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「信乃……?」


 千草は、幼馴染の名を口にした。

 信じられなかった。

 目の前にいるのが、本当に信乃なのか。

 その筈だ。


 だが――今の信乃の姿は、千草の心から嫌という程の恐怖心を引きずり出していた。

 信乃が鬼の血が異常なまでに濃いということは、知っていた。

 だけど千草は気にしていなかった。

 せいぜい体が丈夫で、変わった形をした籠手を生成することができるくらいな印象だった。

 だが今、嫌というほどそれを理解させられた。

 異形の籠手は浸食を続け、左半身にまで及んでいた。


 その外骨格と鎧を混ぜ合わせたような姿は、人間とは到底思えない。

 右半身は人のままだが、それがかえって異質性を際立たせていた。

 何より、鎧の額部分から伸びる一本の角――

 それこそが、彼女が鬼であるという紛れもない証左であった。


「なんだよ、これ……」

「――『鎧の鬼』。これこそ、我が主のあるべき姿です」

 白紙がどこか満足そうな声音で言った。

「あるべき姿だと……? ふざけんな! あんな苦しそうなのがあるべき姿のはずがねえだろうが!」


 信乃は体を掻きむしり、苦悶の声をあげていた。

 半分露わになっている彼女の表情は、苦痛に歪んでいる。


「……ふむ。まだ不純物が抵抗しているようですね。しかしこれも想定の範囲内――ならばこちらも、本能を掻き立てるまで」


 半魚人型の妖魔が動く。

 手を掲げると、海水が隆起し、水の槍を形成。

 信乃に向かって一直線に向かっていく。

 このままでは串刺しになる。

 千草が動こうとした瞬間、信乃は邪魔だとばかりに腕を振るった。

 槍が霧散する。


 それと時を同じくして信乃が消える。

 次の瞬間、くぐもった悲鳴が聞こえた。

 振り向けば、半魚人型の妖魔は既に物言わぬ肉体となっていた。

 頭部が潰され、体からは妖魔の血と同色の紫色の刃が飛び出している。

 目を背けたくなるようなオーバーキル。

 妖魔達は僅かにたじろいだが、やがて我先にと信乃の元へ殺到した。

 信乃は獣の如く吼え、立ち向かっていく。


「あんた、何考えてんだよ。信乃を妖魔にしたと思ったら同士討ちとか、訳分かんねえ……」

「妖魔同士の殺し合いなど、戯れと同じです。この殺し合いもって、あの御方の力を馴染ませる。そうすれば完璧な鬼へと昇華するでしょう」

「最初からそれが目的だったのか……!」

「ええ。あの御方一人だけでは手を焼いたでしょう。反転まで持ち込めたかどうか怪しいものです。が――あの御方には明確な弱点がある。それがおまえです、千ヶ崎千草。あの御方はおまえのためなら全てを投げ出す。だから二人揃ってを呼び寄せたのですよ。まあいらない与田切夜見(おまけ)も付いてきましたが」

「……!」


 最初から、利用されていた。

 千草が信乃と再会したのは、ちょっと早いサンタからのクリスマスプレゼントではなかった。

 妖魔の罠だったのだ。


「ふざけんな――!」


 白紙に向かって拳を振り上げる。

 許せなかった。

 信乃の心を弄んだことも、あろうことが千草自身を利用したことも。


「戯れるな。おまえにもう用はない」


 千草の足下で再び術式が起動する。


「我々の目的は達しました。後の始末はあなた方に任せます」

「何言って――」


 次の瞬間、千草の視界は黒く染まった。





 起動した術式は転移系のものだったらしい。

 千草は船内にある劇場へと飛ばされていた。

 豪華絢爛――しかし上品な落ち着きも兼ね備えた劇場はしかし、死んだように沈黙していた。

 こんなところで油を売っている場合ではない。


「信乃のところに、行かねえと……」


 ――行って何になる?

