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強制退艦5秒前

「はぁ……」


 指定された客室に向かいながら、千草は嘆息した。


「何故そうも落ち込む。チケットは私がなんとかしてやっただろう」

 尚、夜見が「なんとかした」方法については法律やら倫理やら諸々引っかかる部分があるので省略させていただく。


「いやまあ、乗れたのは良かったんですけど、任務なら任務って最初から行ってくださいよ。上げて落とされるのが一番キツいんですから」

「先に言ったらアレコレ理由を付けて来ようとしないだろ」

「そりゃそうですけど。だからと言ってこれはなんでも酷ってもんです。残酷だ」


 対魔師として活動するのは、妖魔から身を守る修行という側面もあるため受け入れてはいるが、いつでもウェルカムとはいかない。

 土日祝日はしっかり休みたいのだ。

 対魔師というのはどうもライフワークバランスと無縁でいけない。

 そんな千草の嘆きを無視して、夜見はチケットに書かれた番号と同じ部屋のドアにカードキーを差し込んで中に入る。


「狭っ」


 それが千草の率直な感想であった。

 ベッドが二つあるツインというのは予想通りだったが、他にあるのはトイレと同じ場所にある洗面台と、小さなシャワールームくらいである。


「確かに狭いのはその通りだが、そこまで驚くか?」


 夜見は特に驚いた様子も無く、荷物を部屋の隅に追いやり、ベッドに腰掛けた。


「いやでも、豪華客船って言うから、全ての部屋がすっごい広くて、ソファーとかベランダとかピアノとかあるものかと思って」

「ピアノは知らんが、そう言うのはグレードの高い部屋にしかないぞ。恐らくここが一番安い部屋なんだろうさ。『タイタニック』でも三等客室とか二等客室とかあっただろ。あれと似たようなものだ」

