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鬼子

 滅茶苦茶馴れ馴れしいが、こんなオールバック野郎の知り合いになった記憶はない。

 記憶処理によって忘れた記憶の中で、知り合っていたのだろうか。

仁賀村優我にがむらゆうが――おまえ達も聞いたことがあるだろう」

「――! 仁賀村って、あの?」「さあ」


 信乃と千草の声は残念ながらハモらなかった。


「そう、対魔師専門の武器開発・製造兼対魔師師派遣サービスも手がける。『対魔業界で一番注目を受けている企業ランキング』5年連続1位の、もっともホットな会社さ!」


 まさかの自己申告である。


「……やはりな」

「今までの攻撃は……そういうことだったのね」

「? ? あのー、納得されてても困るんですけど。俺全然話が見えないんですが」


 へえ社長さんなのか。なんでここに? くらいの認識しか今の千草はないのだ。


「つまり、今までの対魔師も戦闘ヘリも、全てあいつの差し金ってこと」

「……マジかよ」

「多いにマジだとも。私の予定では正午あたりに済むと予想していたんだが……もう日が傾きそうじゃあないか。ビジネスとは思い通りにならないものだね」


 なんでもないと言うように、優我は言う。


「じゃあ、さっさと帰らせてくれないか? あんたらの作戦は失敗だ。対魔師共はもう壊滅――してるかどうかは分からねえけど、とにかく大体倒したはずだぜ」

「そこはイカサマでも全部殺したとか言っておけ弟子よ」

「そこじゃないでしょ。まずは人がどこに消えたのか聞かないと……」


 二人が口を挟んでくるが無視。


「元々ここにいた社員達は、我が社の中の問題児達でね。少しばかり整理が必要だと思っていた時期だったのさ……大分減らしてくれたようで助かったよ」

「聞いたか? 私達はいつの間にかゴミ処理業者になったみたいだ」


 夜見が肩をすくめる。


「が、それでも返すわけにはいかない。私は村雨を貰う。そのためにこれだけお膳立てをしたのだからね」

「厄介な事になってきたな……そろそろ潮時か」


 ぽつり、と優我に聞かれないように夜見が呟いたのを、千草の聴覚がとらえた。


「師匠? それはどう言う――」


 千草は言い終わる前に、夜見に蹴飛ばされた。


「いってえな! いきなり何――」


 信乃を巻きこんで転倒した千草は文句を言おうと起き上がり――硬直した。

 夜見は、腹を貫かれていた。

 海から出現した水の触手に。


「師匠――!」

「千草」


 口の端から血を流しながら、しかし苦悶の表情は浮かべずに、夜見はサイクロプスを千草に向かって投げた。


「――保険だ。せいぜい、うまく使え」


 それ以上は何もしないまま、夜見は水中へと引き込まれていった。

 海面が赤黒く濁ったのが見えた。


「おや……随分呆気ないな。てっきり、避けられると思ったのだが、ふむ。誤算は誤算でも嬉しい誤算というヤツだ」


 そう言って、優我は指を鳴らした。

 瞬間、異形の集団が千草達を取り囲む。

 敵は対魔師ではなく……


「妖魔……!?」


 さらに海面から、半魚人のような姿をした妖魔も飛び出してきた。 

 こいつが師匠を――そう思っただけで、体中の血が沸騰しそうになる。

 妖魔だけでなく、中には対魔師も紛れている。

 信乃は信じられないとばかりに首を振った。


「……あなたまさか、妖魔と手を組んだって言うの?」

「何のことかね? 私達はたまたま同じ場所に居合わせただけ……ただそれだけのことなのさ。その証拠に、私達の目的はまるで違う。まあもっとも……混戦になることは否定しないがね」


