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守られるよりは

「……何してんの」


 部屋の前で体育座りにして待つこと30分。

 通りかかった信乃は、不審物を見る目で千草に聞いた。


「……別に、大したことじゃねえよ。この部屋の鍵を持ってた師匠が爆睡してて俺が閉め出されただけだ」


 別れ方が別れ方だっただけに、うまく信乃の目を見ることができない。


「結構大した事ある気がするんだけど」

「師匠と一緒に暮らしてると、これくらい日常茶飯事だぜ」

「こんなのが日常茶飯事って……で、どうするの。このまま朝まで待つつもり?」

「場合によっちゃそうかもな。ったく、なんだって豪華客船に来てまでこんなことになるんだか。ソファーとか寝れそうな場所があればいいんだけど。もしくは24時間やってる所の椅子とかだな」


 正直あまり使いたい手段ではない。当たり前だが、ソファーや椅子は寝るのに適したものではないため、そこで本格的に寝入ると十中八九体が痛くなるのだ。


 せっかく良いベッドがある部屋に泊まれると思ったのに、なんでこんなことになっているのだろうか?

 おお神よ、あなたは残酷ですぞ……!

 なんて千草が思っていると、信乃がんんっと咳払いした。


「風邪でも引いたのか?」

「違うから。あの、ね? その、あんなことがあった後だし、千草が嫌だったら別に良いんだけど……」

 信乃の提案を、今の千草が断る理由はまるでなかった。





「うおぉぉぉ……」


 広い、部屋が広い。

 ソファーもリビングも、バルコニーもある。

 信乃の部屋は、最上級のスイートルームだった。

 泊まる場所が無いなら自分の場所に来ないかと信乃に言われて付いてきたが、まさかスイートルームに泊まっているとは完全に予想外だった。


「なんつーか、世の中不平等だな」

「別に、私だってこんな広くなくていいんだけどね……でも、家の格がどうたらって決められちゃったの」


 四宮家といえば梓の破天荒ぶりが真っ先に思い浮かぶが、元々は家柄を重んじる家である。


「んじゃ、俺ソファー使うから」

「? 何言ってんの。ベッド二つあるんだし、そっち使いなさいよ」

「いいのか? んじゃま、お言葉に甘えて」


 恐らく信乃が使うであろうベッドの隣に腰を下ろす。なんだかあの部屋よりもベッドの質が良い気がする。プラシーボ効果とか言う奴だろうか。

 しかしこのシチュエーション、歳の近い異性と2人きりという中々にイベントくさいような気がしなくもないが、緊張というよりもホッとする、懐かしい感覚だった。

 無理も無い。千草にとっては、信乃が近くにいることがかつての日常と言っても過言ではなかった。


 5歳で両親が死に、梓に引き取られてから6年間一緒に暮らしていたのだから、実の親と暮らしていた頃よりも長い時間を共有していた。

 そこからまさか、離れ離れになるとは夢にも思っていなかったが。


「あー……その、悪かった。あの時は少し言い過ぎた」


 千草は信乃に軽く頭を下げた。

 言ってる内容自体は謝罪するつもりはないが、言葉が強すぎたというか感情的になりすぎたというか、とにかく一言謝らなければならないような気がしたのだ。


「私の方こそ……ゴメン」

「よーし、これでわだかまりは無くなった……はずだよな?」

「千草が対魔師してるところとか、私としては色々思うところがあるんだけど」

「仕方ねーだろ。自衛のためだ自衛。力付けねーと妖魔に一方的にやられちまうからな」

「それは、そうだけど……対魔師って、危ないから」

「知ってるよ。でも今の俺は不死身なんだ。そう簡単に死にゃしねえ」

「そうやって油断するのが一番危ないのよ。不死殺しの妖魔とか対魔術とか、最近じゃ色々あるんだから」


 相変わらずの心配性だ。


「それを言うなら、信乃もちゃんと休めよ。休息と栄養補給をちゃんとしないと、どんなに強くたって実力を発揮できないってネットでも書いてあったし」

 信乃は昔からその手のブレーキが効かないというか、ぶっ倒れるまで刀の稽古をしていたことがちょ

くちょくあった。

 なまじ体力が常人離れしていることもあって、スタミナも充分なのだが、それはあくまで限界に至るまでの猶予が長いとうだけだ。

 限界が来てしまえば体に不調をきたすことに変わりは無い。

 その為に千草は、信乃が一人で稽古をするときは、近くで監視して水分補給をさせるという任務を梓から仰せつかっていた。


「もう平気よ。水分補給しなくても問題なく動ける方法を見つけたから」


 そう言う方向に成長するとは予想外である。


「でも休める時に休んどけよ。行方不明者の捜索だって体調を万全に整えてからの方が効率良いんじゃないのか?」


 よく見ると、信乃の目元は微かにクマができていた。睡眠もあまり取っていない証拠だ。

 信乃はとうとう根負けしたと言わんばかりに嘆息した。


「分かったわよ。栄養を取ればいいんでしょ……」


 信乃はベッドの横のテーブルに立てかけていたリュックから、梱包された袋や容器を取り出した。


「……おい待て、なんだそりゃ」

「え? マルチビタミンと、プロテインバーと、ミニ羊羹だけど。あと鉄分」

「んなモン知っとるわい。もしかしておまえ、それが夕飯って言うんじゃないだろうな」

「言うつもりだけど」


 世の中には様々な食の形がある。野菜しか食べない人もいれば、完全栄養食のみで暮らしている人もいる。

 それは千草とて承知しているが……


「……もしかして、3食コレって言うんじゃないだろうな」

「? うん。たまに1食だったり2食だったりすることもあるけど。ちゃんとしたもの食べると眠くなるし時間かかるし……それに栄養はちゃんと取れてるわよ? マルチビタミンでビタミン系は大丈夫だし、プロテインバーはタンパク質でしょ。糖分は羊羹で取れるし、対魔術で消費する血は鉄分で――」

