表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
21/31

こじ開けられた記憶

 血のように真っ赤な夕焼け――なんて表現があるがしかし、実際の血の色には敵わない。

 朦朧とする意識の中――今よりも幼い千草はそう思った。

 今は比較対象があるから尚更そう思う。

 千草が横たわっている草原は、血で真っ赤に染まっていた。

 誰の血か――決まっている。自分の血だ。


 腹の下がすーすーする。

 半ズボンを履いた下半身は、視界の端っこに転がっていた。

 両腕も既に引きちぎられている。

 悲鳴を上げようとしても舌を抜かれているのだから無理だ。

 さっきまで痛くて痛くてたまらなかったが、もうそれすら感じない。

 この先に待ち受けているものが何であるのか、千草はなんとなく理解していた。


 そうしていると、足音が聞こえてきた。

 血と表現するにはあと一歩の空と千草を隔てるように、一人の少女が千草を覗き込む。

 少女は人間ではなかった。

 少なくとも今の状態を見て、彼女を人間として扱おうと思う人間は世界中を探してもそうはいまい。

 少女の左半身は外骨格めいた鎧に浸食されている。

 人間ではない――鬼だ。

 死の淵に立たされた千草を見下ろして、鬼の少女は――四宮信乃は、にっこりと嗤った。

 千草が、今まで見たことのない笑顔だった。




「――ッ」


 意識が現実に引き戻される。

 呼吸が荒い。

 頭痛は既に収まっていた。

 まるで身体の異常は全て取り除かれたと言わんばかりに。


「あれ、が……」


 封じられていた記憶。

 千草が四宮家にいられなくなった最大の要因。

 五年前のあの日、信乃は鬼へと変貌し、千草の体を弄び、引きちぎった。

 そんな所業をして、彼女は笑っていた。

 人間の範疇には収まらない、収めることなので来やしない化物――それが、鬼だ。

 今まで自分に何か至らぬ所があったのではと考えていたが、違ったのだ。

 原因は千草ではなく――


「もう充分理解しただろう。これは君の心構え次第でなんとかなる問題ではない。人と鬼の在り方は致命的なまでにズレている。今までは取り繕えていたようだが、一度解放してしまえばご覧の有様だ。君だって見たはずだよ、そして思い出してもいるはずだ」