 分からない。

 ああなってしまった信乃がなんとかなるのかすら不透明だ。

 どうすればいいのかサッパリだったが、とにかく行かなくてはならない。

 体を起こして、デッキに戻ろうと頭の中で船内地図を思い浮かべる。

 最短ルートは何かと考えを巡らせていると、カッとスポットライトが光った。

 照らされている人物は、仁賀村優我。

 いかにも社交辞令と行ったような笑みを浮かべている。


「どこに行こうと言うのかな?」

「……決まってんだろ。信乃のところだ」

「それはよしといた方が良い。彼女が正気を失うのは時間の問題だよ――ああ違うな。あれが彼女の本来の姿であるならば、正気に戻ると言った方がいいか」


 いちいち言うことが癇にさわるヤツだ。

 一発ぶん殴ってやりたいが、今はあのニヤけ面に拳を沈ませる時間すら惜しい。

 そう思って去ろうとするが、千草の眼前にある壁に名刺が突き刺さった。

 攻撃の意思はないらしい。

 引き抜いてみると、金文字で『仁賀村コーポレーション社長 仁賀村優我』と書いてあった。名前が無駄にデカい。


「何のつもりだよ」

「まあ端的に言えば、君をスカウトしたいと思ってね」

「……は?」


 目の前の男の正気を、千草は疑った。


「君を我が社の専属対魔師としてスカウトしたい。社員の目を通して君の戦いぶりを見せて貰ったよ。随分荒削りだが、力の特性をよく理解している。磨けばさらに高みを目指せるだろう」

「随分と斬新なスカウトだな。あれだけのことやっといてよく言うぜ」

「それは悲しい擦れ違いというものだよ千草君。今、私達を邪魔をする者はどこにもいない。腹を割って話そうじゃないか」

「俺としては今すぐあんたの腹をかっさばきたい気分だ。妖魔と手を組むとか、イカれてるんじゃないか?」


 千草を、いや村雨を狙っている優雅と、信乃を狙う白紙がたまたま同じ船に乗り合わせて行動を起こした――なんて荒唐無稽なシナリオを信じるほど千草も馬鹿ではない。


「ビジネスの世界は一筋縄ではいかないものさ」


 子どもの君には分からないだろうがね、と言外に告げられたような気分だ。

 優雅の狙いは村雨だ――まあそれは無理もない。

 未熟な自分ですら、対魔師達との戦いに食らいつけるまでの力を得られている程だ。

 利益のために狙うというのは単純明快。

 白紙達の狙いも今は理解できる。

 鬼と化した信乃の力は圧倒的だった。

 だけど、鬼と化した彼女の苦悶に歪む表情が、千草の頭から離れようとしない。

 あんな信乃を、千草は前にも――


「ッ――」


 頭が割れるように痛んだ。

 これ以上考えるなと、本能が悲鳴を上げる。

 なんだ。なんだこれは?

 古い傷を抉られるような幻痛に顔をしかめる千草を他所に、優雅はペラペラと話を続けていく。  


「私が対魔師になったのは、丁度君くらいの頃だった。そこから武器を製造し販売、さらに我が社の一員となった対魔師を派遣するサービスも展開……順風満帆とはいかなかったが、結果は決して悪い方には転がらなかった――」


