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煙草と弾丸

 与田切夜見は銃声で目が覚めた。

 硝煙の臭いが鼻腔を刺激する。

 夜見は起き上がっていて、右腕を真っ直ぐ前に突きだしていた。

 その手に握られているのは超小型拳銃デリンジャー――ボンドアームズのサイクロプス44マグナム。


 すっぽり手に収まる小型サイズで、メインアームのレイジングブルと弾丸の規格が同じなので、そこそこ気に入っている。銃身にあるむっつり顔の単眼の巨人(サイクロプス)の刻印もチャーミングだ。

 この銃はいつも枕元に偲ばせているのだが……


「誰か撃ち殺したか?」


 そう言えば血の臭いも感じる。


「バカ弟子だったらまあいいやで済むが……ふむ」


 千草が聞いていたらブチ切れそうなことを言いながら、ベッドから下りる。

 ガスマスクを装着した対魔師が、眉間に大穴を開けて死んでいた。

 手にはサイレンサー付きのハンドガンが握られていた。

 寝ている隙を突いて殺そうとしたようだが、返り討ちにあったようだ。

 サイクロプスに新たな弾丸を装填し終わると、夜見は死体の検分を始めた。

 これは弟子がやっていたように、彼らの所属を確かめるため……


「……チッ 財布は無しか」


 ……ではなく、金目の物を探すためである。

 そもそもこの対魔師の裏に誰がいるかなんてどうでもいいし、大体予想がついていた。

 ひとまず銃は頂いておく。武器にもなるし金にもなる。

 こういう所が同業者から「死体あさり」と揶揄される原因なのだが、そんなこと夜見は知ったこっちゃない。


「他には……む、アメリカンスピリットか。悪くない趣味だな」


 煙草は千草が露骨に嫌がるので、最近はとんとご無沙汰だった。

 曰く、味覚が鈍感になって食事の楽しみが減る、とのことである。

 それを無視すると、千草はすぐさま報復に出た。

 椎茸ご飯にエリンギに豚肉のオイスターソース炒めにえのきと小松菜の辛子和え、とどめになめこの味噌汁という、夜見が特に嫌いなキノコを使った料理を毎晩出してきたのだ。

 ご丁寧に同じメニューではなく、毎日微妙に変えていたのがなんとも憎らしい。

 この報復は七日七番続き、とうとう夜見は音を上げて禁煙するに至ったのである。


 が、この状況で夜見は、煙草ともとの思いがけない再会を果たした。

 是非とも吸いたい。否、吸わなければならない気がした。十中八九千草にはバレるだろうが、その時はその時だ。

 寝起きにはもっとガツンとしたものを吸いたいが、贅沢は言ってられない。


「ライターライター……いや待て、それは自分のを使えばいいのか」


 すぐに火を付けられるライターは、煙草を吸わなくても使い道はあるので常に持ち歩いている。

 手慣れた動作で火を付け、煙を肺まで吸い込み、息を吐く。


「……これだこれ」


 人間、何かに寄り掛かって生きているものだ。夜見の場合はその一つがニコチンであるだけなのだ。

 満足げな表情で煙草をくわえながら、死体の装備品を漁っていく。


「通信機、か」


 それも心臓とケーブルが繋がっている。


「やはり敵は複数人か。そのうちここに押し寄せてくる可能性も高い、と」


 待ち伏せて迎え撃つのもいいが、千草の所在が気になった。


「まさかとは思うが、村雨のことがバレたか?」


 黒幕が夜見の予想通りならば、二人に任せるという方法もあったが、念のため探しに行くことにした。


「我ながら、弟子想いの師匠だな」


 ちなみに最初に師匠と呼び始めたのは千草の方で、夜見自身は別に師匠と呼べと言ったことは一度も無い。まあ師匠と呼ばれるとなんとなく気分が良くなるのは否定しないが。

 寝間着姿から着替え、ロングコートを羽織れば準備万端だ。

 悠々と部屋から出ると、夜見は周囲を見渡した。


