合流と作戦
「逃げろ、信――」
言い終わる前に、千草は信乃の小脇に抱えられていた。
ドンッと空気を震わせて信乃は加速。
籠手でガラスを蹴破り空中へと飛田した瞬間、ミサイルが着弾した。
轟音と共に、操舵室が吹っ飛ぶ。
「~~~~~~~!?」
直撃を免れたものの、凄まじい爆風に体が引きちぎられそうだ。
「――千草!」
その一言で、信乃が何を求めているのか理解した。
このままでは爆風に煽られ海に落ちる。
命我翔音を射出し、船体に巻き付ける。
爆風の勢いを利用し、振り子の要領で千草達は甲板へと転がった。
「……信乃、大丈夫か!?」
「なんとかね……これくらいの傷ならすぐに治る」
信乃は少し火傷をしたようだが、重傷には至っていなかった。
対応が少しでも遅ければ、信乃は間違いなく重傷を負っていただろう。
しかし危機が去ったわけではない。
アパッチは再び千草達の前に姿を現し、30ミリの機関砲を撃ち出した。
「やべ――」
信乃を突き飛ばした瞬間、千草の上半身が木っ端微塵に吹き飛んだ。
全てがスローモーションのように映った。
突き飛ばされたと思ったら、千草の上半身がトマトみたいに吹き飛んだ。
ぎりりと歯を食いしばる。
慌てるな。千草は死んでいない。
だがこのままだったら――原形留めないくらいにズタズタにされる。
「これ以上は、させない……!」
信乃は千草を狙う機関砲の射線上に割り込んだ。
籠手から刀を生成した瞬間、機関砲が火を噴く。
先程とは違い連射。
1人の人間を殺すにはあまりにもオーバースペックな方法だったがしかし、それでも尚、足りない。
四宮の対魔師を――四宮信乃を相手取るとは則ちそう言うことである。
呼吸を整える暇すら無いまま、信乃は弾丸を次々と切り伏せた。
真っ二つになった弾丸は、軌道を逸れあらぬ方向へと飛び、甲板をズタズタにしていく。
刀と銃。
それぞれの得手不得手は存在するが、正面からぶつかり合った場合どちらに軍配があがるかと言うのは、歴史が既に証明している。
刀は――近接武器全般に言えることだが――間合いの外からの攻撃に弱い。
銃とはその弱点を極めて的確に突いてくる武器と言えよう。
だが、信乃はそれに対抗する術を既に身につけていた。
アウトレンジからの射撃で敗北すると言うのなら――その大元である弾丸を切ればいい。
その鍵となるのが、リズムだ。
どのようなリズムで銃弾が発射されるのか。
それを動体視力で見切り、そのリズムに合わせて刀を振るう。
言うが易しだが、無論簡単であるはずもない。
銃弾を斬る度に、骨が軋み筋繊維が千切れる感覚が信乃を苛む。
少しでもタイミングを見誤れば、信乃は死ぬ。
信乃が死ねば千草もやられる。
そんな結末は、絶対に避けねばならない。
刀も数回切っただけで刀身がボロボロになるが、信乃の術式で生成した刀は、どれだけ壊れても霊力が許す限りはダメージを取り繕うことが可能だ。
普通の刀で対抗しても、あっと言う間に刀身が限界を迎えて蜂の巣だったろう。
こればかりは、自分の体に流れる血に感謝をするしかない。
「いつつ、ようやく元に戻った……ってうるさ!? いやそっちじゃねえ何やってんだ!?」
体が再生した千草が、信乃の行動を見てぎょっと目を剥いた。
「見て分かるでしょ!? 銃弾切ってんのよ!」
銃声に負けないくらい、信乃は声を張り上げる。
「それは知ってるっつーか目の前の光景が理解できないっつーか……とにかくここはヤバい。中に戻らねえと!」
「分かった。出口は見つけた?」
「えーっとちょい待ち……あった。五十メートルくらい離れてる! お前から見て左方向!」
千草の命我翔音を使う方法も考えたが、対魔符を撃たれた時点で逃亡失敗となる。
であるならば――
「千草、合図したら全速力」
「了解……!」
一か八かだ。
全速力でダッシュして、船の中に逃げ込む。
「3、2、1――今!」
弾丸を切った直後、二人はかけ出した。
「うおおおおおおおおおおおおお!?」
2人の後を追うようにして、甲板の破片や椅子やテーブルやらが舞い上がっていく。
が、元々常人離れしている信乃は元より、火事場の馬鹿力を出した千草はなんとか銃弾の餌食にならずに済んだ。
二人はドアを蹴破るようにして――というか実際にミシバキィと蹴破り、転がるように船内へと逃げ込んだ。
それと同時に、銃撃も止む。
「どわあああああああああ!?」
「きゃああああ!?」
勢い余ったせいか、二人はつんのめり団子のようになりながら、壁に激突した。
「な、なんとか助かったみたいね……」
「振り出しに戻る、とも言うけどな……」
地獄に仏かと思ったら、実際は地獄に獄卒がいたという当たり前の話だった。