 妙に優しそうな笑みを張り付かせて、優雅は千草に手を伸ばした。


「我々と一緒に行こう。四宮信乃のことは、妖魔たちに任せればいいのだかまきゃべりっ」


 千草は再び、優雅の顔面に拳をめり込ませていた。

 命我翔音の術式が起動し、凄まじい衝撃波が優雅を襲う。


「ふぎょああああ!?」


 悲鳴を上げる優雅を他所に、千草はゆらりと立ち上がった。


「き、気は確かかい君!? 何故そこでグーなんだい。握手は互いにパーだろう!」

「なんであんたと握手しなくちゃなんないんだよ……」

「まさか、まだ四宮信乃の所へ向かおうとしてるのかい!?」

「当たり前だ。俺の答えは変わらねえ……!」


 真っ直ぐ前を見据える千草に、優雅は嘆息して首を振った。


「君は見たはずだ。自分の封じられた記憶を――四宮信乃に斬殺された記憶を! それなのに何故……!?」

「あんたに言ってやる義理はどこにもねえよ……けど、スッキリしたぜ。今まで分かんなかった部分がストンと落ちた」


 何故千草が夜見に引き取られたのか。

 何故千草の体に村雨が宿っていたのか。

 そして信乃が時折見せていた後ろめたそうな表情。

 全ては繋がっていた。5年前のあの時に。


「俺のやることは変わらねえ。邪魔するって言うのなら……ぶっ殺す!」


 千草はそう叫び、地面を蹴る。


「何故だ! 何故そこまで君は――!」

「言っただろ!? 言ってやる義理なんてねえ――!」


 体が驚くほど軽い。

 それと反比例するように、周りの動きが遅く感じる。

 優雅は焦りながらも、次々と武器を繰り出すが千草は怯まない。

 腕が砕けようが脚が折れようが、知った事かとばかりに半ば捨て身同然の攻撃を続けていく。


「くっ私と同じく、テンションと力の増減が直結しているタイプ……! 親近感は湧くが仕方ない。本気で潰してやろうとも!」


 千草のラッシュから辛くも逃亡し、優雅はロケットランチャーを千草に向けた。


「させるかよ……!」


 千草は両腕の命我翔音を伸ばし、椅子に巻き付ける。

 弾頭が千草の方へ真っ直ぐ飛んでいく。


「おりゃああああああああ!」


 固定された床ごと、千草は椅子を引っこ抜いた。

 弾頭は、引っこ抜かれた椅子に直撃。

軌道を逸らされあらぬ方向に着弾、爆発する。


「そんな滅茶苦茶な……!」

「滅茶苦茶上等だ――!」


 さらに椅子の回転に加速を付け、呆然とする優雅に叩き付ける。

 命我翔音の衝撃波が、優雅を容赦なく打ち据えた。


「がああああああ!」


 元々こういう風に使うのが、命我翔音本来の使用法なのだが……


「……やっぱり直接殴った方がしっくり来るぜ」


 衝撃波に耐えきれず、粉砕された椅子から命我翔音を離れさせながら千草は呟いた。


「なんてことだ。まさかこれ程までの力を……私としたことが君を見誤っていたようだ」


 鼻が曲がり、椅子の破片があちこちに突き刺さっているが、それでも優雅は微笑んでいる。


「俺の勝ちだ。これ以上俺の邪魔したらタダじゃおかねえ」

「……フフフ。青いね。君は大人の手口というものをちゃんと理解していないようだ」


 血をハンカチで拭いながら、優雅は笑った。

 しかしその笑みは今までのとは違い、どこかメッキが剥がれたような、下卑たものだった。


「……何?」

「君は知っているかい? この船が紙の鬼によって複製されたものであることを」


 それは初耳だった。

 が、信乃とあの鬼の戦いを遠目で見ていた千草としてみれば、腑に落ちる部分ではある。


「なるほどな。消失じゃなくて隔離だったって訳だ」


 今までは大規模な術式によって、乗客達が消されたとばかり思っていた。

 だが実際は違った。


「どっちみちスケールがバカでかいとは思うけど、だからなんだって言うんだ?」

「ふっふっふ、実は本物の船には我が社の対魔師を十人待機させているんだ。まあ、ちょっとした保険だよ」


 保険――その意味が理解出来ないほど、千草も間抜けではなかった。


「野郎……!」

「そう、言わば人質作戦と言うヤツだ。いかにもな言葉だがあえて言わせて貰おう――乗客の命が惜しくば、今すぐ投降したまえ!」


 優雅はビシリと千草を指刺し、言った。

 見事なドヤ顔であった。


「……なんで、今更言うんだ?」

「スマートではないからさ。やはり自分達が直接叩いて勝った方が色々と都合が良いんだ。あの四宮家の対魔師でも我が社の武器には敵わない――そんな宣伝ができるからね。ところが、最早そんなことを言っていられる状況じゃなくなってしまった……まったく残念だよ。私としても不本意だ。が、それは全て君の責任だ。責任は当事者が取らなくてはならない……これもまたビジネスというものだよ」


 ゴールデンユニバース号の乗客は2000人を超える。

 その数の人間を十人の対魔師が襲う……

 数では圧倒的に劣るがしかし、鏖殺するには充分な人数だ。

 優雅がやれと指示を出しただけで、連中は躊躇いなく人々を襲うだろう。


「……助かったぜ」


 フウと息をついて、肩の力を抜いた。


「ほほう、さすがに君でも理解したようだね?」

「正直、あんたがもう少し早くそれを言ってたら、こっちはマジで詰んでたよ」

「……どういうことかな?」


 優雅は訝しげに眉を潜める。

 無関係な人間を人質に取る――それは信乃にとって一番のウィークポイントだ。

 自分のせいで誰かが犠牲になることを、信乃は許容することが出来ない。

 自分の身を犠牲にしてでも、人を守ろうとする。

 それが人としての信乃の弱点で、どうしようもない甘さだ。


「本当にヤバかったよ――信乃だったら、な」

「何……?」

「人質? そんなの勝手に殺せよ。今すぐ電話でもなんでもすればいい。待ってやってもいいぜ」


 人質は四宮信乃にとっては致命的なまでに有効だ。

 が、千ヶ崎千草には通じない。

 自分が大切に思う人間以外がどうなろうが知った事ではない。

 いや、厳密にはそこまで明確に割り切れるものではないが、千草の中には確固たる優先順位が存在する。

 一番大切なものを守るためならば、それ以外を切り捨てる覚悟くらいは、持っているのだ。


「ば、馬鹿な……!」

「それにな――俺は自分テメェがやらかしたクセして主人公におまえのせいだとか言う悪役が、世界で一番嫌いなんだよ……!」


 信乃の弱点は、同時に彼女の優しさであり、揺るぎない美徳。

 それを利用しようとするヤツは、誰であろうと許さない。


「テメェはこの場で、ぶっ潰す……!」


 千草の勘定に呼応するように、右手に蒼炎が灯る。


「くっ……なんてことだ。これは完全に想定外……!」


 優雅は再びロケットランチャーを撃った。

 千草はそれを裏拳で弾き、爆発するよりも早く駆けだした。

 弾丸の如き勢いで、優雅の元へ駆ける。

 優雅は慌ててトンファーを取り出し、それをクロスさせて防御態勢を取った。

 だが、関係ない。

どれだけ堅牢な守りだろうが、防がれるビジョンは一片たりとて見えてはいなかった。


「チェスト――バスタァァァァァァァァ!」

 決着は一瞬だった。

 バキリ。

 トンファーの断末魔が聞こえた。


「我が社フォーエバァァァァァァァァァァァァ!」


 優雅は最後列まで吹っ飛び、とうとう壁を突き抜けた。

 チェストバスターの余波で、スポットライトは全て破壊されていた。

 劇場唯一の光源である炎も、千草は無造作に腕を振って消す。

 腕は炭化し崩れかけていたが、どうせすぐに治る。


「スッとした……けど、これで終わりじゃないんだよな」


 むしろ前座もいいところだ。

 鬼と化した幼馴染。

 千草は彼女と、相対しなければならない。


「……!?」


 どうしたものかと考えを巡らせていたその時、船が揺れた。

 それと同時に、何かが壊れる音も。

 近い。


「行くしかないよな……ん?」


 ふと、優雅が使っていたロケットランチャーが目に入った。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