「この時間に撃ったのに騒ぎになっていないと思ったら……なるほど、そういうことか」


 人の気配が、綺麗さっぱりなくなっていた。

 廊下に出てしばらく歩いた夜見は、目を細めその歩みを止めた。

 体を右にずらし反転した瞬間、銃声と共に、煙草が半分千切れ、宙を舞った。

 楽しみが半分減ったことに、夜見は顔を顰める。

 弾丸を避けることは日常茶飯事だったが、煙草を守りながら避ける動作はとんとご無沙汰だったのだ。

 ブランクに足下をすくわれる結果となってしまった。


「今のを避けるか……フッ さすが我が宿敵」


 曲がり角から姿を現したのは、何とも珍妙な格好をした男だった。


「誰だお前」

「私の名を知らぬとは……では教えよう」

「いや、いい」

「私の名はスミス・蜂野! 荒野の対魔師だ」


 テンガロンハットを指で弾きながら、蜂野は堂々と名乗りを上げた。

 ――どうやら人の話を聞かないタイプらしい。

 自分の事を二、三段ほど棚に上げつつ、夜見は蜂野を観察した。

 蜂野はカウボーイだった。

 正確に言うのならば、カウボーイのコスプレをした対魔師なのだが、衣装の一つ一つが無駄に使い込まれていて、クオリティーが無駄に高い。

 金髪と彫りの深い顔も相まって、西部劇の映画からコピーアンドペーストしてきたような塩梅である。

 夜見は思わず、彼の背後にタンブルウィード(西部劇で転がってるアレ)を幻視しそうになった。


「で、私に何の用だ。お仲間ならとっくにくたばったぞ」

「そんなことはどうでもいい!」


 仲間が殺されたのにどうでもいい、とは随分な言い草だったが、蜂野は知った事かと夜見を指さし叫んだ。


「与田切夜見。貴様に決闘を申し込む!」

「……決闘だと?」

「そうだ……任務なんてどうでもいい。私は与田切夜見、貴様と戦えるチャンスがあったからこそこの作戦に参加したのだ。そして今、それは達成されようとしている……!」

「何故私なんだ。どこかで恨みでも買ったか?」


 正直この手の恨みは数え切れない程買っているので、いちいち覚えてられないのだ。

 たまに、初対面の人間が夜見を恨んでいるケースもある。


「恨み? 違うな。ただどちらが上かをハッキリさせたい……それだけだ」

「どちらが上か、だと?」

「そうだ。同じリボルバー使いの頂点を極めんとする者同士、そこはハッキリさせねばならないのだ……!」


 そう言って蜂野が取り出したのは、コルト・シングルアクション・アーミー――またの名をピースメーカー。

 西部開拓時代に使われていたリボルバー拳銃で、西部劇の銃イコールピースメーカーと言っても差し支えない定番中の定番だ。

 使い込まれ具合を見る限り、あれはモデルガンを改造した物ではなく、正真正銘、西部開拓時代に使われていたものだろう。


「どうだいこのデザイン……! 美しいだろう? 特にこの銃把(グリップ)の滑らかな曲線と言ったら……そしてそこに繋がってる銃身も歴史を感じさせてくれる。何でもかんでもキラキラ輝いていればいいというものではないよ。最早芸術品だ。いやだが、飾ってしまってはそれは最早銃ではない! 銃はやはり使ってこそ、撃ってこそだ!」

「そうか」


 夜見の反応は素っ気ないものだったが、蜂野はそれで満足したらしい。と言うか、自分の愛銃について話すだけでご満悦らしかった。


「やはり銃はリボルバーに限る。オートマチックだの機関銃だの、どうも下品でいけない。無論それは君も承知の上だろうが……しかし惜しいね。銃のチョイスは今ひとつのようだ。あの下品なレイジングブルでなければ、君はもう少し輝けるのに」

「……下品だと?」

「ああ。態々銃身に名前が書いてあるのがいけない。銃はその在り方だけで存在を示すものだ。文字なんて情報はノイズでしかない。どうだろう。君がいいと言うのなら、予備用のを一丁進呈しようか? 丁度もう一丁持っていてね」