「オーケイそこまでだ。ひとまずゆっくりそれを床に置け」

「?」


 信乃は怪訝そうな顔をしていたが、素直に従った。


「よし、手を挙げて十歩下がれ」


 これまた素直に従う信乃。

 千草は床に置かれたマルチビタミンやプロテインバーを全て没収した。鉄分だけはそのままにしておいた。


「ちょっと、何するのよ!?」

「没収だ没収」

「没収って、それじゃあどう栄養補給しろって言うのよ!」

「あのな信乃、ここはどこだ?」

「ゴールデンラズベリー号?」

「ゴールデンユニバース号だ。しかも高校生のお財布事情じゃ手が出ない豪華客船だぜ?」

「私学校通ってないけど」

「……とにかくだ。遊ぶところも食べるところも沢山あるんだ。ビュッフェだってすごいんだぜ? アレを味わわないなんて信乃、おまえは何のためにこの船に乗ったんだ?」

「仕事だけど」

「うぉっほん! 仕事でも楽しんじゃいけないなんて法はないだろ。それにその仕事もほぼ終わったようなもんなんだし」

「法も何も、対魔師には労働基準法も適応されないんだし、別に良いでしょ」

「よくねぇよ!?」


 残念ながら働き方改革の波はこの業界までには届いていないらしかった。

 ともあれ、これ以上口で言っても仕方ないのは確かである。

「……よし分かった。しばらくここで待っててくれ」


 そう言って千草は部屋を後にした。



 それから十五分程後。

 信乃が鉄分サプリを飲み、部屋で出来る筋トレなどの鍛錬をしていると、千草が戻ってきた。

 その手には大きめの弁当があった。


「夕ご飯食べたんじゃなかったの?」

「いや、おまえのだよ。色々デマカセ並べて料理を持ち帰らせてもらったんだ」


 信乃の記憶する限りでは、食べ放題の料理を持ち帰ることを許可しているお店というのはあまりないような気もするが、千草のことだ。

 本人が言ったとおりうまいことスタッフを言いくるめたのだろう。

 しかもそれは自分のためではなく、信乃のためにやったことだ。

 何より千草のなんでもないと言わんばかりの顔が、申し訳なさを加速させる。


「別に、プロテインバーでも良かったのに」

「あーゆーのは栄養補助食品って言ってな。あくまで補助なんだぜ補助。基本の栄養は食事で取った方がいいんだよ」


 ほれ、と千草が弁当を突き出してきた。


「……ありがと」


 小さく礼を言って受け取る。

 さすがにここで突っぱねるようなことは出来なかった。

 蓋を開けると、ご飯と色とりどりのおかずが並んでいた。

 見ただけで、胃袋がぎゅるると鳴った。

 誤魔化すように割り箸を割り、いただきますと手を合わせる。


「……おいしい」

「だろ?」


 なんで千草がドヤ顔なんだと思いつつも、箸を動かす。

 エビチリにローストビーフ、鰤の照り焼き、野菜の煮物――エトセトラエトセトラ。 

 おかずは和洋中見事にゴチャゴチャだが、一品ごとに仕切りがあるので、タレやソースが他の料理を浸食するという心配はない。


 信乃の箸を動かすスピードは徐々に速くなっていった。

 そもそもこのようにちゃんとした料理というのも結構久しぶりな気がした。

 特に最近は任務続きだったせいというのもあるだろう。

 均一化された食感ではないというだけで、新鮮に感じる程だ。


 どれも信乃好みの味付けだった。

 元々千草と信乃は好む味の傾向が大体同じなのだ。

 しかもおかずはどれも一口サイズで、もっと食べたいと思わせる。恐らくこれらの料理を腹一杯食べたいのならば、ビュッフェに直接出向けばいい。

 それこそが千草の作戦なのだろう。相変わらず、妙なところで知恵が回る。

 悔しい。だが止まらない。


「……ご馳走様でした」


 おかずもご飯も瞬く間に平らげ、水筒に入れていたスープも飲み干してしまった。

 敗北感と、それを上回る充足感が信乃の体を満たしていく。

 千草はその様子をニヤニヤしながら見ていた。

 この顔には見覚えがある。対戦ゲームゲームで信乃が負けたときも、千草は同じようにニヤニヤしていた。

 そのくせ自分が負けると何度も再挑戦しようとするのだ。

 無論信乃はそんなガキっぽいことは――せいぜい7回くらいしかしていない。


「……何よ」

「いや、スゴイ勢いで食ってたなって」

「……早く食べた方が効率良いでしょ」

「急いで食うと血糖値が上がって眠くなりやすいんだぜ?」


 相変わらずの減らず口である。


「確かに美味しかったけど、別に千草が作ったわけじゃないでしょ」

