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想像せよ



「クソックソッ、くそったれ! こんなところで油売ってる場合じゃないってのに……!」


 膨大な量の刃に縫い止められながら、千草は呻いた。

 激しく船が揺れる度に、船体に固定された刃が千草の傷口を拡張していく。

 刃の檻――その表現が相応しかった。

 引き抜いて脱出しようとしても、長く返しの付いた刃がそれを阻む。

 自分の体を切り千切って脱出しようとしても、また別の刃がそれを阻む。

 命我翔音で自分諸共吹っ飛ばそうとしても、すぐに刃は再生してしまう。

 この術で千草を殺すことは不可能だ。


 だが、不死者を拘束するという点においては、これほど理にかなったものはない。

 もっとも、白紙側からして理にかなっているということは、千草には非常に都合が悪いということでもあるわけで。

 さらにしばらく前から、船が激しく揺れるようになった。

 まるで人間サイズのサイクロンが暴れているような――

 信乃は強い。

 それは分かっているが――嫌な予感が千草の脳裏に張り付いて離れない。


「早く信乃の所に……」


 ――行ってどうなる?

 自分は不死身だ。だが――それだけだ。

 パワーもスピードも、信乃には及ばない。

 ただ不死身であると言うだけで、千草は対魔師の世界に首を突っ込んでいるだけなのだ。

 そんな自分が、信乃が苦戦しているような相手に立ち向かって何が出来る?

 夜見がくれた保険はもう無い。

 そんな自分が……今更、何の役に立つって言うんだ?


「クソッ、なんでこんな時に弱気になってんだよ……!」


 不安を振り払おうとしても、冷たく乾いたそれgは、千草の心に染みこんでいくようだった。

 うるせえ黙れ。

 考えろ。

 何か方法はあるはずだ、考えろ――!

 その時だった。

 軽快な着信音が、誰もいないアトリウムに響き渡る。


「……」


 外側に出ることはできなくても、内側への動き――つまり携帯を取り出すことくらいはできる。

 誰からだと確認するのももどかしく、千草は通話ボタンをスワイプした。


『まだ生きてるか? バカ弟子』


 不死身の弟子にかける言葉としては少々ズレたぶっきらぼうな声。

 誰であるか、間違えるはずも無い。


「師匠……殺されたんじゃ?」

『残念だったな、トリックだよ』


 やはり、与田切夜見だった。

 誰かが彼女を偽っている可能性は、この僅かなやり取りだけで消滅した。


『ちゃんと死体見てから判断しろ。いや、死体があったとしても常に疑え』


 お気に入りの映画のセリフを言えて、夜見はかなりご機嫌らしい。

 不思議と、あまり驚きは無かった。

 あんな状況でも、夜見が死んだとはどうしても思えなかったのだ。


「……で、そのトリックって具体的にどんなトリックなんですか」

『態々タネを明かすバカがどこにいる。トリックはトリックだ』

「へいへい……今どこにいるんです? こっちとしては全力で助けて貰いたい気分なんですが」

『船の中だ。もっとも、オリジナルの方だがな』

「そうですか……」


 白紙は自らの術で二つの船を作り出した。

 妖魔の襲撃を受けた夜見は、どのような方法を浸かったかは不明だが、乗客達のいるオリジナルの船に戻っていたらしい。

 と、ここで一つ思い出したことがあった。


「そっちに仁賀村の部下達がいるって聞いたんですけど、連中もしかしたら乗客達を襲い始めるかもしれないんです」


 優雅に信乃と乗客達の二者択一を迫られた時は、躊躇いなく信乃を選んだが、だからと言って無関係な人々が犠牲になるのはさすがに良い気分ではない。


『ん? ああそう言えばいたな、そんな奴らも』

「あー……どうなったんですが」


 夜見のセリフだけでオチが九割方読めたが、一応聞いてみる。

『今頃サメの餌にでもなってるだろ。乗客共は気付かずにクリスマスパーティーの真っ最中だ。それがどうかしたか?』

「あー……いや、何でも」


 やっぱり無茶苦茶であった。


『で、そっちはどう言う状況だ。手短に言え』


 千草は手短にこれまでの経緯を夜見に説明した。


『なるほどな。やはり保険は効いたか……随分と面倒なことになっているみたいだな。紙の鬼が梓の娘の力を取り込むとは正直予想外だ』

「やっぱり、ヤバいですよね」

『まあな。多分受肉するぞ、アレは。都合良くコピーして制御できるものでもない』


 さらっと言った情報に、千草は血の気が引いた。

 それはつまり、完全に制御不能となった鬼《信乃》が新たにこの場所に加わるということである。

 そして恐らく、オリジナルの信乃よりタガが外れている。

 最悪だ、あまりにも


『万が一受肉したら、普通の信乃ではまあ勝てまい。スペックが共通していたとしても、片や制限付き、片や全力。一対一ではお手上げだ』

「じゃあ、どうしたら……!」

『方法は二つだ。一つ目は信乃もまた鬼の力を解放することだ。それも半端な解放ではないぞ。全力だ。体も心も完全に鬼になる――そうすれば五分五分だ』


 確かに、間違ってはいない。

 精巧なコピーが本物に迫ることはあっても、超えることはできない。

 信乃が完全に反転すれば、五分五分にはなるだろう。

 だが――それでいいのか?