 優我が微笑んだ瞬間、敵が動いた。

 2人に向かって、武器や術を次々と繰り出していく。


「……ッ 信乃!」

「分かってる……!」


 再び戦いの火蓋が切られた。




 妖魔の爪が二の腕を掠め、血が流れる。


「……ッ」


 僅かに顔を顰めながら、信乃は妖魔の喉を掻き切った。

 もう何体の妖魔を殺しただろう。

 正に乱戦

 敵も味方もあったものではなく、優我側の対魔師の流れ弾で妖魔が爆散し、千草によって盾にされた対魔師が妖魔に食いちぎられる。

 デッキはあっと言う間に赤く染まった。

 地獄絵図を凝縮したような光景が、そこにあった。

 しかし倒しても倒しても、姿形が同じ妖魔が出てきて信乃に向かってくる。

 千草からはもう随分離れてしまった。

 実力面で不安が残る彼だが、随分持ちこたえているようだ。

 時々、腕や首が宙を舞ったりしているが、それでも捕まることなく命我翔音を使って敵を吹っ飛ばしていた。


「助けてくれぇ! 俺には妻と子どもが――」


 鉤爪使いの命乞いにも耳を貸さず、頭から真っ二つに切り裂いた。

 この対魔師と戦い、殺したのも初めてではない。

 その度に家族構成が変わっているので信用できるものではない。

 敵の命乞いを受け入れるという選択肢を、既に信乃は無くしていた。


「――お見事です」

「――ッ」


 反射的に振り向いた信乃は、その声の主の姿を見て驚愕した。


「あなたは……!」


 白い髪に白い肌。

 身に纏う和服も紙のように白い。

 紛れもなく、昨日姿を消した少女だった。


「ようやく会えましたね、我が主」


 しかし昨日と決定的に違う所は、髪をかき分けるように生えた二本の角。

 そのせいか、昨日は感じなかった妖魔の気配が吐き気をするくらい感じた。


「あなた、妖魔だったのね」

「ええ。我が名は白紙はくし――『紙の鬼』とも呼ばれております」


 ――鬼。

 妖魔の上位に存在する者達の総称。

 白紙のように限りなく人に近い姿の鬼もいれば、まさしく異形といったような鬼までいる。共通することは額から生える二本の角。


 仁賀村優我――とんでもない相手と組んでいたようだ。

 デッキチェアに寝転び、優雅に爪を切っている彼を思いっ切り峰打ちでぶん殴ってやりたい気分だった。

 ――ただでさえ敵の数が多いってのに鬼……最悪だ。

 単体でも手を焼く存在であるというのに、今回は嫌なオマケが多すぎるのだ。


「ご安心を。私は鬼の中では貧弱も貧弱――お話になりません」」


 心を見透かしたように、白紙は言った。


「随分、謙遜するのね」

「ええ。貴女様に比べれば、私如き、紙屑も同然でございます」

「……!」


 皮肉でも何でも無い。

 彼女の声も、表情も、目も、崇敬の色で染まっている。

 そしてその対象は――自分だ。


「巫山戯るな……!」

「戯れてなどおりませぬ」


 白紙は後方へ跳ぶと、虚空に紙と筆を出現させた。

 筆を振るった刹那、髪の中には三人の家族が描かれる。

 父親と母親、そしてその子ども。

 そしてその紙が発光した瞬間、彼らは二人の間に割り込むようにして具現化した。


「……!」


 人間だ。

 偽物には到底見えないくらい、彼らは人間だった。

 三人は脅えた目で信乃を見て、助けを求めた。

 信乃は反射的に刀を下ろし、籠手を纏っていない手を伸ばしかけたが――


「――甘いです」


 白紙によって作り出された家族は、彼女が作りだした猛牛型の妖魔によって粉々になった。

 血が、肉片が、宙を舞い、それらをかき分けてきた妖魔の突進を受ける。

角に当たることは防いだが、肋にヒビが入った。

 だが、信乃にとって自分の傷なんかどうでも良かった。


「貴様ァァァァ!」


 殺してやる。

 絶対に、殺してやる――!