 優雅は単行本換算で十冊分に及ぶであろう武勇伝(というか自慢話)を無駄にいい声で語り始めた。

 頭痛が治まるまで、千草は仕方なく聞いているフリをすることにした。


「――とまあ色々あったわけだよ。仁賀村コーポレーションはまさしく破竹の勢いだ。人間と妖魔の戦いという名の天秤を大いに傾けたと自負している」

「そりゃ、ようござんしたな」

「そう思うだろう? ところがビジネスには思わぬ落とし穴があったのだ」

 オールバックの髪をなでつけながら、優雅は嘆息した。

「――妖魔がこの世から駆逐された後のことを、私は殆ど考えていなかったのだからね」

「……そりゃ、そうだろ。人と妖魔は表裏一体。完全に滅ぼすなんて無理だ。仮にそうだとしたら、共倒れになる」


 千草は梓に何度もその話を聞かされていた。

 妖魔を完全に滅ぼすことは出来ない。

 滅ぼしたように見えたとしても、すぐに新たな妖魔が現れ人を襲う。

 鏡の中の自分は殺せない。

 だからこそ終わりがないのだと、梓は言っていた。


「それは滅ぼしきれない者達の言い訳と妥協の産物だ。だが私は違う。私が作りだした武器は多くの対魔師に使われ、これまで何体もの妖魔を撃破してきた。あと十年もかからずに妖魔は絶滅するだろう……ところが私は一つの過ちに気付いた」


 優雅はふうと嘆息した。


「妖魔を絶滅させてしまえば対魔師はどうなる? 武器の需要は? 需要を失ったビジネスに価値はない」

「そりゃ、そうだろ。妖魔がいない世界に対魔師は必要ないんだからな」


 あり得ない話だが――そうなったら、どんなに良いだろう。


「甘いね。モンブランの中身よりも甘い。それでは困るのだよ、会社の存続に関わる! だからこそバランスが必要なのだ――人と妖魔の抗争の天秤。それを我が社が――私が担おうというのだよ」


 何も言うことが出来なかった。

 目の前の男は何を言っているんだ? 千草の耳が正常であるならば、超弩級の世迷い言を放ったような気がするのだが。


「正気かと言いたげな目だね。無論私は正気だとも。だからこそ、あの鬼の少女の提案に乗ったのだ。妖魔は『鎧の鬼』という切り札を得る。が、それでは天秤が余りにも不釣り合い。だからこそ人間側に村雨を取り込む――そら、これで天秤がつり合った。こうすることで天秤が守られる。妖魔は確かに人を襲うだろう。しかし我が社が倒すことで数はトントンだ。被害が多すぎれば大人しくしてもらうし、逆に少なすぎればもっと活発になってもらおう――敵対するだけが妖魔との付き合い方ではない。必要なのバランスだ。譲歩し合うことが大切なのさ」


