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対魔師

 その妖魔が作りだした結界は、洞窟を模した陰鬱な場所だった。

 必要以上に空気が湿り、腐臭が充満している。

 そしてその腐臭の発生源は、洞窟の天井に吊るされた人間達。


 蜘蛛の糸によって拘束され吊されている彼らは、苦しそうに呻いている者もいれば、完全に沈黙している者、さらには腐敗し始めている者もいる。

 結界の主である妖魔は、腐った人肉を好む。

 ここはさながら人間の熟成場だ。

 四宮信乃しのみやしのは、事前に目を通した情報を思いだし、ギリッと歯を軋ませた。

 彼女の神経を逆撫でするように、無数の子蜘蛛型――しかしその全長は三十センチを超える――の妖魔が次々と襲いかかる。

 常人であれば、数に圧倒され貪り食われるという結末を迎えることになる。


「邪魔だ――!」


 だが信乃は、妖魔達をものともせず、手にした刀で次々と切り伏せた。

 妖魔達を一目見た瞬間、撃破する順番を決め、それに従い刀を振るう。

 彼らの恐怖心と不快感を呼び起こす容姿には一切気を取られない。

 斬った際の感触で仕留めたか否かを見極め、先に進む。

 感覚を研ぎ澄ます。


 肌に触れた大気の揺らぎで刺客から襲いかかる子蜘蛛の存在を察知。

 振り向かずに仕留める。

 視線の先にあるのは、三メートルを超える大蜘蛛の妖魔。

 胴体は人間と酷似し鋼のような筋肉に覆われているが、その肌は血が通っていないのかと思わせる程に青白く、その頭部は紛れもなく蜘蛛のそれだ。


 大蜘蛛は胴体から次々と毒針を射出する。

 信乃はスピードを緩めずに横に逸れて回避。

 これくらいの速さならばどうということはない。

 だが次の瞬間、大蜘蛛が笑うように牙を鳴らした。

 再び撃ち出される毒針。

 しかしその標準は信乃に掠りもしていない。


「何のつもり――?」


 破れかぶれか――否。違う。

 あの不気味な笑いの意味。その意味に気付いた瞬間、一気に血の気が引いていく。

 急ブレーキをかけ、毒針が向かう先へと跳躍した。

 毒針の標的は、吊されもがき苦しんでいる人間だった。

 信乃は刀で毒針の軌道を逸らして、最悪の事態を回避する。

 が、それこそが大蜘蛛の狙いであることに気付いた時には、既に新たな毒針が信乃に向けて撃ち出されていた。


「しまった――!」


 やはり、狙いは信乃だったのだ。

 妖魔は常に人間の安全を確保しようとしていた信乃の行動を見ていたのだ。

 しかも今の信乃がいる場所は空中。回避も難しいし、斬撃も安定しない。

 回避に成功したとしても、背後の人間が犠牲になる――信乃としては攻撃を受けざるを得ない。


 ――だが、やるしかない。

 撃ち出された毒針は五本。

 その中で一番先に自分に到達するであろう針から、軌道を逸らす――!