「理解はしましたけど、もう少し映画のチョイス考えてくれませんかね」


 なんで最終的に船が沈む映画を選んだのか。

 千草も靴を脱いでベッドに倒れ込む。


「おお……さすが豪華客船」


 家で使っている布団とは大違いだ。グレードが低い部屋でも、ベッドは一級品である。


「しかし意外だな。てっきりおまえは逃げ出すと思っていたが」

「確かに、そうしても良かったんですけどね」


 夜見にだまくらかされて妖魔退治に巻きこまれるというのは日常茶飯事だ。

 それに気付かず豪華客船という釣り餌にホイホイ引っかかった自分の学習能力の無さにはほとほと呆れるばかりだが、今回ばかりは事情が違う。


「信乃も任務に参加するって事は、あいつも妖魔と戦うんでしょ? 俺だけ尻尾巻いて逃げるなんてできませんよ、そんなこと」


 千草が四宮の家にいた時でさえ、下級の妖魔なら容易に屠れるくらいの実力を持っている信乃の事だ。

 四分の一人前の千草がいたって、大して意味が無いかもしれない。

 けど、逃げるのは嫌だ。


「……そうか」


 夜見はそれ以上何も言わず、クーラーボックスから缶を投げて寄越した。


「ありがとうございま――」


 スーパードライだった。


「……未成年でも飲めるヤツでお願いします」

「アルコール度数少なめのヤツだぞ」


 同じものを飲みながら、夜見は首を傾げている。


「1パーセント以上あった時点でダメなんですよ」


 尚、チョコレート等の食品は1パーセント以上でも未成年飲酒にならない。固形物だからだろうか。

 ウィスキーを割るために持ち込んだであろう炭酸水の刺激に口をすぼめていると、部屋のチャイムが鳴った。


「ん? ルームサービスを頼んだ覚えはないが……見てこい千草」

「へいへい」

「ホラー映画では真っ先に犠牲になるパターンだな」

「余計なことは言わんでいいんですよ」


 妖魔が潜んでいるかもしれないこの状況で、その冗談はあまりにも笑えない。

 まあ実際、死なない自分はこの手の囮にはもってこいの存在であることは確かだ。悲しいことに。

 そんなことを考えながらドアを開ける。


「初めまして、四宮です。妖魔退治の打ち合わせを――」


 来客――信乃はそのままフリーズした。


「えーっと。初めましてっつーよりさっきぶりだな」


 やっほ、と手を上げる千草。

 再会したばかりの頃はやや混乱していたが、改めて彼女の姿を見ると、4年という歳月を実感せざるを得ない千草であった。

 艶やかな黒髪を一本に束ねた髪型は幼い頃と殆ど変わっていないが、纏っている空気が段違いだ。

 さながら一振りの刀に研ぎ澄まされたような――そんな凄みがあった。

 そう感じるのは、やはり4年間も離れて暮らしていたからだろう。ずっと一緒であれば、彼女の変化にはかなり鈍感になっていた自信がある。

 信乃がフリーズしてから10秒が経過した。


「おーい、そろそろ現実に帰ってきていいんだぜ」


 千草は信乃の目の前で手をヒラヒラ揺らした。


「……」


 信乃はその腕を掴んだ。


「ん?」


 捻り上げた。


「ぐえっ」


 そのまま船上部のデッキまで連行した。


「あだだだだ! オイ待て信乃痛い! いきなり何すんだ!」

「行ったでしょ。この船に乗ったら海に叩き落とすって」

「有限実行するバカがどこにいる!?」

「ここにいるわよ!」


 そうでした、などと納得している場合ではない。


「一体何なんだよ!? チケットは破るし海に突き落とそうとするし、一体俺に何の恨みが……」


 ……いや待てよ。

 四宮の家にいたときに、信乃の分のおやつをうっかり食べてしまったことがある。それも複数回。

 食い物の恨みは恐ろしいと言うが、まさか信乃は5年越しにその復讐を果たそうとしているのだろうか……!?