「まあ俺が作ってもよかったんだけどな。けどここ、コンロも食材もねーし」


 まるでそれらがあれば料理を作れると言わんばかりの口ぶりである。


「料理、作れるの?」

「まあな。和洋中なんでもござれ……とまではいかねーけど」


 四宮の家にいた頃は、料理をしていたことは一度も無かった。

 相変わらずな部分もあるが、やはり変わっているところは変わっているらしい。

「師匠が料理しない主義っつーか作れないからな。食いたい物があれば自分で作るしか無かったんだよ」


 師匠……与田切夜見。

 彼女は業界内でも結構有名な対魔師だった。

 最も、有名は有名でも悪名の方である。

 梓の友人であるということは知っていたが、信乃の耳に入ってくる噂はあまり――というか、彼女基準で見たらアウトなものだらけだった。

 対魔師の仕事だけで無く傭兵の仕事も請け負っているとか、金にがめつく依頼料を吊り上げたりだとか、戦闘になって殺害した対魔師の身ぐるみを剥ぐだとか、そんな物騒な噂ばかりである。


 無論噂は噂だ。

 信乃自身も割とその手の噂を囁かれがちだ。(そしてあまり否定できないのが辛いところである)

 そんな自分が噂で人を判断することがあっていいはずが無い……そう思っていたのだ。

 実際に彼女の戦いぶりを目の当たりにするまでは。

 夜見の実力はそんじょそこらの対魔師とは一線を画すものだった。

 銃器は妖魔退治の武器としては特段メジャーと言えるものではないが、夜見は完全に使いこなし、妖魔を涼しい顔で屠っていた。


 もっとも、妖魔ごと自分の弟子まで屠っていたのもまた事実なのだった。

 しかも人間だったら複数回は死んでいる。

 噂は確かに噂だった。現実に比べれば、噂なんて遥かに生温いと思い知らされた。


「あなた達の妖魔退治って、いつもああなの?」


 既に千草は四宮の人間ではない。他所の対魔の家に干渉するのはあまり褒められた行為ではないが、どうしても聞かずにはいられなかった。


「いや、さすがに毎回じゃねえよ」


 苦笑する千草に、信乃はホッと胸を撫で下ろした。


「俺が戦ってる時にファミマに行ってるときもあるし」

「全然安心出来ない!?」


 なる程確かに攻撃には巻きこまれまい。

 当人が戦場にいないのだから。

 しかしそれはそれで、弟子を危険の中に1人放置するという、師匠という立場の人間が一番やっちゃいけない行為なのではないだろうか。

 漫画では見なくもないが、ここは現実である。それに妖魔は不確定の怪物だ。

 実際に今日戦った鎌の妖魔も、信乃は何回も相対したことがあるが、分身能力を持っているなんて知らなかった。


「不確定の塊を相手させて自分は買物とか、何考えているの……?」

「さあな。とにかく師匠は滅茶苦茶なんだ。文字通り、命がいくつあっても足りねえって奴だな」


 そこから出るわ出るわ、与田切夜見の活躍の数々。

 妖魔と繋がりのある裏カジノで戦った時には千草の魂を賭けるとほざき(それで負けそうになったからイカサマを使って乗り切った)、妖魔の攻撃から身を守るために千草を盾にしたり、千草を人質にされた際には人質の交換に一時間寝坊してやってくる(もう少し遅かったら東京湾の底で、コンクリートとの蜜月を過ごす事になっていたと千草は語る)

「……とまあこんな感じだ。まったく参っちまうよな」

「それもう通報した方がいいんじゃない?」


 千草はグチのつもりなんだろうが、普通に児童相談所飛び越して警察の領域であるような気がする。

 おまけに千草の表情や声からして、夜見を心の底から嫌っている風には見えないのだ。

 多分二人には、今千草が言っていない色々なことがあったのだろう。

 自分があれこれ言う立場ではないのは分かっているが、少しムッとくるというのも正直なところだった。


「色々勘弁してくれって人だけどさ……まあ、下手に守られるよりはマシだな」


「……ッ」


 胸がずきんと痛んだ。今までの思考に冷や水をかけられた気分だった。

 表情に出ていたのか、千草は小さく首をかしげた。


「どした?」

「ううん。なんでもない」


 ――何をやってるんだ私は。

「ご、ごめん。ちょっと、私、お風呂入ってくる!」

「風呂? これまた急だな」

「うん。今夜はこの部屋使っていいから、それじゃ!」


 信乃は誤魔化すように笑うと、慌てて部屋を出た。


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