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羊羹とヘリコプター

「師匠―――――――! 助けてくれ~~~~~~~~~!」


 恥も外聞もあったものではなかった。

 廊下を爆走しながら、千草は叫んだ。


「なんなんだよ……!? 一体何なんだよこれは! こんなクリスマスプレゼント冗談じゃねえよ!」


 ナイフ男の襲撃はあくまで始まりに過ぎなかった。

 かれこれ数時間、千草達はひっきりなしに対魔師達の襲撃を仕掛けてきた。

 その度に撃退してはいるのだが、それでもここまでの数を相手にしなくてはいけないのはキツい。


「気持ちは分かるけど……ッ まずは目の前の敵を倒すことに集中して!」


 刀で対魔師の首をはねながら、信乃が言った。


「分かってるよ! でも文句言わなきゃやってらんないんだ!」


 言い返しながら、鎌使いの対魔師に向かって拳を叩き込む。

 命我翔音の術式が起動し、発生した衝撃波が対魔師の体に直撃した。

 壁まで吹っ飛ばされ、動かなくなる。生きてるか死んでるかは分からないが、ひとまずこの場から離脱するのが先決だ。


「本当に何人いるんだよ……」


 しかも襲撃者達がおかしいのは、似たような人物が何度も襲ってくるのだ。

 無駄に拘りの強いリボルバー使いは3回倒したし、先程倒した鎌使いはこれで4回目だ。

 外見や戦闘スタイルからして間違いなく同一人物なのだが、全員千草達とは初対面であるかのような口ぶりだった。


 このまま戦っていても、数で押しつぶされるのは目に見えている。

 おまけに千草達は手持ちの情報がほぼ皆無と言っていい状態であった。

 夜見と合流できたら言うこと無しだがしかし、この巨大な船内で、連絡手段も無しにたった1人の人間を探すことは極めて困難だった。

 だったら,連絡が取れそうな場所に行けばいいと、2人が向かったのは操舵室だった。 そこから船内放送で何かしらのメッセージを伝えられれば僥倖だ。


 鎌使い達を最後に敵とは出会わなかったのは幸いだった。

 千草は操舵室に入ると、扉に切り取った命我翔音を貼り付けた。

 既に霊力を注いだものだ。これで扉を開けようとする者がいれば、命我翔音が敗れて術式が起動する。

 哀れ侵入者は扉ごと吹っ飛ぶという寸法である。自分達が出るときは普通に剥がせば問題ない。


「ふぅ、こうしてりゃ安全……って信じたいとこだけどな。ん、どした信乃」


 信乃は深刻そうな表情で前を指さした。

 見れば、操舵室は誰もいなかった。

 そこまではいい。問題は、船を操舵するハンドルや計器類は人がいるかのように動いていると言うことだ。


「へぇ、船も完全自動操縦の時代が到来してたとはな。おったまげたぜ」


 無論、そんな筈は無いのだ。

 目の前に広がっている光景は、奇々怪々の産物であることは疑うまでもない。

 通信機と覚しきものを弄ってみたが、こちらの操作を受け付けようとはしなかった。船内放送を行うという千草達の目論見は見事に外れたことになる。


「でもまあ、休憩には丁度いいか……正直もう1ミリも動きたくねえ」


 そんなささやかな願いが神様に聞き入れられるかどうかは怪しいところだったが、言うだけならばタダだろう。

 楽な戦いではなかった。

 信乃は僅かに疲労の色を覗かせているが、それでも受けた傷はかすり傷程度に留まっている。一方千草は1人相手にするごとに、必ず1回は死んでいるような気がした。

 再生能力がなければ、信乃に付いていくことなど出来なかっただろう。

 頻繁に使ったせいで術式が焼き切れかけている命我翔音をまき直していると、信乃が一口羊羹を手渡した。

 それを見た瞬間、ぐるるとお腹が鳴る。

 朝食を食べた時から随分な時間が経っていることに加え、ずっと戦い通しだったこともあって、羊羹の甘みは体に染みた。


「やっぱりあって良かったでしょ?」

「こればっかりは認めるよ……」


 妙に得意げな表情の信乃に、千草も肩をすくめて笑った。

 一息ついたところで、今後の方針について話し合う。

「乗客乗員はもれなく行方不明。しかも電波妨害で外部への連絡も不可能……私達は今、完全に孤立しているわ」

「師匠もどこにいるか分からねーしな……おまけに、敵は分身してるし船は自動操縦だし、頭がこんがらがりそうだ」


 最初は妖魔の仕業かと思ったが、今まで戦った敵は全て対魔師――つまり人間だった。


「ま、俺達がすることは明々白々だな」

「そうね。私達がすべき事は――」

「――さっさとこの船からトンズラする」

「――敵を倒して行方不明になった乗客を助ける」

「ん?」

「え?」


 ハモらなかった。


「……おいおい。待てよ信乃。まさかこの船に乗った乗客全員助けるつもりか?」

「当たり前じゃない。そのためにどこに他の人達が消えてしまったのかを突き止めないと――」

「いーや違うね。問題は他の連中がどこに消えたのかじゃあない。他の連中が消えたのにどうして俺達が消えてなかったのかってことだろ?」


 主義主張が違えど、妖魔を倒すという一点はどの対魔師も同じはずだ。

 この現象が妖魔の仕業ならば、一致団結とはいかないまでも(多少足の引っ張り合いもするだろうが)、妖魔を倒すために動くはずだ。

