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師匠と手榴弾

 一部始終を見ていた信乃は、頭の処理が追いつかなかった。

 千草がバラバラになったと思ったら、その状況で妖魔を倒し、受けた傷も瞬く間に修復された。


「なんて、無茶苦茶」


 何があった?

 四宮の家にいた頃は、こんな特殊能力なんて持っていなかった。

 俺は不死身だ、なんてただの強がりだと思っていた。

 だが――そうではなかった。今の千草は、本当に不死身なのだ。

 そう理解せざるを得なかった。

 しかし何故だ?

 何故千草はあんな力を――


『――』


 信乃の思考を、妖魔は不愉快な叫びと斬撃で打ち消した。


「五月蠅い……!」


 信乃は苛立ちをぶつけるように、その鎌の側面を狙って斬撃を繰り出す。

 甲高い断末魔と共に、鎌は呆気なく砕け散った。

 相手を苦しませるために錆びていた鎌を使っていたのが仇となったか。

 目立つ武器を使う妖魔は、まずその武器を対処するすることが定石だ。

 得物を奪われ激昂する妖魔は、信乃の頸動脈に食らいつかんと口を大きく開いて突貫した。


 トラバサミのような牙が信乃の肌に沈み込むよりも早く、信乃は異形の籠手を纏った右手で妖魔の頭部を掴んでいた。


 躊躇うこと無く、握り潰す。

 断末魔を響かせる隙すら与えない。

 骨と肉が砕ける音は、籠手を通しても鮮明に感じ取れた。

 当然と言えば当然だ。この籠手は、信乃の肉体の一部でもあるのだから。

 しかしそれで終わりでは無かった。

 握り潰される直前、妖魔は分裂したのである。


「このタイプにそんな能力は無い筈なのに……!」


 予想外の事態。

 だが不確定要素に怯んでいるようでは対魔師は務まらない。

 鎌を打ち鳴らす妖魔相手に、刀を構えたその時だった。


「オラァ!」


 視覚外から襲来した二本の対魔符が、妖魔を拘束したのである。

 誰の仕業かなんて、確認するまでもない。


「千草……!?」






 千草はそのまま妖魔にタックルをくらわせ、抱きかかえるようにして妖魔を捕らえた。

 命我翔音と自分自身の二重の拘束。


「こうすりゃ、分身しても意味ねえだろ!」


 なるほど仮に分裂したとしても、この状況では新たに拘束するだけに留まる。

 無論拘束している対魔符にも限界はあるだろうが、あのすばしっこい妖魔にとってはかなりやりずらいはずだ。

 千草は信乃を見て、言った。


「今だ信乃! やれ!」

「やれって……この状況じゃあなたごと斬ることになる!」

「え?」


 千草は自分の様子を改めて見て、納得したように頷いた。


「あー……悪い、いつものクセで」

「いつもこんなことしてるの!?」

「まあ時々……あがっ」


 妖魔の鎌が腹に突き刺さる。

 少し拘束が甘かったか。

 ならばと、さらに力を込めて拘束する。

 刃がさらに不覚沈み込むが、この際文句は言っていられない。

 錆びてザラザラした刃が神経を削っていく感覚に、思わず泣きそうになるが、血が伝う口元を吊り上げて笑って見せた。


「もう少し大人してくれねえかな。お礼として楽に殺してやるからよ」

「――悪いが、それは保証しかねるな」


 顔を上げると、そこにはロングコートを纏った対魔師の姿があった。


「遅いですよ師匠。さては歩いて来ましたね」

「廊下は走るなと言うだろう」

「緊急時は別だっつーの」


 夜見は信乃をちらりと見て、ふんと鼻を鳴らした。


「お前も甘いな、梓の娘。仕留める絶好のチャンスなのに指をくわえて見てたのか?」

「なっ……」

「まあいい。さっさと終わらせるか」


 そう言って、コートの内ポケットから取り出したのは大型のリボルバー、トーラス・レイジングブル。

 悠々とした手つきで、セーフティを外し、妖魔に向かって――つまりそれを押さえ込んでいる千草に向けた。


「ちゃんと押さえていろ」

「あーやっぱりそうなりますよね……」


 死んだ目で嘆息する千草。

 銃声。

 対妖魔用に調整された44マグナム弾が、千草の肉体を抉る。

 ただでさえ威力が高い大口径の銃弾に、対妖魔に適した加工がされているのだからその威力は折り紙付きだ。


「ちょっ……あなた一体何してるんですか!?」

 あまりの惨状に、信乃は顔面を蒼白にして食ってかかる。


「見て分かるだろ。妖魔退治だ。もしくはゴーストバスターと言いかえてもいい……オイ千草、しっかり押さえてろ。弾がもったいない」


