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カウントダウン

「~~~!」

「どうしたどうしたぁ! まさかこれで本気って言うんじゃあないよねえ!?」


 鬼の力は暴虐そのものだった。

 腕を薙ぐ度に船内が破壊されている。

 現在二人が戦っているバーも、カウンターと酒瓶が纏めて砕かれ、アルコールの匂いが充満していた。

 状況は最悪と言っていい。

 鬼の力を得たとしても、白紙の近接攻撃は素人そのものだった。

 だからこそ付け入る隙があった。

 だが今の鬼は、信乃の人格を有している。


 鬼の力に、信乃の戦闘技術が合わさった、まさに完全体と言える状態。

 常人であれば振り回すどころか持ち上げることにすら苦労するであろう大剣を軽々と持ち上げ、手足のように扱っている。

 ひと薙ぎする度に、運悪く軌道上にある物体は原形を留めぬ勢いで破壊されている。

 切断ではなく破壊だ。

 回避をする度に、その余波による傷が着実に増えていく。

 既に左腕は筋をやられ、だらりと垂れ下がっていた。

 まさしく絶体絶命。


「しぶといねぇ、我ながら。もうここまで追い詰められたんだし、降参してくれたら選ばせてあげなくもないんだけど」

「選ぶって、何を」

「縦に真っ二つになるか横に真っ二つになるか、かな」

「冗談……両方ともお断りよ!」


 信乃が今できるのは、一撃離脱のヒット&アウェイ。

 だがそれでも、有効なダメージを与えられているかどうかは甚だ疑問だった。


「ちぇー、ノリがわるいでやんの。信乃《僕》ってばアレだよねえ。堅物って言うか遊び心が無いって言うか……つまんないんだよ。これも自己嫌悪って言うのかな?」

「自己嫌悪って所は、同感ね……!」

「わーお僕達両思い。けど、僕としては千草と両思いになりたいんだよねぇ」

「自分との会話なんてするもんじゃないわね……いらないことを本当にベラベラと――!」


 斬撃を掻い潜り、刀を切り上げる。

 鎧が砕け、鬼の素顔が僅かながら露わになった。

 だが鎧の内側にあったのは白紙のものではなく――紛れもなく、自分の顔。

 しかしその狂気に満ちた金色の瞳は、紛れもなく人外の証。


「顔まで変えるなんて……!」

「そっくりでしょ? むしろこっちの方が本物っぽくない?」


 鬼がニィっと笑う。

 鎧が僅かに波打ち、刃を射出。

 信乃の腹を貫いた。

 血を吐く暇すら与えず、傷口に鬼の拳が沈み込み、吹っ飛ばした。

 独楽のように回りながら、信乃は壁を突き破り床に転がった。


「が、は――」


 内臓がぐちゃぐちゃだ。

 骨も何本か折れた。

 瀕死――いや、最早生きていることが不思議なくらいのダメージを、信乃はその身に受けていた。


「んー、そろそろ死ぬ感じかな? 腹をごっそり抉り取るつもりで殴ったんだけど、やっぱり頑丈だねえ」


 土煙の中から、鬼が姿を現す。


「今すぐ殺してもいいんだけど……いや待てよ。ここに千草を連れてきて、信乃《僕》の前で遊ぶっていうのはどうかな? 信乃《僕》は動かないように手足をちょん切って、手出しさせないようにするんだ!」


 少女のように瞳を煌めかせながら、それとは最もかけ離れた言葉を鬼は口にした。


「冗談じゃ、ないわよ……!」


 ボロボロになった刀を杖にして、信乃は立ち上がる。


あんたなんか、千草に指一本触れさせない……この身に、心に代えてでも――!」


 信乃の言葉に、鬼はすっと目を細めた。


「……へえ、やる気なんだ」


 さすが自分だ。

 妙なところで以心伝心である。


「どうぞご自由に。僕としては止める理由はないからね。信乃《僕》も鬼になるって言うなら、それはそれで面白そうだ」


 鬼を殺すために、再び鬼に墜ちる。

 千草の奮闘を無に還す、最低最悪の方法。

 だが――もうこれしかない。

 共倒れだ。コピー諸共、自分も死ぬ。

 それでいい――そうでなくては、ならない。

 ――殺されたくらいでおまえを嫌いになったりしねーよ。絶対に。


 充分だ。

 自分にそんな資格なんてないのに、千草はそう言ってくれた。

 だからこそ――千草は絶対に守ってみせる。

 最後の最後で、自分の喉を掻き切るだけの理性が残っていればいい。

 嫌だ。死にたくない。

 甘ったれた心の悲鳴を封じ込め、口を開く。


陰陽スイッチ――」


 瞬間、壁を突き破り、一振りの刀が突き刺さった。

 それは見間違えようのない。

 四宮家当主の証。

 妖魔を滅する対魔の刀。

 妖刀村雨――!


