衝突
こうして、2人の戦いは始まった。
不死身の対魔師見習い――千ヶ崎千草。
鎧の鬼――四宮信乃。
だが、少し待って欲しい。そして冷静に考えてみて欲しい。
片や不死身だけが取り柄の、四分の一人前な対魔師見習い。
片や力の半分も引き出せていないが、それでも尚圧倒的な力を誇る妖魔。
そんな2人が衝突したらどうなるのか――
思考する時間は必要無いだろう。
答えは勿論、鏖殺である。
「がああああああああああああああああ」
千草の絶叫と、信乃の哄笑が重なり合う。
千草は死んだ。
もう数えるのが億劫になる程死んだ。
戦いが始まってどれくらいの時間が経ったのだろうか。
完全に日は沈んでいる。
見る者達の目を輝かせたアトリウムは、凄惨な殺戮現場と化していた。
「クソッ、戦うって決めたけど……どうしろってんだよ本当に!」
千切れた腕を修復しながら、千草は毒づいた。
まるで刃が立たない。
もともと信乃が人間の状態でも身体能力にはかなりの開きがあったのだが――その差は今や、絶望的なまでに開いていた。
それでも千草が動けるのは、村雨の力に他ならない。
信乃は千草の体を掴み跳躍。
アトリウムの一番上の壁に千草の体を押し付け、重力に逆らわず落下した。
だが押し付けられている千草としてはたまったものではない。
おろし器に駆けられたように体がすり切れ、地面に叩き付けられる頃には左半身がなくなっていた。
半身だけとなった千草を信乃は一旦空中に投げ出すと、ボールのように蹴り飛ばした。
修復された側から肉体が壊れていく。
やっとの思いで立ち上がったら、今度は鎧から伸びた刃で串刺しにされ、高々と持ち上げられる。
ふと、千草は瓦礫の山に座っている白紙が、通常サイズの筆で紙になにやら書いていた。
「あんた、何やってんだ」
「おかまいなく。私の目的はこれでほとんど完遂されたも同然です。当然ながら、あなたにも用はない。村雨を宿しているというのだから脅威になり得ると思いましたが……それも杞憂でした」
「御期待に添えず、申し訳ないね……!」
「いいえ、あなたは充分役に立ってくれました。我が主はあっさりと反転してくれましたし……もっとも、反転が少し不十分であることは想定外でしたが」
不十分……?
その言葉が、僅かに引っかかった。
「どういうことだよ、それ……!」
「見れば分かるでしょう。鎧の展開が完全ではありません。角もまだ一本だけ……まあ精神は大分正常に戻ってくれたようです。それもあなたのお陰とも言えますがね」
「そりゃ、どういたしまして……! ボーナスとして信乃を元に戻してくんねえかなあ……!」
「お断りです。我が主が完全に反転するそれも時間の問題でしょう。私はそれまで待っているだけでいいのですから」
「ふざけやがっがぁ……!?」
千草の体の内側から、次々と血の刃が飛び出した。
先程とは一転して不機嫌そうな信乃の口が僅かに動く。
――壊刃。
莫大な霊力を注ぎ込まれた刃が次々と弾ける。
千草は原型を止めず爆散し、肉片がボトボトと地面に落ちた。
「なん、なんだよ……何で急に……」
頭部から修復しながら、千草は疑問を口にした。
「どうやらあなたが私と話しているのが気に食わなかったようですね」
「言葉だけ聞くと可愛いけど、行動が可愛くねえ……」
「鬼とは執着するもの。我が主はその対象があなただった……それだけのことです」
「今すっげえ、複雑なきぶごじゃべっ」
再び蹂躙が始まる。
心なしか、信乃の攻撃は前にも増して苛烈になっていた。
しかし千草は抵抗しなかった。
リソースを全て脳へと集中させる。
肉体が破壊されてもまず脳を最優先で修復させるのだ。
白紙は言った。
信乃の反転は不完全であると。
それは千草も薄々分かっていたことであるが、白紙の言葉で確信が持てた。
まだ、信乃を人間に戻すチャンスはある。
だがどうやって?
突如スーパーパワーに目覚め(金髪に変化したりとか)、圧倒的なパワーで信乃をねじ伏せる――なんてことは期待できない。
誰かが助けに来てくれるなんてことも却下。
与田斬夜見は今はいないのだ。
自分が持っている手札だけで対応しなくてはならない。
唐竹割りをされて半分になった脳だけでもフル回転させ、手持ちの手段で有効なのが無いか探す。
命我翔音――ダメだ。威力が足りない。
村雨――本当に使えたら鬼を倒すこともできるだろう。が、信乃まで殺してしまったら何の意味も無い。そもそも使う方法が分からない。
真っ正面からのぶつかり合いでは勝つことはできない。
残酷なまでのスペックの差。
それを埋めるには――
「――!」
思い出した。
少し前までの千草にはなかった手札。
与田切夜見はいない。
だが、彼女が残してくれたものなら――保険ならば、ある。
「ビンゴ……!」
弾丸の特性を思い出し、小さく笑みを零す。
いける――とまでは確信出来なくとも、可能性はある。
問題はどう叩き込むかだ。
普通に使うだけでは避けられる。
どうする?
手札は整っているとは言い難いが、見切り発車で使えるくらいにはなった。
あとはそのタイミングだ。
考えろ、考えろ、考えろ――!
「……あれしか、ないか」
千草の戦術には、痛みが伴わないものなんて存在しない。
分かりきっていたことだが少しゲンナリしてしまうのも事実だった。
だが、やるしかない。
千草は命我翔音を柱まで伸ばし固定。伸縮する機能を活かして、柱に叩き付けられるようにして、信乃と距離を取った。
信乃は千草が何をするのか興味津々らしく、興味深げに見ている。
第一関門クリア。
そしてここからが本番だ。
千草は思いっ切り笑い、腕を広げた。
受け止め、抱きしめる。
言葉にせずとも、体で表現する。それくらいのコミュニケーションは、二人の間ではお手の物なのだ。
鬼の少女は、にっこりと笑って地面を蹴った。
瞬間、凄まじい衝撃と共に全身の骨が砕け、血が噴き出した。
信乃がやったことはなんてことはない。
千草に向かって走り、抱きしめたのだ。
もっとも、鬼が人間相手にそれをやればただの殺人行為である。
突進されただけでも凄まじい勢いだったが、抱きしめられるのはさながらプレス機に圧されるが如し。
おまけに鎧の突起部分も容赦なく食い込み、肉を抉っていく。
だが――全て想定の範囲内。計画通りだ。
「だよな――おまえなら、そうくると思ったぜ」
今の信乃は人間の時よりも遥かに残虐だが――同時に、とてつもなく無邪気だ。
千草が受け止める体勢に入ったら、抱きしめないという選択肢は存在しない。
人間の時よりも感情表現が遥かにストレートであるが故に――千草は、この作戦を選んだ。
修復された両腕を、信乃の背中に回す。
「――目覚ましには少しキツいと思うけど、我慢してくれよ」
そう言って千草は、腕に隠していた超小型拳銃――サイクロプスの引き金を引いた。




