結婚式の準備と緊急の知らせ
『赤毛のアン』の翻訳をしているうちにクリスマスも過ぎ、年も明け2月となった。ウェディングドレスの仮縫いが終わった。
試着をしてみると仕立て屋さんが無言でウエストのあたりを摘んでいる。フリーダはあらあらと右手を頬に当てている。痩せちゃったの。
「エルサ様、結婚式までにウエストを3cmほど戻せますか?」
フリーダの言葉に私はぶんぶんと首を振った。
私は「なぜ勝手に細くなってしまうのかしら? たまに太ってしまう時もあるけれど」と首を傾げた。
仕立て屋さんは「どうしましょう」と困っている。
私のウエストのサイズがちょいちょい変わってしまうせいでドレスをピッタリに合わせられないから。今回仕立てるのは普段着じゃなくて一生に1度きりのウェディングドレス。
フリーダは私の周りを一周してドレスの様子を確認した。ここで調整したところでどうせまたウエストのサイズは変わる。私はゆっくりと鏡に映る自分の姿を見た。
このドレスのふんわりと広がった裾には繊細なレースが重なり合っている。裾は後ろに長く伸びていてトレーンには花や植物をモチーフにした青と金の刺繍がされていて、小さなダイヤモンドが散りばめられている。胴にもホワイトゴールドで同じ刺繍がされている。薄いレースのオフショルダーで肩が露になっているし、胸元はハートみたいな形。
私は一生この国から出られないのかな?
小さなため息が漏れそうになり押し殺した。フリーダは少し視線を落とし、また視線を上げ仕立て屋に向けた。
「トレーンの下にサテンか何か……光沢のある生地を仕込み、ドレープをしっかりと寄せたほうはいいかもしれません。それからウエストはリボンで締めますか。濃ゆい青がいいかしら」
仕立て屋は石板にメモをした。
「そうですね。濃ゆい青っと……。素材はオーガンジーでよろしいでしょうか」
「そうね」
すごい。フリーダ。いつも思うけどフリーダはデザイナーになれそう。
「エルサ様にご希望の点はございますか?」
私は首を傾げた。分からない。鏡を見て、これでいいのかな、とは思う。けれどどうしたいのかは分からない。
「ありません」
フリーダは「エルサ様……」と複雑そうな心配そうな視線を私に向けた。だがすぐに「いえ、何でもございません」と首を振った。
どうしたんだろう?
仕立て屋が帰ると私は本棚に近づいた。本を取ろうとすると、フリーダがそっと私の手を止めた。そして人払いをした。
「エルサ様。お悩みのことがございましたらお聞かせ願いませんか?」
悩み? 小さなエリザベスがどうやってこの国を脱出したのかは気になるけど、悩みではない。私はくくいと首を傾げた。
「悩みなんてないわ。見ての通り私は楽しんでいるじゃないの。読書に翻訳におしゃべりに……」
フリーダがなおも口を開こうとすると、激しいノック音が響いた。マカレナの声だ。
「お嬢様! お祖母様! 緊急の知らせがございます!」
フリーダは「なんですか、騒がしい」とゆっくりドアを開けた。マカレナが小さな紙を手に部屋へ飛び込んできた。
「閣下が、ヨハネス様が暗殺の危機に遭いました!」
「なんですって!?」とフリーダはドアノブにしがみついた。
閣下が?
「息はあるようですが、容態は重いそうです。あとは分かりません」
マカレナは私に紙を渡した。電報のようだ。
私は「知らせをありがとう、マカレナ」と電報を受け取った。
国王陛下との宴会の場で刺客に遭ったらしい。太ももをやられたそうだ。太ももはヤバい、だって太い血管があるから。
「フリーダ。ロイス様は今すぐ本邸へ来て欲しいそうよ」
私の言葉を聞き、マカレナは部屋を飛び出して行った。伝令だろうか?
動揺してもいいはずなのに、心はつぅんと動かない。何かで蓋をされているように悲しみも怒りも沸かない。奥底で何かが蠢いているようで苦しい。微かに震える指先が胸元のペンダントに触れた。
フリーダの顔が真っ青になっているが「いますぐ用意をいたします」とゆっくり頷いた。
結婚式の一ヶ月前に齎された事件の知らせ。
次回、ハイド伯爵の過去と明美の決断。




