻き声が聞こえることもある。先進国では拷問は禁じられているけど……。だって、この国は先進国とは言い難いから。格子窓からボーと音が響く。蒸気船だ。帆船もチラホラと見かけた。一度、港で見ただけだけど、服装も古い。車でなく馬車が闊歩していた。タイムバックしたみたいだけど違う。ヴァロワール経由でこの国に来たけど、その時小耳に挟んだ。ゴーディラック王国は鎖国してから100年以上経つと。


 靴音が近くなり、私の独房のドアがガチャガチャとなる。私は慌ててルールーを膝に座らせ——少し苦戦したし、ちょっと引っかかれた——、髪を手櫛で整えて後ろに流した。

 ギィィィーーーと重い音が鳴り、ドアが開いた。看守さんと40代くらいのかなり身なりがいい栗色の髪の男性。25歳くらいで暗いアッシュブラウンの髪の男性。

 25歳くらいの男性は私をジッと見たきり戸口から動かない。その視線は刺すように鋭くて、どこか熱い。看守さんはドアの前に待機している。40くらいの男性に私を指差し何かを言われた男性は役割を思い出したようにこちらに近づいた。

 私はワンピースをパッパと払ってから立ち上がった。目上らしき人には目を合わすのが礼儀だから。ルールーを抱き抱えたままのことに気づいたけど、今さら下ろすわけにもいかない。


「私はヨハネス・ウィリアム・ド・ハイド。其方の名は? 年はいくつだ?」と20そこそこの男性、改めハイドさんは流暢なフランス語で尋ねた。


 フランス語が話せるってことはこの人が「何とかって伯爵」か。

 

「アケミ・エリザベス・エアリーです。ひと月前、15歳になりました」

 

 本当はあと2つミドルネームがあるけど、言わなくていいよね? そもそも伯爵様があんなに短い名前のわけがないし。

 

 ハイド伯爵は鷹揚に頷き「ヴィンス7世の末裔というのは事実か?」と尋ねた。

 やっぱりその件か〜、と思いながら「そう伺いました」と頷いた。

「其方の祖母、という女性はどこにいる?」

 

 イギリスに居ます、なんて答えたら連行されてしまうのかな……。私はぎゅっと目を瞑ってから悲しげな笑みを作った。なるべく瞬きを増やさないよう……。

 

「もう死にました。祖母は……祖父方の遠縁の親戚に託しました。祖父も父もとうの昔に死んでいますので」


 最後の一言だけは本当。

 

「其方はスヴェトラーナ=ジョセフィン后の子孫か?」とハイド伯爵が尋ねた。


 その瞬間、40くらいの男性が私の顔をジッと観察し始めた。なんか怖くて鳥肌が経つ視線。

 

「スヴェトラーナ后は存じ上げません。ですが父方の高祖母の名はジョセフィン・デイヴィスだと伺いました」

「そうか」


 伯爵はこめこみをトントンと突き始めた。苛立っている? 焦っている?


「其方の国では15の年で成人するのか?」

 

 急になんで? 私の祖国って日本? イギリス? 日本の法の中で生きているから日本人。だけど日本人から日本人として見られることはほとんどないからイギリス人。でもイギリス人として生きていたことはないし、父は死んでいるから日本の方でいいかな。

 

「20歳で成人します」

 

 伯爵は何かを40くらいの男の人に言った。40くらいの男の人は手で何かを払う仕草をすると、2人は出て行った。

 私は緊張が抜けてヘナヘナと床に座り込んでしまった。不安でルールーをキュッと抱きしめた。私の言葉遣い、問題なかったかな。

 あの40くらいの男性は誰だったんだろう? 服装や動作、2人の立ち位置、伯爵への接し方を見るにかなり上の人。公爵? 王族? お貴族様の序列はよく分からないのが困る。

 あの客室係め。客の情報をポンポン漏らしちゃダメでしょ!


 ドアは閉められていないから2人の話し声はよく聞こえてくる。だけど何を言っているのかはさっぱり分からない。分からないけれど耳を澄ませた。私が習得している言語のうち、どれかと似ていたら少しでも分かるかもしれない。

 どことなくフランス語と似ているけれどオランダ語やドイツ語にも似ている。ん? ロシア語っぽくもある。ヨーロッパ諸言語を混ぜた感じだけど、エスペラント語とも違う。

 お手上げ! メモができれば、発音を記録して後から分析できるのに。


 私はぷすーとむくれ、ベッドに顔を埋めた。その間にルールーは私の膝から脱出し、ベッドに登り、私の髪で遊び始めた。

 

「ルールー、きみだけが癒しだよ」と心の声が漏れた。

 

 ハァと息を吐くと、ハイド伯爵が戻ってきた。

 立ち上がろうとした私を手で制して、隣に腰を下ろした。1.5人分のスペースを置いて私の隣に座った。

 

「其方は私の屋敷に置いておくことになった」


 彼のその言葉は、救済なのか、監視なのか、まだわからない。

 

 伯爵はゴーディラック語で何かを言った。それからフランス語で「2019年12月6日、午後2時49分をもって其方をハイド邸に軟禁する」と言った。

 テノールの低い声はよく響いた。


 私はまっすぐハイド伯爵を見つめた。私はこの国に滞在することとなった。国ごと時間が止まったような場所に。地図にない、文明が遅れた小国に。

本編の始まりです。

ご先祖ガチャ当たりなのか大外れなのか分からない明美。一歩間違えれば処刑だった分、運がいいね。でも中学3年生の冬だと考えると運が悪い。

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