『信乃――!』


 村雨から声が響く。


「千草……?」

『これを使え、早く!』


 異常を察知した鬼が動く。

 それよりも早く、信乃は村雨を手に取っていた。

 地面に固定された鞘から村雨を抜刀。 

 鬼の大剣を弾き返した。

 発生した衝撃波が、鬼に蹈鞴を踏ませる。

 だが信乃は、微動だにしていない。

 信乃は鬼を正面から見据え、叫んだ。


「――陰陽渾然スイッチ・オン!」


 村雨の刀身が蒼く輝く。

 体の内部から、赤黒い装甲が展開し、信乃の体を包んだ。

 だが、精神が侵食されている感覚は無い。

 形成される鎧もおぞましい外骨格じみたものではなく、籠手、脛当て、胸当て、面頬のみで、どれも武士の甲冑のように洗練された形状だ。 


 額からは二本の角が伸びるが、その瞳は人間のそれだ。

 反転ではなく融合。

 人としての信乃と鬼としての信乃。

 相反する二つの要素を併せ持つ新たな形態に、信乃は変貌した。







「……何、これ。何がどうなってるの?」


 新たな姿になった信乃は、戸惑いの言葉を漏らした。

『あー……まあ、村雨の本当の力、的な? ザックリ言うと、人の心のまま鬼の力をフル活用できるみたいな感じだ』


 千草が知らないはずの知識が、自然と口から出て来た。


「千草……なのよね。でも、なんで村雨の姿に?」

『気合いでやったらこうなった。元に戻れるかどうかは正直分かんねえ』


 我ながら適当な説明だが、実際そうとしか言いようがない。

 千草の体には村雨が宿っている。

 夜見に言われるままイメージしたら、なんかこうなっていた。。

 このことを見越していたのだとすれば、なるほど師匠の言葉というのは中々に馬鹿に出来ないものである。


「バカじゃないの!? 力を使うんだったら、リスクをちゃんと――」

『リスク云々とか一番おまえに言われたかねーよ! さっき思いっ切り反転しようとしてただろーが!』

「仕方ないでしょ! そうするしか方法が無かったんだから! コピー殺した後で私も死ぬつもりだったのよ! それなら全て丸く収まるでしょ!」

『収まるかぁ! おもくそバッドエンドじゃねーか……ってヤバッ』


 信乃はとっくに気付いていたらしく、しのの大剣を村雨で受け止めた。


「気に入らないなあ……」


 爛々と目を輝かせて、鬼は言った。


「それ、千草だよね? なんで僕《信乃》の手元にあるのかなぁ……!」

「いや、それは私も聞きたいんだけど……」

「あー殺す。完全に殺す。その手で千草を握るなんて許せないからね……!」


 千草としては別に構わないのだが、どうやらそう言うことではないらしい。


「どっちにしろ、あいつを倒さなきゃ始まらないってことね……


 信乃はちらりと村雨に視線を落とし、言った。


「あれだけのことして都合が良いことは分かってるけど……千草、一緒に戦ってくれる?」

『……待ってたぜ、その言葉』


 我ながらなんともチョロいことだと思うが、やはりこの喜びを抑えることなどできはしなかった。

 信乃と鬼《信乃》。

 両者は同時に地面を蹴った。


 最初の衝突で、この部屋にあるガラス全てが完全に粉々になった。

 しかしそれは序章に過ぎない。

 五秒後には、バーと覚しき空間はかつての面影を残さぬまま破壊された。

 目にも止まらぬ剣戟の押収。

 あまりにもハイペースで散る火花と船を苛む衝撃波で、千草は辛うじて刃と刃が衝突したのだと認識した。

 信乃の表情は真剣そのものだ。

 が、反転した時のように、自分の衝動に苦しんでいる様子はない。

 それは村雨の力に他ならない。

 戦いの場は次々と切り替わるがしかし、最終的な背景はどれもこれも似たり寄ったりのものとなる。

 あらゆる物が切り刻まれた更地である。


 まるで部屋そのものがミキサーでかけられたような――少なくとも、ここで剣の斬り合いがあったことを信じる者は皆無であろう。

 ビリヤード場では、舞い上がった玉が地面に付く頃には、原形を留めている方が珍しいくらいだった。

 劇場では、どっかで見たことがあるオールバック野郎が慌てふためいて逃げ出しるのを目撃した無視することにした。


『信乃、具合は大丈夫か?』

「今の所は大丈夫!」

『オーケイ。鬼の本能はこっちで抑える。だから思いっ切りやってやれ』

「分かった……!」


 面頬に隠れているので確信は持てないが、信乃が笑っているように見えた。

 戦う時はいつもムッツリしてると思っていたが、珍しいこともあるもんだ。