 が、彼らはいの一番に2人を――いや、千草を狙っている。


「連中、俺のこと村雨って言ってたんだよな……訳分かんねえよ。あの刀と俺はまるで関係ないってのに。何かのデマに踊らされてんのか?」

「デマじゃない」


 信乃は静かに首を振った。


「今まで言ってなかったけど――千草の体には村雨が宿っているの。5年前から」


 突然の告白に、一瞬頭が付いてこなかった。


「俺の中に、村雨が……?」


 千草はあの刀のことはよく覚えていた。

 梓と共にあったあの刀は、他の刀をよく知らなかった当時の千草でも尋常ではない風格を持っていた。

 幼い頃、両親が目の前で殺され自分自身も死にかけていた所を助けたのは、梓と村雨だった。あの時の記憶は、今でも鮮烈に頭に焼き付いている。

 その刀が自分の中にあると言われても、まるで実感が湧かない。

 だが同時に納得もしていた。


 端から見れば反則極まりない再生能力……あれが村雨が宿った影響と考えるのならば、辻褄が合う。

 元々千草が四宮家で鍛錬を受けられなかった原因の一つが、対魔師としての素質がなかったからだ。

 夜見に引き取られ、再生能力が発現した時は狂喜乱舞したものだが……結局村雨の力で、自分自身の実力では無かったということか

 夜見が聞いていれば、だからどうした力は力だと鼻を鳴らすだろうが、それでも千草は少し悔しかった。

 あの村雨を宿しても、今の自分はこんなものなのだと思ってしまう。


「つーか、なんだってそんなことになってんだよ。村雨は当主の証だろ? なんでそれを、よそ者の俺の中に宿したんだよ」

「……ッ」


 信乃は目を伏せた。

 ……聞いて欲しい話ではなかったのだろうか

だったら話を変えようと千草が思った時、信乃は口を開いた。

「……5年前、千草は妖魔に襲われて瀕死の重傷を負ったの。助かる唯一の方法が千草に村雨の力を与えることだった。母さんは迷わず千草に村雨を宿させて、傷を癒やした」

「それが、俺が師匠に引き取られた理由か?」

 信乃は小さく頷く。

「なるほどな……確かにそれなら辻褄が合う。なんで四宮家から離れることになったのか思い出せなかったけどそういうことか。記憶処理されてたんだな」


 千草は親を妖魔に殺されてる。

 そんな奴がまた妖魔に殺されかけたとなれば、精神ショックも大きいと判断されたのだろう。

もしくは後々面倒なことになるから当事者の記憶を吹っ飛ばして、安全圏に隔離させるという思惑もあったかもしれない。

 モヤモヤしていたが、やっと謎が解けた。


「うん……そんなところ」


 だが信乃の顔色は優れない。まだ何かあるのだろうかと思ったが、それこそこれ以上言及するのはよろしくなさそうだと千草は判断した。

 どのみち力の謎は解けた。それでいいじゃないか。


「だったら、尚更脱出しないとじゃないか? なんで村雨のことがバレてんのかは知らねーけど、連中の狙いが俺だって言うのなら、さっさとおさらばした方がいいだろ。今こそ救命ボートの出番ってヤツだ」

「分かった。だったら千草を救命ボートに乗せる。そして私は残って連中の相手をする。これでいいわね」

「いいわけあるか」


 何故信乃はそれで千草が了承すると思ったのか。


「おまえも一緒に逃げるんだよ! 師匠も合流できればいいけど……まあ合流できなかったらできなかったで先に逃げればいいんだ」


 夜見の心配をするだけ無駄だ。


「けど、まだ他の人達がどこにいるのか分かってないのよ? 何もせず逃げるなんて!」

「できないって。仮に乗客全員死んだとしても信乃のせいじゃない! 信乃は悪くないんだよ!」


 ……仮に乗客が人質に取られてるような状況だったら、確実にこちらは負ける。

 千草は割り切れる。親しい人間が人質にいない限りは。

 だが信乃は割り切れない。

 それは紛れもなく彼女の優しさで、美徳で、そして大きな弱点だ。


「とにかく信乃の案は却下だ。さっさと逃げるぞ!」

「逃げるのは千草だけ。私は残って戦う!」

「それじゃ意味ないんだよ……!」

「千草は助かるから問題ないでしょ!?」

「だから! 俺だけ助かったってなぁ……!」


 完全に平行線だった。

 こうなったら力尽くでボートまで連れて行くべきか……いやでも正面から襲いかかって勝てる気がしない……と思っていると、バラバラバラと外から空気を切り裂く音が聞こえてきた。


「これは……」

「ヘリコプター……救助に来てくれたのか!?」


 口論を中断し、千草は窓に張り付く。

 専門家が乗っているヘリであれば心強いが、今はそんな贅沢は乗ってられない。


「おーい! ここだ! 助けてくれ!」


 バンバンとガラスを叩く。

 いや、いっそのこと外に出た方が効果的か……?

 そう思っていると、ヘリのシルエットが千草の目に飛び込んできた。


「……あ?」


 顔が思いっ切り引きつった。

 AH-64――通称アパッチ

 米軍で採用されている戦闘ヘリ。

 そのミサイルポッドの照準が――千草達に向けられていた。


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