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最終話 WANTED

「当然の結果だ」


 クリスマスが終わって数日後のこと。

 事務所のソファーにふんぞり返りながら、夜見は言った。

 その口にはチュッパチャプス(ラムネ味)が咥えられている。

 ゴールデン・ユニバース号で再び煙草を味わったことでニコチン中毒を再発した夜見は、無事(腹部に怪我をしているが)に帰還した後こっそり喫煙者生活を再開しようと試みた。


 が、刀から人間の姿に戻った、鼻が無駄に敏感な弟子に一発でバレた。

 開き直ろうとする夜見だったが、弟子がエリンギをちらつかせた為全面降伏を余儀なくされることとなる。

 そして今は、大量買いしたチュッパチャプスで気を紛らわせているという訳だった。(尚、エリンギはその日の夕食で平然と炒めものの具として入っていた。夜見は恨みがましい目で睨んだが弟子はガン無視した)

 与田切夜見13回目の禁煙は1年5ヶ月と最長記録を更新(ちなみに最短記録は十七秒である)した訳だがそれはさておき、


「封じていた力の解放。霊力喰らいの村雨の仕様。戦いのダメージ……トドメは真冬に海水浴ときた。いくら四宮家の人間と言えど、そんな状態に耐えられるヤツなんて――梓くらいなものだ」

「いるんじゃないですか」

「比較にならんだろ」


 まあ確かに、と千草は頷いた。


「特に村雨の使用が効いたな。アレはロクな訓練をせずに扱いきれるもんじゃない。ぶっつけ本番で使って無事でいられるはずがない」


 妖魔を喰らい糧とする捕食能力。

 刃が砕けても一瞬で元に戻る修復能力。

 さらに力を制御しながらも限界までポテンシャルを引き出すバフ効果――

 村雨の力は凄まじい。

 だがその分、反動も大きかった。


「でも、俺はなんともなかったですけど」

「当たり前だ。今のお前は村雨そのものなんだからな」


 せめて自分もも大ダメージを受けるとか、そう言うデメリットがあったら良かったのに、と思わずにはいられなかった。


「気にするな。あれがあの場での最善手だった。ああでもしなければ鬼を滅ぼすことなんて無理だ。あいつもきっと……許してくれるさ」


 ふっと微笑み、夜見は窓越しに広がる青空を遠い目で見ていた――


「……なんか死んだみたいに言われてません? 私」


 そんな不謹慎者をジロリと睨むのは、四宮信乃だった。

 もちろん、生きている。

 今もあちこちに包帯を巻いているが、治りかけている傷が殆どだ。

 自分用の服が無くなってしまったため、今は千草の中学時代のジャージを着用している。

 元々背丈が同じということもあり、ジャストフィットしていた。

 もっとも、それは千草の成長期が無限の彼方に行ってしまったという承服しがたい事実の証左でもあるのだがそれはさておき。


「いいのか? まだ寝てなくて」

「大丈夫、もう動けるから。それにこれ以上鍛錬をしてないと、変になりそうで」

「おい待て、この状態で鍛錬とか正気かよ」


 そんな信乃を、夜見はニヤニヤと見ていた。


「そんな理由じゃないだろう? 千草が使ってる布団に千草の来ていたジャージ……寝れるはずもあるまい」

「……この人ぶん殴っていい?」

「? 理由は分からんけど、ご自由に」


 信乃が夜見を殴る理由は分からなかったが、別に止める理由もない。


「なんだ恩知らずめ。誰のお陰で助かったと思ってるんだ?」


 それを出されると二人ともぐぬぬと唸らざるを得なかった。

 結局あの時、クルーズ船から救命ボートを拝借し、漂流していた千草達を救助したのは他ならぬ夜見だ。

 なんでも村雨が無ければ信乃は本当に危ないない状態だったという。

 信乃が握っていた村雨が一種の生命維持装置の役割を果たしていたらしいが、千草としてはまるで自覚が無かった。

 救助された後、信乃は丸2日眠り続けた。

 戦いのダメージや村雨の負荷、さらには真冬の海水による体温の低下という一つとっても命に関わりそうなものだったがしかし、起きた直後には体を動かせる状態にあったので、やはり人間離れしていると言わざる絵終えない。


「あの時私は腹を貫かれて、10人以上の対魔師の相手をしてヘトヘトだったんだ。そんな状態でおまえ達の救助に向かったんだぞ。何か言うことがあるだろう? ン?」


 信乃はこのムカつく顔面を殴り飛ばせたらどれだけ幸福だろうと言わんばかりの表情だったが、ぐっと堪えて頭を下げた。


「……ありがとうございます。貴女のお陰で助かりました」

「分かれば良いんだ。あと礼は金一封で構わんぞ。何せ今回の仕事は大分金がかかったからな。ウチのような弱小事務所は大打撃だ」


 ――嘘つけ。仁賀村の部下から巻き上げて大もうけだ、とかあんた言ってたろ。


「はい。それに関しては本家と打ち合わせをしてお支払いをさせていただきます」


 どっちが大人だか分かったもんじゃない――というか明確に信乃の方が大人である。

 なんて千草が思っていると、信乃はくるりと夜見の方を見て、再び頭を下げた――というか土下座であった。


「ちょっ信乃!?」


 信乃の土下座はそれはそれは美しかった――が、千草としては戸惑うしかない。

「ごめんなさい。5年前のことも――船でのことも。私はあなたを沢山傷つけた。許されるとは思ってないけど……」

「いや、ちょっ、そんな神妙な声で言われてもなぁ……!」

「いいぞ千草。この調子で慰謝料でも四宮家の土地でも何でも巻き上げろ」

「師匠は黙ってろ!」


 外野に怒鳴りつつ、慌てて千草は信乃の体を強制的に起こして視線を合わせた。


「いいって。前にも言ったろ? そう言うのは気にしないって」

「千草……」


 どうしたらいいか分からないと表情を彷徨わせていた信乃だったが、やがて不器用極まりない表情で小さく笑った。


「……ありがとう」

「おいこらバカ弟子。そこはアレコレ言って慰謝料でも土地でもふんだくる流れだろうが。チャラにしてどうする」

「見ろ信乃。ああ言う大人みたいにはなりたくないだろ?」

「それは本当に同感だけど……」


 そもそも被害者が気にしてないと言っているのに加害者が気に病み続ける必要も無いと思う千草だったが、信乃がそう簡単に割り切れないのも知っていたので、まあそこは徐々に慣れて貰うしかない。