 激昂した信乃の連撃が、白紙の頬に傷を付けた。


「やはり縛られている。人間を――人間如きを守ろうとするばかりに貴女様の剣は乱れ、鈍る。そうではないはずだ、貴女様の剣は――」

「黙れ! あなたに私の何が分かる。分かって、たまるか――!」


 目が眩むような火花が次々と散っていく。

 白紙は筆の間合いの外で、筆を振るった。

 筆先に染みた墨が筆の軌道を模した形状で信乃に向かって飛ぶ。

 信乃は頭をかがめてそれを避ける。

 が、墨は背後で爆発した。


「ッ――」


 爆風に煽られ蹈鞴を踏む。

 墨の爆撃はなおも続き、信乃の視界は全て煙に埋め尽くされた。

 煙を掻い潜り、猛牛型の妖魔が突進を繰り出す。

 それだけではなく、白紙によって生み出された妖魔が全方向から信乃を狙う――


「あまり、舐めるな――!」


 ――壊刃

 回し切りとして繰り出されたその一撃は、信乃に迫る全ての妖魔を切り飛ばし、滅した。

 霊力の奔流で視界が開ける。

 僅かに驚愕の色を見せる白紙に、刀を生成しつつ一瞬で肉薄。

 袈裟懸けに斬り、血が迸る。

 ――が、浅い。

 致命傷には至っていないことを、信乃は感触で分かった。


「――あなたは私が何も理解していないと仰いました」


 迸る血など意に介していないように、白紙は言った。


「だから、何」

「実際その通りではあるのです。あなたの人格を私は知らない。あなたの心を私はしらない。ですが一つだけ――たった一つだけ、知っていることがあります。絶対的な、事実を」


 信乃は床を蹴った。

 これ以上は喋らせない――!

 が、信乃の一撃を回避した白紙はあっさりと言った。


「――貴女様は妖魔です」






 四宮家が異形の一族とされる由縁。

 その決定的な出来事が起こったのは、彼の家が対魔の歴史に現れてしばらく経った時のこと。

 陰陽道が最盛期を迎える中、四宮家の対魔師は刀や槍などの武器で妖魔に対抗する者達が大半だった。

 彼らは己が体を極限まで鍛え挙げ、妖魔に立ち向かった。

 人々は彼らを英雄と呼んだ。

 だが――彼らは満足しなかった。


 足りない。

 極限まで鍛えてもまだ足りぬ。

 岩を穿つような力が足りぬ。

 嵐の如く駆ける速さが足りぬ。

 半身千切れても動く命が足りぬ。

 それは何のためだったのか。

 妖魔からより多くの人を守るためだったのか――もしくは、力そのものに溺れたか。


 四宮家の書庫に眠る書物では、そこまで解き明かすことは叶わない。

 そして彼らは、禁忌に手を出した。

 彼らは鬼の肉を食らい、血を啜った。

 妖魔の中でも最も強き存在。

 彼らを食らい、取り込み、力を得ようとした。

 一門全員が鬼の肉と血を口にした。


 そして当主の末娘を残し、全員狂死した。

 足りなかったのだ。極限まで鍛えても。

 唯一適合し、鬼の力を得た少女から、新たな四宮の歴史は紡がれていくことになる。

 人間でありながら鬼の力を得た四宮家。

 四宮の血を引く人間は程度の差こそあれど、常人より優れた身体能力と生命力を得る。


 対魔術の適性も皆高い。

 妖魔の力に手を出した彼らの子孫を煙たがる者もいたが、そんなものを気にするものなど殆ど無い。むしろ嘲りすら誉れと考える者が大半だった。


 しかし十六年前。四宮家を揺るがす事態が発生する。

 当時の当主から産まれた赤ん坊――それが事態の中心となった。

 ある者達は四宮の恥だと憤慨し、

 ある者達は鬼の祟りだと恐怖し、

 ある者達は彼女に待ち受けるであろう苦難を憂い、

 腹を痛めて産んだ母は面白いヤツだと爆笑した。


 赤ん坊の名は四宮信乃。

 人間の両親を持ちながら妖魔の、鬼の血が異様なまでに濃い娘。

 人間よりも鬼に近い肉体と精神を持つ少女。

 一部の者は彼女をこう呼んだ――鬼子、と。


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