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ビュッフェと天罰

「しっかし、結局なんだったんですかね、あの子」


 そう言って千草はローストビーフを頬張った。

 この客船にはレストランが二つある。

 コース料理が楽しめるレストランとビュッフェスタイルが楽しめるレストランの二種類で、千草達が今回選んだのは後者だった。


 妖魔と戦ったこともあって、とにかく腹一杯食べたかったのだ。

 しかしさすが豪華客船と言うべきか、ビュッフェと言ってもまるで手を抜いていない。

 こんな薄い肉によくここまで肉汁が閉じ込められてるものだ。

 家でも作りたいけど、さすがに作り方までは教えてくれないよなあ、と思いながらフォークを動かす。


「おまえら二人が気のせいだったんじゃないか」


 ワイングラスを傾ける夜見は結構なカッコ付けたがりなので、この場ではイブニングドレスでビシッと決めるのかと千草は思っていたが、今の格好は昼間と同じロングコートだった。


「気のせいって、二人揃って幻覚を見たって言うんですか?」

「妖魔の結界の中だ。そういうのはザラにある。それに、そんな女は乗客の中にいなかった……梓の娘と確認しただろ」


 あの後、千草達は、船の入り口にある監視カメラの映像を見て、部屋で倒れていた少女の姿を探したが、彼女を見つけることは出来なかった。。

 別の妖魔にさらわれたという可能性もあるが、化け物級に強い対魔師達(千草は勿論例外である)の不意を突ける物なのかというのもかなり怪しい。


「結局、あの子のことは分からずじまいってことですか」

「そうなるな。だが妖魔は倒したんだ。これで私達の仕事も完了――ここからは心ゆくまでこのクリスマスクルーズを楽しめるという寸法だ」


 仕事があってもダラダラしてるだろアンタは。

 だが思いっ切りクリスマスクルーズを楽しむという方針には千草も大賛成だ。

 ずっと船の中で過ごすという方針もあってか、劇やら映画やら、この船は娯楽には事欠かない。


「信乃も言ってましたけど、妖魔が出たってのによく会社もクリスマスクルーズやろうってことになりましたね。危ないでしょ、普通に」


 妖魔や対魔師は、存在を公にされていない。

 だが、このくらいの船を持っている会社ならば、対策委員会の一員が1人は紛れているはずだ。

 異常が起きたからこそ報告があって、委員会から千草達に依頼が来たのだから、クリスマスクルーズを中止にして妖魔の対処に当たらせた方が良かったんじゃないか、と思わなくも無い。


「金の問題だろ」

「いきなり身も蓋もないこと言いましたね……」

「今回のクリスマスクルーズで出る利益と、人が行方不明になったという風説……この会社は前者を取ったというわけだ。それに妖魔が潜んでいたとしても人が襲われるかどうかは不確定事項だからな。クルーズ中止による確実な損失か、曖昧な風説による損失か……まあこれも秘匿性の弊害と言えるか」


 確かに、妖魔の存在が公になっている状態でクルーズを強行したら社長が土下座するくらいの騒ぎになるだろう。

 けど秘匿されている今では、どうしても中止する理由が曖昧になってしまう。

 それで会社のお偉いさんを納得させられるのか……結構怪しいところだった。


「まあ死人は出てないから結果オーライだろ。私達もタダでクルーズに参加することができるから役得というものだな。これで乗客が全員くたばったらそれはそれで笑えるが。きっと映画化されるんじゃないか?」

「不吉なこと言わんで下さいよ」


 この師匠の頭にはコンプライアンスという概念がすっぽり抜け落ちているらしい。困ったものである。

 おかわりに向かった夜見を見送りながら、千草はふうと息を吐いた。


「信乃の奴、今頃何してんだろ」


 せっかく久しぶりに会ったのだ。一緒に夕食を取ろうと思い立ったはいいが、信乃がどの部屋に泊まっているかを聞き忘れていたのである。

 しかも連絡先を知らない(四宮の家にいた頃はお互いスマホを持っていなかった)ので、仕方なく夜見と二人の夕食となった。いやまあ、夜見と一緒に食いたくないとかそういう訳ではないのだが。