千草達は再び船内に逆戻りすることになった。
幸い敵とは遭遇せず、二人は客室の一つに逃げ込み作戦会議を行うことにした。
「なんでアパッチなんだよ……まさかコレ、米軍絡んでないだろうな。アメリカのお偉方が、四宮家相伝のジャパニーズブレードをご所望ってか?」
「さすがにそれは考えにくいけど……厄介な相手ってことは確かね。今も腕がジンジンするし」
何度も銃弾を切った信乃の腕は、小刻みに震えている。
「俺としては銃弾バカスカ切ってる方が信じられねーけどな……よくあんなことできるもんだ」
「遠距離攻撃をしてくる妖魔とか、銃を使う対魔師とも戦うこともあるし、持ってて不利益のある技じゃないもの」
「いやまーそりゃそうだけどさ。フツーはやろうと思ってできるもんじゃないんだって」
信乃がむすっと拗ねたような表情になった。
「前に千草が言ったんじゃない。『刀なんて銃で撃たれたら死ぬから弱い!』って」
「……あーそう言えばそんなこと言ったような気がしなくもないような」
小さい頃、信乃と喧嘩した時にそんなことを言っていたような気がする。
それに対して信乃はなんて言ったのだったか。
『銃なんて弾さえ切っちゃえばただのLの字っぽい何かよ!』
と言って千草が、
『じゃあやってみろよ!』
と返した当たりで互いに爆発して掴み合いになった記憶はあるが、それ以降はさっぱりだった……
「……まさかそれがきっかけで銃弾切る練習してましたってか?」
ふふんと信乃は得意そうな表情である。
「うん。山田さんに協力してもらって、なんとか実戦で使えるくらいには上達したわ。『お嬢、堪忍してつかあさい』って言われてすぐにゴム弾になっちゃったけど」
「そりゃそうだよ順当な反応だよ」
と言うか最初は実弾使わせてたのかよ。
ちなみに山田さんとは、四宮家に仕えている対魔師で、信乃のお世話係的な人である。
スキンヘッドのコワモテでとどめとばかりにサングラスをしているせいで、端から見ればヤーさんにしか見えないが、ちゃんとした対魔師だ。
四宮家にいた頃は千草も何度もお世話になった。
夜見と同じく銃をメインに使っている人だったが……とんでもないことに巻きこまれていたらしい。
無茶をやらかすお嬢様に振り回される山田さんの胃腸に思いを馳せたいところだが、今はそんな悠長なことをしている状況ではない。
「船で脱出するにしても、あのヘリをなんとかしないと無理だよな……ズルすぎるだろ、機関砲もミサイルも持ってるし、空飛んでるし」
よしんば救命艇に乗ることが出来たとしても、あっと言う間に機関砲で蜂の巣にされるか、ミサイルで木っ端微塵になるのがオチである。
「ああくそっ、どうすればいいんだよ本当に……」
「逃げるにせよ残るにせよ、放置していい相手でないことは確かだものね……私はできるのは弾丸を切るくらいで、直接撃墜することは多分難しいと思う。あとミサイルとかも危ないかも」
「銃弾切ってる時点で充分スゲーよ……けど、ミサイルはもう撃ってこないんじゃないか?」
「え……? あ、そうか。確かに高い位置にあった操舵室ならまだしも、甲板なんかに当てたら……」
「――沈没する。仲間がいる状態では取らない手段だ。まあもっとも、それは連中がそれなりにまともであることを考慮すればの話だがな」
信乃の言葉の続きを言いながら部屋に入ってきたのは、夜見だった。
「あ、生きてたんですか」
「当たり前だ。これくらいのことで私がくたばるか。おまえの方は?」
「両手の指に収まりきらない程死んで……ん?」
千草はひくひくと鼻を動かした。
「……師匠、煙草吸いましたね」
「なんのことだ?」
「師匠の周りから煙草の臭いがするんですよ……俺、あれだけ吸うなって言いましたよね」
煙草は百害あって一利なし。これを機会にまた吸い始めて受動喫煙するんもは絶対にゴメンだ。
「アレは大人の嗜みだ。それを子どものお前にガーガー言われる筋合いはない」
隠しておけないと思ったのか、夜見はふんぞり返り開き直った。
「……キノコも食えないくせに何が大人の嗜みだよ」
「ぐっ」
「帰った後はキノコ鍋にしましょう。暖まりますよ」
「おいやめろ。それは鍋に対する冒涜だ」
なんとも低次元の争いをしている2人に対して、信乃は待ったをかけた。
「煙草とキノコは今はどうだっていいでしょ。まずはあのヘリをなんとかしないと」
「そりゃまあ、違わないな……けど、こうなったらもう大丈夫だ。ね、師匠」
かくかくしかじかと説明すると、夜見はなるほどと頷いた。
「確かにこれは私向きだな……」
ニヤリと笑い、再び煙草に火を付け吸い、息を吐く。
「飛んでるヘリは、落とすに限る」
不敵に笑う夜見。
ちなみに煙草は、すぐ没収された。




