シャル・ウィ・ダンス?
信乃は天井を破り、吹き抜けのアトリウムへと落下した。
その衝撃で左腕に拘束されていた妖魔がぐちゃりと潰れる。
他の妖魔達も次々と信乃の元へ殺到する。
信乃は咆哮と共に、左腕を振るった。
鎧の一部が変形した大剣が、妖魔達を真っ二つに分断した。
「――! ――!」
少しでも気を抜けば、理性が砕けそうだった。
凄まじいまでの破壊衝動。
信乃はそれを妖魔達を屠る戦意に転換し戦ってきた。
今までとは比較にならない力。
それもかえって、自分の人でなしぶりを突きつけられていくようだった。
――足りない。
妖魔を斬り、砕き、千切る。
それでもまだ足りぬと、鬼の本能が叫んでいた。
どれだけ妖魔を屠っても、信乃の欲求は満たされることはない。
妖魔は所詮前座だ。
蹂躙するのが愉快でも、満たされない。
信乃を満たすことが出来るのは1人だけ。
たった1人の――
「違うッ……!」
妖魔の心臓を握り潰しながら、信乃は叫んだ。
子どものように首を振る。
「違う、違う! そんなことは……私は望んでない! 望んでない、のに……!」
「いいえ、貴女様は紛れもなく望んでいる。千ヶ崎千草を」
その名を聞いただけで、本能が歓喜の声を挙げた。
「……ッ」
耳元で囁く白紙を殺そうとするが、右腕を引き裂くだけに留まった。
「別に何らおかしいことではありません。鬼が特定のモノに執着するのは当然の事……極めて健全な状態です」
「黙れ……!」
「引き裂きたいのでしょう? 犯したいのでしょう? 喰らいたいのでしょう? ならばそうすればいい。それが我等鬼のあるべき姿です。何故それを拒絶するのですか」
「私は、人間――」
「ではない。それは貴女様が理解している筈です」
信乃は否定の言葉を、口に出来なかった。
「貴女様は確かに人と人の間に産まれた。ですが貴女様は紛れもない鬼。我等は様々なモノから生まれ出で、やがて鬼と成る。私も以前はただの付喪神に過ぎなかった……重要なのは産まれではない。鬼と成るか否か、それだけです」
信乃は鬼として生まれた。
だが、人間として育てられた。
それでも、結果はこれだ。
見るも無惨な怪物へと化した自分に出来ることは――一人でも多く、道連れにするしかない。
自分が生きようが死のうがもう、どうでもよかった。
そう、思ったときだった。
視界の外から、黒い弾頭が飛び込んできた。
弾頭は信乃の側を通過し、白紙に襲いかかる――!
「――!」
白紙は筆の墨を飛ばすが、撃墜する距離が近かったために、爆風を受け蹈鞴を踏んだ。
「何者――」
白紙に続くように、信乃も振り向いた。
「千ヶ崎千草。何故――」
「説明書を読んだんだよ。以外と使いやすいな、これ」
そう千草は言って、ロケットランチャーを投げ捨てた。
「何を訳の分からないことを……!」
千草に攻撃を受けたのが屈辱と思ったのか、苦々しげに口を歪めるが、すぐに平静を取り戻した。
「仁賀村優我を倒しここに来たようですが、悪手でしたね」
「あ?」
「まだ馴染みきってはいませんが……もういいでしょう。遅かれ早かれ、そうするつもりでしたから」
千草が何言ってんだと目を瞬かせるが――事実、彼の行動は悪手以外のなにものでもなかった。
信乃が人であらんと保っていた精神の均衡。
それが今、完全に崩れた。
人間としての心は全て、鬼のそれに塗り潰される。
――殺したい。壊したい。
目が金色に染まり、口元がつり上がっていく。
千ヶ崎千草。
自分が待ち望み、求め続けていた存在――最高の玩具。
「あはっ」
小さく笑う。
次の瞬間、信乃は千草の胴体を真っ二つにしていた。
一瞬、何が起こったのか分からなかった。
台風の直撃を食らったような衝撃と焼けるような痛み。
視界が回り、不格好なタップダンスを踊っている下半身が見えた。
そして、鎧に塗れた血を愛おしそうに見る信乃の姿――
――一緒だ、5年前と。
千草はすぐさま命我翔音を伸ばし下半身を回収。無理矢理くっつけて修復し、着地した。
改めて、信乃の姿を目の当たりにする。
反転したばかりに魅せていた、苦悶に満ちた表情は影も形もない。
そこにあるのは、喜悦に満ちた人外の笑み。
左半身から伸びた一本の角と、白紙と同じ金色の目が、彼女が鬼であるという証明に他ならなかった。
鎧の浸食は半身だけに留まっているが、浸食がまた再開される可能性は否定できない。
そうなってしまったときは――多分、手遅れになる時だ。
夜見は生死不明。
信乃は妖魔と化してここにいる。
なんとも、状況は絶望的だ。
追い打ちをかけるように、思い出したばかりの記憶が容赦なくフラッシュバックする。
――家族同然の少女が化物になった光景。
――肉体を蹂躙される痛み。
――そして何より、殺されるという恐怖。
気付けば、脚が震えていた。
いやそれどころか、心も体も恐怖で震えている。
信乃はそれすら愛おしいように、クスクスと笑っていた。
「ナメ、やがって……!」
信乃は自分の頬を殴った。
命我翔音の発する衝撃波で、頭は粉々に吹っ飛ぶ。
視界はブラックアウトするが、すぐに修復された。
千草の行動が意外だったのか、信乃はぽかんと口を開けていた。
――ざまあ見ろ。
こんな時でも、信乃に対しては負けたくないようだ。
我が身の単純ぶりに呆れながらも、千草は拳をかめる。
恐怖は完全に取り除かれた訳では無い。こんな化物、一目見ただけで逃げるか師匠に泣きつくかの二者択一だ。
だが――目の前の鬼は信乃だ。
その時点でもう一つの選択肢が生まれる――いや、最早選択の余地はない。
戦うのだ。
「――踊ろうぜ、信乃。せっかくのクリスマスイヴだ」
精一杯の強がりと共に、千草は笑ってみせた。