「明日会えたら誘ってみるか……」

 1人でぐるぐると考えを巡らせていると、夜見が戻ってきた。

 予想通りというか、肉と魚のおつまみ系ばかりだ。

 それも片っ端から持ってきましたと言わんばかりの様相である。


「もう少し彩りとか考えた方がいいんじゃないですか?」

「彩りなんぞいらん。大切なのは中身だ」


 なるほど正論だ。


「だったら、その中身とやらもしっかりしてくださいよ。少しは野菜食って下さい」


 こうなることを見越して多めに盛っていたサラダが入った皿を、ぐいと夜見の方に突き出す。


「……なんだって食べ放題でサラダなぞ食わねばならんのだ」


 夜見は嫌そうに、瑞々しいレタスを一枚だけつまんだ。






「……食い過ぎたな」


 食べ放題である以上心ゆくまで食べたいと思った結果、千草は料理を腹十二分目くらい胃袋に収めることになった。

 いやはや、うまいメシの持つ魔力は恐ろしい。

 こんな状態で妖魔になんか襲われたらひとたまりもないだろう。

 夕食を済ませた後は、腹ごなしに船の中をブラブラしていた。


 夜見はカジノに興味津々だったが、千草はカジノ関連でステキな思い出が皆無のため(大体夜見せいである)近づかないようにしておいた。

 腹がこなれたところで、大浴場で湯に浸かり、今は頭から湯気を立てながら部屋に戻っている真っ最中だ。


「お」

「あ」


 信乃と鉢合わせになった。

 数時間ぶりの再会である。

 最初の頃は千草を如何に船から引きずり降ろそうかと虎視眈々と狙っている感じだったが、今はそんな様子は無い。千草が不死身だという事をちゃんと理解してきたようだ。


「よっ、信乃。一緒にメシでもと思ったんだけど、見つからなくて先に食っちまった」


 悪い、と謝罪する。


「別にいいわよ。しばらく食事を摂る気はないし」

「しばらくって……もう結構な時間だぜ。栄養補給はした方がいいだろ。ビュッフェにあったローストビーフとマグロのカルパッチョがまた絶品で……」

「そういう時間はないの。調査を続けないと」

「調査って……ああ、消えた女の子のことか」


 やっぱり気になってたか。


「つっても、元々乗客リストにも監視カメラにも無かったんだろ? そいつ、どう考えても怪しいと思うけどな」

「怪しいからって、探さない理由にはならないでしょ」


 なるほど正論……と言いたいが、ここは待ったをかける。


「俺達は戦闘要員の対魔師だぜ? 妖魔を倒すのが仕事なんだ。それ以上は踏み込まない……そうだろ?」


 委員会の方針としては、戦闘要員の対魔師が人助けをしようとしまいと、それは本人の裁量に委ねられている。

 そもそもアフターケア専門の人達もいるのだから、無理に行方不明になった人を探す義務はこっちにはない。

 それに信乃は休んだ方がいい。どう考えても今まで休みなく探していたパターンだ。あまり顔色も良くない気がする。


「助けられる人を見殺しに出来るはずないでしょ」


 徐々に信乃の頬が紅潮し、目がつり上がっていく。

 これは戦闘けんか開始の合図だ。だが千草だって引くわけにはいかない。

「見殺し? 違うね、殺すのは妖魔だ。徹頭徹尾悪いのはあいつらなんだよ。仮にあの女の子が死んでたとしても、おまえの責任なんかにはならねえよ」


 千草も徐々に熱くなってきた。だけど、止められない。


「責任とかそう言う話をしたいんじゃないの。問題は助けられるか助けられないかよ。誰が助けようが関係ない。でもこの船に乗っているのは私達しかいないの。だったら私が動くしかないでしょ!」

 これだ。こういう所も相変わらず……なんて懐かしく思ってる場合じゃ無い。

「動くしかないって、おまえ一人でこの船全部探すってか?」

「そう言ってるでしょ」

「無理だね。絶対無理だ。ワンフロア探すだけでどんだけの時間が経ってると思ってんだよ。それにあんな目立つ格好で見つからないってことは、本格的に身を隠しているか最初からいないか、ただ者じゃないかの3択だろ」


 信乃だって乗客に聞き込みをしているはずだ。そして反応を見る限り、どうやらそれも芳しくなかったらしい。


「いるかどうかも分かんねえ人間探してどうすんだよ。疲労困憊でぶっ倒れるがオチだろうが。他人より自分の心配しろよ」

「見捨てろって言うの?」

「だから違うって。あのな、普通は自分か他人かっつたら自分を優先していいんだよ。人のために動くのは悪い事じゃねーが、信乃はやりすぎだ。自分のことを労れねえ奴が人助け? はっ、そんなの出来る訳ねえだろ」


 ちょっと言い過ぎたか?

 そう思った頃には、信乃は爆発していた。


「そんなの私の勝手でしょ! 別に一緒に探せなんて行ってないじゃない。千草には関係ない!」


 カチンと来た。


「ああそうかい。だったら勝手にしろよ。船の中をバターになるまでグルグルしてりゃいいぜ!」

「言われなくてもそのつもりだから!」


 売り言葉に買い言葉とはまさにこのこと。

 千草は肩を怒らせながら部屋に戻り、ドアノブに手をかけた。


「……アレ?」


 開かない。

 当たり前だけど鍵がかかっていた。

 千草は鍵を持っていない。夜見が先に部屋に戻ると言っていたから、鍵は彼女に預けていたのだ。

 インターホンを鳴らすが効果なし。


「師匠、俺です。開けて下さい」


 反応はなし。


「あのー、師匠?」


 ドアの隙間から灯りが漏れてる……と言うことはやはり夜見は部屋の中のはずだ。

 イヤーな予感がした千草はは、ドアに耳をピタリと貼り付けた。

 ドア越しに、夜見のイビキが聞こえてきた。


「師匠! 師匠!? 起きて下さいよ! 何寝てるんですか!」


 電話をかけても反応無し。

 しかもこのイビキは――酒が入っている時のイビキだ。

 最悪だ。

 師匠は酒を飲んで寝ると、自然に目が覚めるか、自分が起きようと思うタイミング、もしくはその身に危険が迫った状況じゃない限り、まったく起きないのだ。

 ドア越しに弟子が騒ごうが起きることはない。

 つまり――


「閉め出された……」


 どうやら幼馴染みにアレコレ言い過ぎた天罰が下ったらしい。


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