「分かった。謝るよ。あの時お前の分のプリンを食ったのは俺だ」

「……いや、そっちじゃないわよ。というかそれについては見当が付いてたし」


 拘束が僅かに緩んで、ちょっと楽になった。


「いやでも、それ以外でおまえにこうされる心当たりがまるで無いんだが」

「自分の体質を忘れたの? 今この船には妖魔が潜んでるのよ。今の千草は宴会場にカモがネギ背負って鍋まで引きずってきたようなモンなんだから!」

「俺が鴨葱なんて恐れ多いぜ。せいぜい安モノのブロイラーがいいとこだ」


 まあ安い鶏肉も調理次第ではちゃんと美味しくなるのだが。


「そう言う謙遜はどーだっていいのよ。とにかく、この場所は千草にとってとても危険なの! 分かった!?」

「えーっと、つまり信乃は俺を心配してあんなコトをしたと?」

「そうだけど、悪い?」


 こう言うときに照れもせずに断言されると、こっちが恥ずかしくなってくる。


「いや、悪くはないし滅茶苦茶嬉しい」

「本当はクリスマスクルーズそのものを中止にしたかったけど、会社の利益に関わるからって……それに千草まで乗り込んでくるなんて本当に予想外よ」

「まあまあ、そうブルーになる必要はねーよ。この船に乗ってる対魔師は信乃だけじゃないし、俺だっているんだぜ」

「だから、千草がいるのが一番問題なの」


 ……はて、妙に話が噛み合わない。

 千草はようやく、自分が一つ伝え忘れてる事に気付いた。


「俺も対魔師になったんだよ」

「え……?」

「まだ正規の登録はされてないし、一人前とはほど遠いけどな。与田切夜見って対魔師の弟子やってんだよ。その証拠に妖魔も何体か倒して――あぎゃぎゃぎゃ!?」


 今まで以上にキツく捻られた。

 信乃は常人離れした身体能力を持っている分、とんでもなく痛い。


「バカじゃないの馬鹿じゃないの莫迦じゃないの!? よりによってその身体で対魔師とか、本当に……!」

「ちょまっ痛い! 折れる! 本当に折れちゃうから!」


 悲鳴を上げる千草には耳を傾けず、信乃はキョロキョロと下を見下ろしながら何かを探している。     


「救命ボート……あった、あれね」

「お、おい。まさか……」

「千草をあれ乗せて降ろしてもらうわ。大丈夫、ちゃんと救助は要請しとくから」


 本当に強制退艦させるつもりのようだ。

 裸一貫で放り出されると思っていたが、ちゃんとそれなりに配慮はしてくれるらしい。

 もっとも、じゃあ安心だとはならないのだが。


「何も出来ずにはいサヨナラとか納得できるかそんなもん!」

「妖魔に殺されるよりはマシでしょ!?」

「俺は不死身だ!」

「バカ言ってんじゃないわよ!」


 本当の事なのに信じて貰えない。

 こんな風にわちゃわちゃやってる2人だが、無論ここはデッキである以上、人目もある。

「ママー、あれなにー?」


「あれは青春って言うのよ」


 中々よいセンスを持ったお母様であるが、助けてくれませんかねフツーに痛いです。

 ぐえぇと呻く千草だったが、次の瞬間、ぞわりと肌が泡立つ感覚があった。


「……!」


 間違いない、この気配は――


「――信乃、妖魔だ! 動き始めてる!」

「あのね、そんなデタラメ――」


 呆れ顔の信乃だったが、徐々にその表情が険しくなる。

 どうやら信乃も妖魔の気配を感じ取ったらしい。


「よし、早速共同戦線を――」

「千草はここにいて」

「早速置いてけぼりかよ!?」


 慌てて信乃の後を追う。

 気配を感じ取れたのであれば、どこに向かえばいいかは自ずと分かる。

 妖魔によってどのタイミングで気配を感じるかは千差万別だ。上級のものとなると自らの気配をシャットアウトしてしまうものもいる。

 ともあれ、感じ取ってしまった以上、すぐに対処に当たる必要がある。


「――ここね」


 気配を辿り、2人が到着したのは無数にある客室の中の一つ。

 ドアの隙間から淀んだ空気が漏れ出てくるのが分かる。


「もう結界が張られてるみたいね……中に、誰もいないといいんだけど」


 周囲に人払いの術式が刻まれた対魔符を貼りながら、信乃は言った。

 無論彼女とて、そんな都合の良い話があるとは思っていないだろう。


「動くのは師匠と合流してからにしようぜ。そうした方が安全だ」

「ごめん、それまで待てない。千草は与田切さんに連絡したら安全な所へ逃げて」


 そう言って信乃はドアを蹴破り、結界の中に飛び込んでいった。


「おい信乃……! ああクソッ、あの暴走列車め」


 舌打ち交じりにスマホで夜見に連絡を入れる。


『どうした。海にでも叩き落とされたか?』

「お陰様でまだ船の中ですよ。それより、妖魔が出ました。部屋番号はD421です」

『梓の娘はいるか?』

「いるって言うか、もう結界の中に突っ込んで行きましたよ」

『分かった。私が着くまでしばらく妖魔の足止めをしてろ。梓の娘と連携ができるならばするのもありだ』

「了解」


 電話を切る。


「片方は逃げろで、もう片方は足止めしてろ、かよ。なんでこうも方向性が違うかね」


 この場合千草はどうするべきか……なんて考えるまでもない。

 勿論後者だ。夜見の指示とかそう言うのではなく、あくまで自分自身の選択である。

 両腕に包帯のような形状の対魔符、〈命我翔音メガトン〉を両腕に巻き付ける。

 開発者のセンスが疑われる名前の対魔符は、千草のメインウエポンだ。


「準備完了。行きますか……!」


 意を決して、千草も結界の中に飛び込んだ。


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