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壊刃

 鬼が生成した巨大な刃。

 それはゴールデンユニバース号を真っ二つに切り裂いた。

 そんなことをしたらどうなるか、なんて考えるまでもない。

 この場にいる全員がそれを理解していた。

 理解しながら――鬼は躊躇無くそれを実行した。

 戦いを盛り上げよう。

 そんな、軽いノリで。


『冗談じゃねえ……! 確かに信乃は昔っから堅物すぎるとは思ってたけど、ここまではっちゃけるかフツー!?』

「我が事ながら、本当にウンザリするわね……!」


 脚力のみで甲板に上がった信乃と鬼は尚も戦い続けている。

 先程まで戦っていたのは、丁度船の中間地点であり、今戦っているのは前半分である。

 船の分かれ目からは、月光を反射した海水がこっちへこいと手招きをしているみたいだった。


『マズいなこりゃ。こうなったらもう沈むまで時間が無い。タイタニックの比じゃねえぞ……!』

「具体的にはどのくらい!?」

『えーっと……ちょっと待っててくれ』


 千草は脳内(今その部位があるかどうかは分からなかったが)シミュレーションを開始する。

 ――確か底に穴の空いたタイタニックが2時間半ちょいだったよな。

 ――んで、アレは底に穴が空いてからの時間だったからもっと短いはずだ。

 ――なによりこの状況は沈没の割と後半だったはず。

 となると……

『映画知識だし単純に比べられねえけど、1時間も保たない! 30分も怪しい!』

「そう、なら問題ないわね……!」

「へえ、それだけあれば、僕を倒せるってワケ?」

「十分もいらないわよ……!」

「言ってくれるねえ!」


 船体が傾く中、それでも二人は戦いを続けていた。

 最悪の演出をしてくれたものだが、それを受けても信乃の太刀筋に迷いは無かった。

 2人とも、鎧の足に無数のスパイクを形成し、傾きに対応している。

 千草からすればそれだけでは心許ないような気もするが、二人には充分だったらしい。

 平面にいるときと変わらないかのように二人は刃を交える。

 互いに傷が増えていくが、意に介した様子はない。

 2人は戦い続ける。

 

 そして船の傾きがほぼ垂直になろうとした頃、一際大きな火花が散り、互いに距離を取った。

 互いに満身創痍だった。

 信乃の鎧は殆どが破壊され、右眼は血が目に入って閉じられている。さらに体には無数の切り傷が刻まれていた。

 鬼も鬼で、鎧には無数の亀裂が走り、大剣も半ばから折れている。


「……やるねぇ、さすが僕《信乃》だ」

「それはどうも。全っ然嬉しくないけど」

「まったくつれないねえ。我ながら……けど、勝つのは僕だ。君を殺して、千草を手に入れる」


 鬼は手を、上空にかざした。

 瞬間、鎧の一部が剥離し、そこからねずみ算式にナイフサイズの刃が次々と生成され、渦を巻いていく。

 それを見て、千草は鬼が勝負を決めに来たことを悟った。


「そんなことは、させない……!」


 信乃も手をかざし、全く同じ渦を生成する。

 互いの衝突で勝負を決めるという算段か。

 だが――それで勝てるか?