 さらに二発。

 千草の腕と足が吹っ飛んだが、妖魔もその活動を停止した――あくまでその個体は、だが。

 腕が吹っ飛ばされ拘束が緩んだ隙を突いて、再び妖魔は分裂したのだ。


「だから押さえろと言っただろうが、バカ弟子め」


 さすがに腕一本じゃ無理です、と返したかったが、顎が千切れたため何も言えなかった。

 妖魔は夜見を標的に切り替え襲撃。

 斬撃が繰り出される瞬間、夜見は身体を落としてそれを回避。

 手榴弾を無造作に妖魔の口に突っ込み、オーバーヘッドキック。

 その弾みでピンが外れる。


「くたばれ化物め」


 夜見はニヤリと笑って、ピンの輪を通した中指を立てた。

吹っ飛んだ妖魔は地面に墜落。

 具体的に言うのならば、千草の隣に。


「ん?」


 爆発。


「ほぎゃああああああ!?」


 哀れ、千草は妖魔諸共、手榴弾の餌食になった。

 煙が晴れると、再生したもののカエルのように地面に伸びている千草と、灰となって消滅する妖魔の亡骸があった。

 灰の量から、爆発の瞬間にも再び分身を試みたらしいが、諸共爆死したようだ。


「チッ、まさか手榴弾を使うことになるとはな。思わぬ損失だ」

「まずは弟子の心配してくれませんかね。二、三回は死んだ感覚なんですけどコレ」


 味方であるはずの夜見に多く殺されているこの状況はもしかしなくても理不尽である。


「つーか、もっと蹴り飛ばす場所考えて下さいよ……」

「何を言っている。手榴弾は安全な場所で爆発させるのが鉄則だ。巻きこまれんためにもな」

「俺がっつり巻きこまれてんじゃねーか!」

「だが生きている。うん、問題ないな」


 問題ない――確かにそうなのだ。

 千草の力はほとんど際限なく千草の身体を修復してしまう。

 夜見の戦法は血も涙もないと言うよりは、如何に確実に妖魔を倒すかに重きを置いているのだ。もっとも、彼女に血も涙もあるかは非常に疑わしいと千草は思っていたりする。


「ああ、あと『くたばれ化物め』ってのはやめたほうがいいっすよ。いかにも死亡フラグって感じだし」


 そう言ってマシンガンぶっ放したはいいが、無傷の化物にぱっくんちょされた先達は枚挙に暇が無い。

 銃器使いの夜見が一番使っちゃいけない死亡フラグである。

 夜見はチッチッチ、と指を振った。


「未熟だな。それっぽい台詞を言ってフラグをへし折るのが良いのではないか」

「なるほど、そういうのもあるか」


 腐っても年長者。たまには含蓄のあることを言う物だ。

 ふーむと納得している千草とドヤ顔の夜見に、信乃はあり得ないと首を振った。


「嘘でしょ……もしかして、いつもこんなことを?」

「ああ。これが私達の戦術だ」

「いや同意はしてませんからね?」


 千草の体質と能力が囮として申し分無いために、定番の流れのようになってしまっているが、まったく納得はしていない。

 不死身だからと言ってわざと自傷行為をする輩とは違うのである。


「何考えてるんですか! 味方を巻きこんで撃つとか……! それで千草にもしもの事があったらどうするつもりですか!?」


 我慢できないと、信乃が夜見に食ってかかる。


「そうだ信乃、もっと言ってやれ」


 夜見以外との対魔師と殆ど交流がないせいで感覚がマヒしていたが、やはり彼女の所業はハタから見たら充分アレなものだったらしい。


「おい千草。そこは『俺はいいんだ、師匠の役に立てるなら本望だ』とか言うところだろう」


 誰だソイツは。


「母さんの友達って時点で嫌な予感はしてたけど、まさかここまでなんて……」


 そうです、ここまでなんですよこの人。

 梓さんは破天荒な人だったからなあ……等としみじみしていた千草は妙なことに気付いた。


「なあ信乃、あの人はどこだ?」

「あの人って、妖魔に襲われた人? だったらそこに……」


 いなかった。

 和装の少女は、影も形も無くその姿を消していた。

「師匠は見ませんでしたか? ちょっと小柄で、白髪の……和服を着た女の人なんですけど」


「見てないな。結界も解かれた以上、部屋中探せば見つかるんじゃないか?」


 俺と信乃は顔を見合わせた。

 しばらく部屋の中を捜索したが、結局少女は見つからなかった。

 ちなみに信乃がぶっ壊した扉の弁償代は、必要経費ということになった。


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