「じゃあ、私はこれで……」

「え、帰るのか?」

「うん。体も動けるくらいには直ったし、色々報告もしないと」

「確かにそうだな。三人だと余計金もかかる―――」

「もう少し泊まってけよ。動けるって言っても、全に回復した訳じゃ無いんじゃないんだろ?」

「でも、これ以上お世話になるのも悪いし」

「俺、信乃が三が日までいるもんだと思ってたから、食材も三人分買っちまってさ。むしろいてくれた方が助かるんだ。報告もここからでも出来るだろ?」


 三が日どころかずっといてくれてもいいんだぞ、と言いいたいが、さすがにそこはぐっと堪えた。


「……いいの?」

「勿論だ」

「オイ待て私は――」

「と言う訳で信乃はここにしばらく泊まる。はい決定!」


 なんか文句が聞こえてきたが千草は全力でガン無視した。

 とまあここで一つ問題が解決したわけだが――ふと、千草は思い出したことがあった。


「なあ信乃、村雨って結局どうなるんだ?」

「? どう言うこと?」

「ほら、村雨って今まで行方不明扱いだったろ? でも俺に宿ってるってことが分かったら色々面倒なことになるんじゃ――」

「何のこと?」


 こてん、と信乃は首を傾げた。


「村雨は母さんが死んだ時に行方不明になったの。それは今でも変わらないわ」

「は? おまえ何を言って――」

「私があの時使ったのは、千草が自分の術式で村雨を模倣した刀――そうでしょ?」

「いや、それは――」

「そうなの。報告書にはそう書くから。問題ないわよね?」


 ――ああなるほど。

 どうやらそう言う体で誤魔化すつもりらしい。

 珍しくいたずらっ子のように笑う信乃に、千草も肩をすくめた。


「……あー、そうだな。確かにそうだった」


 自分が村雨を体に宿していることがバレれば面倒くさいことになるのは想像に難くない。

 村雨のことは三人の秘密、そういうことに――


「それはどうだろうな」


 ――しておきたかったのだが、その流れに待ったをかけたのは夜見だった。


「何だよ師匠。こう言うときくらい綺麗に〆ましょうよ」

「そんな呑気なことはこれ見てからほざけ」


 夜見はぐるりとノートPCを千草達の方に向けた。

 液晶に表示されているのは、対魔師の情報交換サイトだ。

 仕事の情報や、一緒に任務に赴いてくれる対魔師を募ったり、対魔委員会の情報が掲載されたりして、現代社会を生きる対魔師にとってはインフラのような存在である。

 だが今表示されているサイトは、千草が普段使っているものではない。

 無駄におどろおどろしいデザインのこのサイトは、所謂裏掲示板という奴だった。

 妖魔退治の隣に、さらりと暗殺の依頼があるような、そんなサイトである。


 そんな裏サイトのホーム画面にデカデカと表示されているのは――千草の顔写真だった。(去年あった修学旅行で、金閣寺の前で友人達とダブルピースしてるのを切り抜いたものである。)

 写真の上にはデカデカとWANTEDと書かれている。


『生死を問わず。報酬10億円』


さらにサイトには千草の生年月日や身長、通っている学校に、村雨の詳細がずらりと書かれていた。

 スレッドには自分が捕まえるだの協力者求むだの、大量の書き込みがあってえらい盛り上がりようだった。


「嘘でしょ……!? なんで、こんな!」


 完全に広まってしまっている。

 今嘘だと訂正したとしても、どれだけ信じて貰えるか分からない。


「で、でもアレだろ。俺が宿してるのが村雨とは違うってすっとぼければ――」

「無駄だ。本物であろうがなかろうが、捕まえてしまえばこっちのものと思ってる連中はごまんといるだろう」


 信乃は顔面を蒼白にして頭を抱えた。


「あああああ最悪。ここまで広がったら、絶対うちにもバレちゃう……!」

「人か妖魔か、誰の仕業か知らんが、味な真似をしてくれる」


 うがーと悶絶する弟子達とは違い、夜見は愉快そうに笑っていた。


「……いや待てよ。これで私が捕まえたことにすれば、十億は私のものに――」

「そんなことしたら叩き切りますよ!?」


 信乃と夜見がぎゃいぎゃい言い合う中、千草はボーゼンと立ち尽くしていた。

 やっとの思いで妖魔を倒し、冬の海から救助され、信乃との間にあるわだかまりも解けた。

 文句なしのハッピーエンドだった筈だ。


 それなのに――最後の最後で、とんでもない爆弾が残っていた。

 千草は存在をロクに信じたことのない神に願う。


 ――神様。

 ――俺は別に金持ちになりたいとかモテたいとかそんな大仰な願いはない。

 ――だがせめて、来年は。

 ――来年のクリスマスだけは、もうちょっと穏やかな感じでお願いします。


 その願いが聞き届けられたかどうかは、定かではなかった。


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