 その一方で、鬼の方は完全にご機嫌斜めらしい。鎧で顔が見えないけどなんとなく分かってしまう。


「ズルいなあ……! なんで僕《信乃》には千草がいるんだよ! 本物のくせに生意気な……!」

『おい、それ逆じゃね?』

「こっちに来てよ! 僕《信乃》を倒したら、また昔みたいに遊ぼう?」

『スマブラだったら大歓迎なんだけどな……!』

「もっと楽しいことだよ。まずは千草をバラバラにして――」

「ボツに――決まってんでしょ……!」


 怒りに満ちたアッパーカットが、鬼の鳩尾に食い込む。

 追撃に信乃は村雨を両手に握り込み、大上段に振り下ろす――!

 村雨の刃は鎧を砕き、その内部にある肉体を切り裂いた。

 鮮血が迸り、村雨の刃は血にまみれる。

 が、その血は刃に染みこむようにして消えていった。

 同時に、刀身《肉体》に力が湧き上がってくるような感覚を覚える。

 これが血を吸い、自らの糧とする村雨の力であることを千草は遅まきながら理解した。


「言っておくけどね、あんたを生かしておく気なんてさらさらないの。絶対に、ぶっ殺す」

「言ってくれるじゃん……けど、村雨に千草がいるってことは、千草が僕を殺すってことだよね。あはっ、そう思うとなんかステキだね」


 どこら辺が素敵なのか千草はサッパリだった。これが人と鬼の価値観の隔たりと言うヤツなのだろうか。


「いや待てよ……つまりこれは僕が斬られるってのは、千草が僕のナカに入るってことだよね。そして僕が貫くかれるということは千草が貫いていてそれは実質――」

「わーっ! 黙れ黙れその口を閉じろこの色情魔!」

「おいおい、何言ってるんだい。僕《信乃》は信乃《僕》で信乃《僕》は僕《信乃》なんだぜ? つまり似たよーな思考回路を持ってるって事に――」

「私こんなんじゃないから! 鬼になった時もその、もう少しマトモだと思うから!」


 あの時の信乃は言葉を発していなかったが、こればかりは鬼《信乃》が言っている方が正しいんじゃないだろうかと思わなくもないが黙っていることにした。武士の情けである。

 そんな気の抜けそうなやり取りをしてる二人だが互いの剣戟にはまるで緩みは見られない。

 2000人以上収容できる豪華客船の中を、二人は所狭しと駆け巡り、切り結ぶ。


「剣の腕は互角かぁ……じゃあ、これはどうかなぁ!?」


 壁や床を突き破り、次々と刃が信乃へと迫る。

 信乃は飛び、体を捻ることで回避した。

 さらに避けきれない攻撃は鎧に刃を滑らせて受け流す。

 次の瞬間、一条の閃光と共に、鬼の刃が砕ける。


「そんなちんけな刃じゃ、今の私には届かない……!」

「言ってくれるねぇ……!」


 攻撃を防がれたにも関わらず、鬼はケラケラと笑っている。


「けど――いいね。楽しくなってきた……! とっておきを見せてあげるよ!」


 再び全方位攻撃。

 しかも刃の量は以前より多い。


「増えたところで――!」


 信乃は再び回避。

 刃の一部が僅かに掠めたが、致命的なダメージを受けたわけではない、が――


「……な!?」


 鬼を見据えた信乃の目が、見開かれる。

 鬼は右手を高々と掲げていた。

 五本の指先から流れ、生成されるのは巨大な刃。

 それは天井を優に貫き、リーチがどれほどのものかも分からない。


『やられた……! さっきの攻撃はこの前準備かよ!』

「大・正・解。と言う訳で……ぶった切れろ!」


 躊躇無く、巨刃を振り下ろした。

 メリメリと天井を破壊しながら迫る刃を受け止められるビジョンがどうしても見当たらない。

 だが刃はその巨大さ故か、動き事態はそこまで早くはない。

 信乃が避けるだけの時間はあった。

 ――が、刃が床に沈んだ瞬間、最悪の予感が刀身を駆け抜けた。


『なあ、信乃。まさか……』


 信乃も気付いたらしく、ゴクリと喉を鳴らした。


「こいつが本当に自分のコピーだってことを否定したくなるわ……あまりにも無茶苦茶じゃない――!」

「おいおい、そりゃ随分な言い草じゃないか! 僕はさぁ、戦いがもっと盛り上がるようにしただけだぜ? ぷかぷか浮かんだ船の中――それじゃちょいと味気ない」

『だからって――船を真っ二つにするヤツがどこにいるんだよ!?』

「もちろん、僕だよ♪」


 船の悲鳴が木霊する。

 それに重ねるように、鬼《信乃》の哄笑が響き渡った。

 沈没へのカウントダウンが、始まる。


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