「それって、信乃が人間であることをやめるってことじゃないですか」

『当然だ。相手は鬼だ――それもとびきりのな。人間性を放棄することくらいで勝機があるなら安い物だろ』


 多分、夜見の言っていることは間違っていない。

 理解はできるが――


『納得がいかない、と言った感じだな』


 表情を見せていないのにもかかわらず、夜見は弟子の不満を敏感に感じ取ったようだった。


「そりゃあ、そうでしょう。せっかく元に戻したのに、こんなんじゃプラマイゼロじゃないですか!」


 いや、待て。

 夜見の弾丸ならば、あるいは……


『私の弾丸に期待するなよ。完全にひっくり返ったらどうしようもない。殺すしか無くなる』


 先回りして釘を刺された。


『まったく、贅沢なヤツだ……だったらもう一つの方法を使え。ヤツが反転せずに対処する方法だ』

「そっちを先に教えてくださいよ! ……それで、一体なんなんですか?」

『単純だ。数で押せ。一対一が無理なら二対一に持ち込め」


 本当に単純だった。


「……いや、それができたら苦労しませんよ。俺が助太刀しても大したことなんてできるイメージ湧かないんですが」


 4分の一人前と言われている千草が加わったところで、四分の五対一。大した援軍にはなるまい。


『……まったく、だからお前は四分の一人前なのだ。いつもは身の程をわきまえないくせに、こう言うときだけでは縮こまる。バカめ』

「んなっ……俺はただ今の状態じゃキツいってことを現実的に――」

『そりゃそうだ。あんな現実離れした怪物を殺すのに現実的なままだったら、勝てる訳がないだろ』

「じゃあ、どうしろって言うんだよ!? 俺は不死身だ、けどそれ以外何の取り柄もない。しかもその取り柄だって俺本来の物じゃなかった……村雨の力で、借り物だった。そんな奴が助けに言ったって、何の意味も――」

『……おまえと言うヤツは、本当にメンタルに引っ張られるな。精神が不安定だと知恵もロクに回らんと見える』

「……悪かったな」

『ああ、最悪だ。おまえの取り柄は壊滅状態と言っていい……だが、方法がないではない』

「本当ですか!? それはどんな――」

「想像しろ」

「……はい?」

『イメージだ。お前が何を成したいか――いや、お前みたいな奴はストレートに欲求を爆発させたほうが有効なのか……まあいい。とにかく何かイメージしろ。おまえは無頓着だろうが、想像は対魔術の基本でもある。それをやってなんとかしろ。じゃあ切るぞ』

「え、ちょっと待――」


 ブツン


「……マジかよ」


 色々回り道をした挙げ句、行き着いた結論が「想像しろ」?

 随分な無茶を言ってくれる。

 かけ直したところで、どうせ結論がひっくり返すようなことにはなるまい。

 だが、今の千草にやれることなんてそれくらいしかないというのもまた、事実だった。


「やるしかないか……!」


 目を閉じる。

 イメージ、イメージだ。

 そもそも俺が出来ることはなんだ?

 ――再生能力。

駄目だ、それでは届かない。

 そもそもそれでは信乃を守れない。


 信乃は強い。

 けれどそれだけじゃ足りないんだ。

 何だ? あいつには何が足りない?

 鬼の力を上回る力。

 信乃をを死なせないために、彼女の力になるために……

 ……いや、そうじゃない

 力になるとかならないとか、そういうのは結局後付けだ。

 もっと悪く言えば、カッコつけで、言い訳だ。

  俺は――


「――信乃の、隣にいたい」


 ああそうだ。

 そんな当たり前の、願望だ。

 別にどんな形でもいい。

 あいつと一緒に笑って、メシ食って、時々喧嘩して。

 そんな風に日々を過ごせれば、何もいらない


 ――いや、案外それを達成してしまったら、もっと求めてしまうような気がする。

 だが、人間というのは案外そんなものだ。

 少なくとも千草じぶんは、足るを知るような殊勝な人物ではない。


「誰かの都合で離れ離れになるなんて、もう二度とゴメンだ――!」


 だから力が必要だ。

 理不尽をぶった斬るような、今の自分にはあまりにも分不相応な力が――!

 体に熱が灯っていく。

 千草は手を伸ばし、前に進もうともがいた。

 刃が食い込み、血が流れる。 

 痛覚が思い出したように、悲鳴をあげる。

 だが、それでいい。


 千草は叫んだ。

 全身が裂けてもいい。

 代償に存在そのものが無くなっても構わない――!

 瞬間、視界が蒼い炎に埋め尽くされた。



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