 五本の毒針のうち、三本の軌道を逸らす事に成功。

 だが残りの二本は、信乃の鳩尾と左肩に当たった。


「がっ――!」


 身体が呼吸の方法を忘れたように、息が出来ない。喉の奥底から血の臭いがする。

 衝撃とそれに伴っていく激痛に顔を歪めながら、信乃は落下していく。

 しかしただではやられないと、刀を投擲。

 一直線に飛んだ刀は、大蜘蛛の胴体にある毒針の発射口に突き刺さった。

 しかし大蜘蛛は動揺しない。


 毒針を封じられた――だが、確実に仕留めたという確信があるからだろう。

 一本受けただけでも大事なのに、信乃が受けた毒針は二本だ。

 死は避けられない。

 あの人間は身体を紫色に変色させながらもがき苦しみ死んでいく――


「そう、思ってるんでしょうね」


 苦痛に顔を歪ませながら、信乃は立ち上がる。

 その姿に大蜘蛛がたじろいだ。


「確かにあなたの毒針は強力なんだろうけど、当たらなければ――いいえ、当たったとしても、毒を身体に入れなければ意味なんてないのよ」


 信乃が受けた毒針は二本。だが、突き刺さった訳ではない。

 軌道を反らせないことを悟った信乃は、その毒針を受けることを選択し、その先端を切断したのである。

 これによって毒針は、毒を纏った棒にランクダウンしたのだ。


 斬る角度を間違えれば竹槍の要領で突き刺さってしまうが、その調節は信乃にとって造作もない。

 無論あの速度で撃ち出されたものを受けるとなると無傷とまではいかないが、人並み以上に頑強な信乃の肉体ならば、これでも許容範囲に収まる。

 ましてやこの毒針は、内部に毒を仕込んで注入するタイプではなく、表面に毒を纏わせたものに過ぎない。

 内臓を痛めた可能性はあるが、毒針という遠距離武器を失った大蜘蛛に比べれば大した損害ではあるまい。


 大蜘蛛は咆哮し、八本の脚で信乃を轢き潰さんと突貫してくる。

 毒針という武器を失っても、大蜘蛛はその曲そのものが強力な武器となる。

 武器を失い丸腰に見える対魔師など問題にならないと思ったのだろう。

 無論、それは大きな間違いである。


 信乃は唯一の装備品である、籠手を水平に掲げた。

 左手に装着されたその籠手は血を固めたように赤黒く、鎧と外骨格が混ざり合ったような奇妙な形をしていた。

 籠手の手の平が僅かに波打ち、その中から籠手と同様の赤黒い刀の柄が手の平から突き出る。

 無造作に引き抜くと、刃まで赤黒い刀がその姿を現した。


 腰を落とし、地面を蹴る。

 数秒で信乃と大蜘蛛を隔てる距離はゼロになる。

 残された僅かな時間、信乃は己が霊力を刀身に注ぎ込む。

 対魔師の武器を機械と例えるのならば、霊力は電気。

 無論注ぎ込みすぎると、武器そのものが限界を迎えてしまう――が、信乃はそんなの知った事かとばかりに、霊力を与え続ける。


 刀は悲鳴を上げるように赤い光を明滅させる。

 だがまだだ。壊れるにはまだ早い。

 大蜘蛛の巨体が眼前に迫る。

 小さく息を吐く。

 跳躍する。

 大蜘蛛が目を見開く。


 振り抜かれた刃は、大蜘蛛の首に当たった瞬間臨界点に達し――決壊した。

 そこから溢れる赤い霊力の奔流が、大蜘蛛に襲いかかる――!

 これぞ、四宮信乃の十八番。

 武器を犠牲に、自分が保有する規格外の霊力で妖魔を滅する対魔術。

 その名も――


「――壊刃かいじん!」


 妖魔は断末魔を上げることすら叶わない。

 縄張りの中で思うがままに人を貪っていた怪物は、さらに上の怪物に焼き尽くされ、消滅した。





「――こちら四宮。妖魔を撃破しました。被害者の保護をお願いします」


 妖魔が死んだことで結界は失われ、周囲は元の形に戻っていた。

 異形の籠手も崩れ落ち、信乃の左腕も人間の形を取り戻している。

 大蜘蛛を退治した後、すぐに委員会所属の救護班に連絡を入れた。

 彼らが到着するまでは、囚われた人々は依然あのままだ。

 本当であれば今すぐに救出したいところだが、下手に動いて助けられた命を助けられなくなるなんてことになったら、余りにも笑えない。


「まさか、ここまで被害が多いなんて……」


 電話を切り、信乃は嘆息した。

 マンションの地下駐車場に妖魔が発生したという一報が入り、すぐに駆け付け討伐したものの、それを手放しで喜べるものではない。

 結構な大物だったので報酬金もかなりの額が入るだろうが、どうせ禄に使われぬまま、信乃の口座で塩漬けにされている他の金達と同じ運命を辿ることになるだろう。

 ここから見上げただけでも、既に死んでいる者は五人もいる。

 妖魔を倒したところで死んだ人間は戻らない。


「――ッ」


 ――許せない。


 妖魔に対する憎悪と、助けられなかった自己嫌悪が、信乃の胸に湧き上がっていく。

 せめて、救護班が到着するまではここにいよう。

 信乃はコンクリートの冷たい壁に身体を預ける。

 本来であれば救護班に連絡した時点で、対魔師は現場を後にしていいことになっているが、信乃は彼らの到着まで残っていることが多い。

 戦いが終わると、身体が受けたダメージが思い出したかのように自己主張を始めた。


「まったく、現金な身体ね本当に……」


 戦っている最中に自己主張されるよりはマシとは言え、あまり気持ちいいものではない。 先端を切り飛ばし毒を受けなかったのは良かったが、それでも鉄の棒を思いっ切り突き立てられたようなものだ。

 服をめくってみると、血は流れていないが肌が赤黒く変色していた。


「――痛いけど、まあいいか。戦えない程でもないし」


 信乃の中で負傷は二つに分類できる。

 戦い続けられる負傷か、戦い続けられない負傷か。

 前者であれば問題無い。

 後者は大問題だ。対魔師として戦えなくなってしまう。

 妖魔を殺せなくなってしまう。


「……もっと、強くならないと」


 信乃が強くなれば、それだけ多くの人間を救える。

 そのためには、戦わなくてはならない。

 身体がすり減っても、刀さえ握れれば戦える――

 スマートフォンが揺れる。

 画面に身を落とすと、メッセージアプリの通知。

 妹からだ。

 素っ気ない文体で、新たな指令が書かれていた。


「クリスマスなのに妖魔退治、か」


 まあ妖魔にはクリスマスは元より、盆も正月もあったものではないだろうが。

 思えば去年のクリスマスも似たように仕事が入っていた気がする。

 じゃあ二年前は、と思い返してもまた同様。

 と言うか、その手の行事はいつも鍛錬か妖魔退治に費やされていた。

 たまに休める日があるとすれば、動けないくらいの怪我を負ったときのみだ。妖魔のことをとやかく言える身の上ではない。

 クリスマスが楽しくなくなったのはいつからだろうか。

 思い返してみると、一人の少年の顔が思い浮かぶ。


「……そっか、千草がいなくなってからか」


 あの幼馴染が自分の元を去ってから、信乃の世界は色を失ったように思える。

 救護班の車が到着したのを見届けると、信乃はややふらつく足取りで現場を後にした。


「……そう言えば次の依頼。豪華客船、なんだっけ」


 クリスマスに豪華客船とはなんたるロマンチックな組み合わせだが、信乃がやることと言えば妖魔との血みどろの闘争である。

 だが、お似合いだ。

 自分のような存在には、それが身の丈に合ったクリスマスというものだ。

 自嘲気味に笑いながら、信乃は街の雑踏へ紛れていった。


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