 千草は拳を握り締めた。


「どうだい? これで君も我が社に――」


 千草は、優雅のニヤけ面に拳を沈ませた。


「あばぶっ」


 奇妙な声と共に、優雅は吹っ飛んだ。


「ナメやがって……!」


 千草は別に信乃のように誰も彼も守ろうという趣味はない。

 大切な人達が平和に過ごせていればいいし、それ以外がどうなろうと割と知った事ではない。

 ――が、それを差し引いたとしても、優雅の発言は千草の許容範囲を逸脱しすぎていた。

 5歳の誕生日。千草を庇って両親は死んだ。

 四宮の家を出てから二年後、梓は死んだ。

 千草の大切な人達は全て、妖魔が奪った。

 人と妖魔は表裏一体。

 そんなことは分かっている。だが、それは妖魔を恨まないというのとイコールではない。


「答えは最初から決まってる――ノーだ。天秤なんて知った事かよ」

自分はまだしも、信乃を妖魔側に置いてつり合うような天秤ふりょうひんなんて壊れてしまえばいい。

 というか、自分がぶっ壊す。


「やれやれ……青いね。その青さは致命的な結果をもたらすものだ」

「社長さんってのも考えもんだな。頭の中まで金が詰まってると見えるぜ」


 鼻血をハンカチで拭う優雅に、千草は吐き捨てた。


「ならばこちらも容赦はしないよ。君を拘束し、村雨から剥離する。この手を汚すのは忍びないが、ビジネスには犠牲は付きものだからね……」

「犠牲が出ないように足掻くのが普通だろうが。最初から勘定に入れてんじゃねえ――!」


 そう叫んで千草は殴りかける。


「ますます青い。そんな君には、仁賀村コーポレーションの真髄をお見せしよう――」

 優雅はいつの間にか手にしていたアタッシューケースを開き、その中から武器を取り出した。

「まずはYG-09。重量を自在にコントロールできるトンファー! 振るときは軽く、衝突する瞬間は重く! お値段19万8000円(税込み)!」

「ッ――」


 一撃が入る度に、千草はトラックに衝突したような衝撃を味わうことになった。

 優雅は止まらない。

 次々とアタッシューケースから武器を取り出し、千草を攻撃していく。


「次はYG-03。伸縮自在の槍。あらゆる間合いに対応してお値段21万9800円(税込み)!」

「次はYG-13。殴った際にマシンガン百発分の衝撃を与える炸裂式ガントレット! 衝撃から使用者を守るセーフティー付き。別売りのカートリッジで散弾を放つことも可能。お値段12万9800円(税込み)!」

「次はYG-03。霊力の限り標的を追い続ける追尾式投げナイフ! 1本4万9800円(税込み)! 5本セットでお得に20万円(税込み)!」


 まるでテレビショッピングをやっているように、優雅はアタッシュケースに収納された――どうやらこのアタッシュケースも普通ではない――武器を次々と千草に叩き付けた。

 だが、武器の力そのものは冗談で済む物では無い。

 一つ一つが、妖魔を打ち破るには必要充分すぎる威力を持っている。

 今まで戦いを社員達に任せていたが、決して優雅本人が劣っているという訳では無い。

 千草は防戦一方となった。

 先程から千草を苛む頭痛も、状況の悪化に拍車をかけていた。


「そして新製品!」


 優雅がアタッシュケースから取り出したのはロケットランチャーだった。


「YG-47。標的のみを破壊するロケットランチャー……お値段98万円! 追加弾頭は5万9800円! セット購入でますますお得!」


 引き金が引かれる。

 慌てて逃げようとするが、YZ-47の弾頭は宣伝文句に恥じぬ追尾性で千草に追いすがり、着弾。


「ぐあああああああああああああああああああ!?」


 これまた宣伝文句通り、破壊されたのは千草だけで、それ以外は何のダメージも受けていなかった。

 恐らく一撃で妖魔を撃破するというコンセプトで作られたであろうこのロケットランチャーの威力は尋常ではなく、千草は文字通り木っ端微塵になった。

 元々人間相手に使うにしてはオーバースペックすぎるので無理のないことではあるのだが。


「くそったれ、もう、10回以上死んだぞ……」


 なんとか体を元に戻すが、蓄積された痛みは千草に立ち上がる力すら奪っているようだった。

 それでもなんとかもがく千草を、優雅は顎を撫でながら見下ろした。


「君は何のために、そこまでするのかね? ビジネスは引き際もまた重要な要素だよ」

「決まってんだろ……信乃のトコ、行くんだ!」


 体が悲鳴を上げている。

 黙ってろ。どうせあいつの所に行ったらもっと痛くなるんだ。

 そもそも痛みとは身体の不調を伝えるためのシグナルだ。

 だが今の千草は五体満足健康そのもの。

 先程から腕がぶっ飛んだり首がぶっ飛んだり、しまいには部位の区別無くぶっ飛んだりしていたが、今は全て元通りになっている。

 なら問題ない――!


「君のその愚直さには経緯を表するがね……どうも分からないな。『紙の鬼』から色々話を聞いているけど、『鎧の鬼』――四宮信乃は、君がそこまで尽くすに値する存在なのか?」

「それは俺が決めることだ……!」

「確かにそうだ。だが彼女が君にしていた所業を考えると……いやそうか。君は記憶処理をされているのだったか。この際だし、それも解除してみよう」


 優雅はスマートをフォンを取り出し操作を始めた。

「YZ-13……記憶処理を誰でも簡単に行えるアプリだ。これは自慢ではないが、対魔師の五割がこのアプリを使っている計算になる……基本無料だが月額980円でプレミアム版に移行することもできるぞ!」


 優雅が千草に画面を向けた瞬間、画面が眩く発光し、千草の視界は白く染まった。


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