「結構だ。それで、決闘の方式はなんだ?」

「無論! 早撃ちだ!」


 手慣れた動きでピースメーカーをスピンさせ、ホルスターに収めた。


「互いに背中合わせからの十歩でズドン、という訳か」

「もう少し捻った表現をして欲しかったが、概ねその通りだとも」

「したいのならば勝手にしろ」


 そう言って夜見は蜂野に接近し、目と鼻の先程度の距離でくるりと背を向けた。

 蜂野も背を向ける。

 ここから十歩、歩いた後に振り向き撃つ。

 この二十一世紀にこんなクラシカルな光景が出来上がるとは。


「では始めよう、1、2、3、」


 心なしか弾んだ声で蜂野がカウントを開始する。


「4、5、6」


 互いの足音が、がらんとした廊下に響いた。


「7、8、9――」


 夜見は煙草の煙を深く吸い込んだ。


「――10!」


 弾かれたように蜂野は振り向いた。

 この後の動作は彼の身に染みこんでいる。

 最低限の動作でホルスターからピースメーカーを抜き、腰だめに構える動作に合わせて撃鉄を起こし、標準が定まった瞬間撃つ――その勘僅か0.31秒。


 まさに早業。

 リボルバーを使った決闘であるならば、彼の早撃ちに抗える者だとそうそういまい。

 例え夜見でも難しいだろう――


「――へ?」


 ――が、蜂野は振り向いた瞬間硬直した。

 彼のピースメーカーは、ホルスターに半分だけ収まった中途半端な状態で止まっている。

 一方夜見は、煙草を燻らせリラックスした状態で構えていた。

 それも、カウント前とまったく同じ位置で。

 蜂野の耳を欺くために、それっぽく足音を立てていただけなのだ。


 カウントが3になる頃には振り向いていた。

 カウントが5になる頃には銃を取り出し、

 カウントが7になる頃には安全装置を外し、

 カウントが9になる頃には、照準を定めていた。


 とは言え、カウントが行われていた間、夜見がどうしていたのかなんてことは、蜂野が知るはずもない。

 蜂野が固まった最たる要因は、夜見が手にしていた銃だった。

 彼が予想していたトーラス・レイジングブルではなかった。

 さらに言うのならばリボルバーでもなかった。

 なんならハンドガンですらない。


 イングラムM10。

 装填弾数三十二発。

 九ミリパラベラム弾をフルオートで撃ち出す――短機関銃サブマシンガンである。

 カウント10、引き金を引いた。


「ふおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!?」


 一瞬で蜂野は蜂の巣になった。

 血を撒き散らしながら、どうと地面に倒れる。


「ひ、卑怯者め……それが、リボルバー使いのやる、ことか……!」


 息も絶え絶えの蜂野を見下ろし、夜見は肩をすくめた。


「誰がおまえの決闘に乗ると言った? 私は勝手にしろと言ったのだ。おまえは勝手に決闘の方式で撃とうとした……そして私は勝手にM10をぶっ放した。それだけだ」


 リボルバーの早撃ちでスミス・蜂野で勝てる者はいない。

 ではどうやって勝つか?

 単純シンプルだ。

 早撃ちでもなんでもない状態で、別の銃を使えば良いのである。

 夜見は悠々とレイジングブルを取り出し、眉間に構える。


「やはり、下品な、銃だ……せめて私の、ピースメーカーで……」


 銃声。

 蜂野の体から力が抜けた。


「リボルバー使い、か。別に自分から名乗った覚えはないのだがな」


 メインアームにレイジングブルを選んだのは、あくまで自分の術式に一番合っていたからに過ぎない。 

 まあ愛着があるのは否定しないが、夜見は状況に応じて銃を使い分ける派なのだ。


「だが、あの銃は悪くなかったな……貰っておこう。予備用もあるとか言ってたしな」


 態々銃の部分に、弾が当たらないようにしたのはこのためだった。 

 蜂野に握られていたピースメーカー、さらにもう一方のホルスターからもう一丁のピースメーカーと弾薬類を回収し、ロングコートの内側に収納した。


「さて、今度こそバカ弟子を探しに行くか」


 もう一本煙草をくわえ、歩き出す。


「……案外、助けはいらないかもしれないがな」


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