夜明け
その民族の名はラジといった。古くからの歴史ある文明をずっと受け継いできた、ある孤島の原住民として、今までひっそりと暮らしてきた民族なのだ。
ある日、ふとしたひょうしに代々伝わってきた大切な皿を割ってしまった青年がいた。なんとか隠し通そうとがんばったが、ついにばれ、罪を隠そうとした事とあわせて、しばらくの間村の倉庫に入れられることとなった。このラジの民族では、罪を隠すことは最大の悪事とされていた。また、民族に伝わる大切な道具も、そまつにあつかってはいけないこととなっている。したがって、青年はラジ中の人々全てに非難されてしまったのだ。
「この扉を開いて、中へ入るのだ。長い間、いることになるぞ」
倉庫番の男にそう言われ、青年は中へと入った。中は暗く、しめった感じのする、薄気味の悪いところだ。
「食事は一日に二回、扉の下にある穴からわたされる。それ以外の時間は、その中でだけ、自由だ」
倉庫番の男は言うと、扉を閉めた。重い音に続き、鍵を閉めるらしい、金属のふれあう音が聞こえてくる。
「さあ、どうしようか。思ったよりも、ひまだな」
青年はさっそく悩む。しかし、やがてベッドの上に横になると、すぐに寝息をたてはじめた。
翌日の朝、青年は倉庫番の男に起こされた。そして、朝食の入った容器をわたされる。
「すぐに食べろ。そして、この下からだせ」
倉庫番の男は簡素に言い、扉をたたいた。青年は言われたとおりにし、倉庫番の男が去ったのを確認してから、ふたたびベッドの上に横になった。なにもすることがないため、青年はここから逃げ出す方法を考え始めた。
「なんとかしてこの扉をあけたとしても、倉庫番にとらえられるのがおちだろう。それ以外のものを、考えなくてはならんな…」
青年は毎日を食事と脱走のための思案に尽くした。しかし、一向に思いつかない。思いついた案にはすべて、なにかしらの欠点があるのだ。青年はそれでも考えつづけた。いつかは名案が思いつくことだろうと。
はたして、青年の思案はかなった。名案と言える名案が思いつかれたのだ。青年はさっそく作戦を実行して、ラジの倉庫から逃げ出すことができた。簡単な方法。青年は逃げ出した後、できるだけ遠くへと逃げようとして船を手に入れ、孤島をはなれた。
ある日、青年はついに探し求めていた島を見つけることができた。その島は、果てしなく大きい島国のようだった。青年は島にある港をみつけ、文化が進んでいることを知った。そしてそこの一角に船を停めた。その後船を降りると、港町を探索し始める。
「ふしぎなものが色々とあるな…。四角い箱やらがたくさん置いてあるへんな店もあるぞ……。ふしぎな国だな…」
青年は町を歩き回り、やがて疲れ果てた。そばにふとんをたくさん置いてある店があるのを見つけ、その中の一つにもぐりこんだ。眠りにつくまで、そう時間はかからなかった。
翌日、青年が目を覚ますと、青年はどこかを列車で走っているようだった。体が、上下に揺さぶられているのだ。
「なんだ…。ぼくはたしか、どこかのふとんの中で眠っていたはずだが……」
青年は訳が分からなくなり、しばらくしてから停車した場所でおりた。青年はどこにいるかも、どうすればいいのかも分からなかったため、しばらくそこであたりを見回していた。周りの景色は殺風景な荒野の映像。青年がさらに移動しようと、列車に乗り込もうとした時。突如、列車が爆発した。
「今度は何なのだ。ここにきてから、訳の分からないことずくめだ。今度はどうにかして、ここから逃げ出したくなってきたぞ…」
青年はその場から走って逃げようとした。だが、その時、今度はだれかにぶつかってしまった。荒野を歩いているとはめずらしいやつだと思いながら、青年はあやまる。
「すみません…。なにしろ、先を急いでいたもので……」
青年は弁解を交えて理解を得ようとする。しかし、相手は青年の肩をつかみ、言った。
「おまえ、先を急いでいるということは、さっきの爆発をみたのだな」
「ええ…」
世間知らずの青年は、あやしい質問にも訝しがらずに素直に答えてしまう。
「秘密を知られちゃ、生かしてはおけないな。消えてもらおう」
相手の男が腰のわきからナイフを抜きだすのを見て、青年はとっさに蹴り飛ばす。自分の故郷ではよくやった武道の練習だ。反射的に体が動くようになっている。それを見て男はおどろき、すぐに近くの仲間に連絡をとり、逃げ出してしまった。
「妙なやつもいるのだな」
青年はつぶやくと同時に、先ほどの行為も思いだし、故郷をなつかしく思った。自分の故郷の、ラジの村に帰りたい。ここのような奇妙な面白味のない、厳粛な場所ではあるが、人々が自分にやさしい。故郷のみんなに早く会いたいと。
青年は近くの町へと急いで行き、そこで船に乗った。もう戻ってこないのだ。船の一つくらいもらったって、かまわないだろう。青年は訳もなく、ただ故郷に戻りたいと考えていたのだ。
やがて数週間もすると、村のある島に着いた。数日しかたっていないのに、まるで何百年もはなれていたようだ。青年は村へと走って行った。みんなは自分のことを叱るだろう。罪を犯して逃げてしまったのだから。しかし青年はそんなことも構わず、自分が帰ったことを知らせようと思った。
しかし、家や建物などがそのままでも、なぜか家族やらの人間の姿が見当たらない。青年がどうしたものかとあたりを見回していると、疲れ果てた、やつれた顔の老婆が出てきて言った。
「私が、この村の最後の生き残りじゃ。あなたはどこから来たのか知らんが、この村には、私以外のものはいないよ。みんな、伝染病で、あっという間に死んでしまった…」
「みんな、死んでしまった……」
青年が老婆のことばを繰り返している間に、老婆は去ってしまった。青年は放心状態となり、しばらく動かなかった。しかし、やがて歩きだした。自分の家の前に着く。
「何てことだ…。これでは、どうしようもないじゃないか…。ぼくは、どうすればよいのだ……」
青年は絶望に浸る。そこへ、一人の老人がやってきた。
「どうしたのかね。なにか、困っているようだが」
青年はその老人の優しそうな雰囲気に落ち着き、ことの一部始終を話した。
「そうか…。それは災難じゃった…。私にしてあげられることはないが、実は私もむかしにこの村を追い出された身なのだ。私も数日前にここに着き、村にいない事で島中を探したのだが…。まさか、そんなこととはな……」
「では、どこかに行きますか。ここにいても、意味がない」
「そうじゃな。一緒に旅をしよう。そうすれば、なにかが見つかるかもしれない」
「そうときまったら、善は急げ、です。早く準備をして、行ってしまいましょう」
「私たちには、持ってゆくものなど何もないはずだ。今夜にでも、列車に乗りこもう」
青年たちは夜の出発のために支度を整えた。簡単な身支度に、食事。二人は寝床に着く。もう思い残す言葉など、何もないのだ。あとは、現状から抜け出す手段を見つけるだけ…。
絶望に打ちひしがれた心が二つ集ったその夜の、暗く不気味であるはずのそのやみの先は、彼らにとっては希望と期待にあふれる、あたらしい世界への出発地点となっていたのだった。