 もう一押し欲しい。

 信乃に勝利の女神様が微笑むようなもう一押しが――


『――! そうか』


 閃いた。

 賭けもいいところだが、やってみる価値はありそうだ。


『信乃、ナイスな作戦思いついた。乗ってくれるか?』


 鬼に聞こえないように、手短に説明する。

 信乃は僅かに眉を潜めたが、小さく頷いてくれた。

 信乃と鬼。

 2人の生成した刃の渦は、互いを飲み込み、切り刻むには充分すぎる大きさに成長していた。

 互いに言葉は発さない。

 緊張の糸が、徐々に張り詰めていき――切れた。


「「千刃――!」」


 同じ声帯を持つ2人の声が重なった瞬間、渦は撃ち出された。

 掘削用ドリルの如く、障害物や甲板をガリガリと削りながら、二つの渦は敵の元へ迫り――衝突した。

 その様は互いを喰らい合わんとする蛇のようだった。

 膨大な霊力を注ぎ込まれた互いの一撃は拮抗を続け――やがて爆散した。

 眩い閃光と衝撃波を、信乃は地面を踏み占めなんとか耐えた。

 そして村雨を――千草を、鬼目掛けて投擲した。

 人間離れした腕力で投げられた村雨は、霊力によって発される閃光の中を一直線に進んだ。


 イメージする。

 今必要な形は刀ではない。

 人間の――千ヶ崎千草の体だ。

 だが普通の俺じゃダメだ。

 村雨の力を十全に使えるヒトの形。

 手札は揃っている。問題はうまく繋げられるかだ。

 鬼が自分の元へ迫る村雨の存在に気が付いた。

 恐らく、彼女は信乃がブーメランのように投擲した――そう思っているはずだ。

 だが、違う。

 リーチに届く寸前、村雨は炎に包まれ、一人の人間を形作る。

 千ヶ崎千草。

 その右腕は――従来とは比にならないくらい、燃えていた。


「チェスト――バスタァァァァァ!」


 撃墜しようと振るわれた大剣の刃を砕き、千草の拳は鬼の胸部を撃ち抜き、吹っ飛ばした。

 自分にはあまりにも不釣り合いな力――だからいい。

 そうでなくては、目の前の怪物には敵わない。

 それだったら、借り物だろうがもらい物だろうが何でも利用するまでだ。


「――千草!」


 千草を追うようにして駆けてきた信乃が手を伸ばす。

 千草も笑ってその手を取った。

 再び炎に包まれ、千草の肉体が村雨に変化する。


「これで決める――千草、付き合ってくれる?」

『天国と地獄以外だったらな……!』


 死ぬなんて絶対にゴメンだ――。

 信乃は村雨に自身の霊力を流し込んだ。

 赤と蒼。

 二つの炎が混ざり合い、さらなる高みへと至る。

 千草のチェストバスターが思いの外効いたのか、鬼はまだ体勢を立て直している。

 その隙を逃す信乃ではなかった。


「――壊刃!」


 信乃の炎と千草の炎。

 二つの炎の一撃が、鬼を切り裂く――!

 鎧に膨大な亀裂が走った。

 並の妖魔であれば、原形を留めずに消滅しただろう。

 だが彼女は鬼だ。そう簡単に仕留められずはずもない。

 村雨が砕ける。

 壊刃の代償。

 武器のポテンシャル以上の力を引き出すために必要なのは刀の余命。

 だが――


「――壊刃」


 信乃は再び、壊刃を繰り出した。

 一瞬で刃を修復した村雨で。


「――壊刃」


 村雨の権能――


「――壊刃」


 自己修復による、圧倒的な戦闘継続能力。


「――壊刃!」


 どれだけ壊刃を放とうが、


「――壊刃」


 どれだけ刃が砕けようが、


「――壊刃!」


 刃は主と、共にある――!


 従来の刀ではあり得ない、壊刃の連続行使。

 既に鬼を守る鎧は斬り砕かれた。

 目の前にいるのは、信乃と寸分違わぬ姿をした少女。

 だが、その額には角が伸び――輝く瞳は人外のそれ。

 分かり合うことはできない――


「まったく、千草に殴られるとは思わなかったよ。好きな人の拳って、効くよねえ……」


 ――いや、それは嘘だ。

 信乃は鬼を、鬼は信乃を、これ以上無いくらいに理解している。

 だからこそ、相容れないのだ。

 故に戦う。

 どちらかが倒れるまで。


「あーあ、今回は僕の負けっぽいな。でもやっぱり千草が一緒ってのはズルいよ。逆だったら絶対勝ってたのにぃ」

「……それは、否定しない」


 信乃は村雨を大上段に構えた。

 確実に消し飛ばす。

 最大質力だ。


「――また遊ぼうよ、二人とも!」

「絶対にイヤ」


 これ以上無いくらい朗らかな笑みを浮かべる鬼に、信乃は村雨を振り下ろした。


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