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混ざり者

「あーあー、避けられちまった」


 舌打ち混じりに言って、ナイフ男は床に着地する。

 整体師もお手上げしそうな猫背だが、それでも千草の頭二つ分くらい背が高い。


「ガキのくせに中々動けるなぁ。やっぱりそれも四宮の血ってヤツか……いいなあ、ずりいよなぁ」

「人間……?」


 襲撃者は妖魔ではなかった。異様ななりだったが、紛れもなく人間だ。


「勿論だぜぇ。混じりっけなし(、、、、、、、)の、本当の人間さぁ」


 信乃の顔が僅かに強ばる。


「……あなた、対魔師ですよね。この船は今、妖魔の攻撃を受けているんです。内輪もめしている場合じゃ――」

「知った事かよォ! 俺の狙いは村雨だァ――!」


 鍵馬は唾を飛ばし、駆けだした。

 ――村雨が狙い!?

 であればと、千草は信乃の前に出る。


「バカ! 千草は下がってて!」

「でもあいつの狙いは――」

「私じゃない! 奴の狙いあなたよ!」


 訳が分からぬまま、信乃に蹴り飛ばされ、千草は床の上を転がった。

 信乃は手の甲を噛み、籠手を生成。ナイフ男の攻撃を防ぐ。

 ナイフ男はニィと、口元を吊り上げる。

 瞬間、腕が縦に裂けるように展開し、信乃を襲った。


「――ッ」


 信乃は跳躍して回避するが、頬が避けて血が流れた。


「サイバネかよ……!」


 生身の腕を機械に置換する技術。表の世界ではまだまだ義手義足くらいの役割しかないが、対魔師の中には武器として利用する者が大半だ。

 もう片方の腕も割け、ナイフ男は四本腕となって、千草の方へ向かってくる。

 反射的に腕を交差させて守ろうとするが、ナイフ相手にそれは無謀すぎた。

 両腕があっさり切断され、膝蹴りが腹に決まった。

 テーブルと椅子を盛大に巻きこんで、千草は吹っ飛んだ。


 食べたばかりの朝食が逆流しないように必死に堪える。腕が切られたことよりも、美味しかった朝食を無様にぶちまけないようにすることのほうが重要だった。

 ぶちまけられた食べ物を元に戻すことは出来ないが、腕はそれが容易だからだ。

 蒼い炎と共に、瞬く間に腕が再生する。


「斬っても元通りかよ……反則じゃねえかぁ!」


 ナイフ男の追撃に対して、千草は命我翔音を伸ばしてシャンデリアに巻き付け、天井へと逃れた。

 信乃は籠手から刀を生成し斬りかかるが、分裂した二本の腕がそれを阻む。

 ナイフ男の視線は千草を捉えたままにも関わらず、背後からの攻撃にも対応して見せた。

 彼が何者かは知らなかったが、油断ならない相手であることだけは確かだった。


 ――あの腕をなんとかしないとな。

 信乃と僅かに目が合い、小さく頷き合う。

 やはり信乃も同じ事を考えていたらしい。


「二対一なんてズルい奴らだなぁ……」

「だからなんだ!」

「俺は真面目だからよォ……他人のズルは見過ごせねーんだよ! 俺より得する奴らは許さねェ――!」

「知るかぁ! こういうところ(レストラン)で刃物振り回してんじゃねぇ――!」


 シャンデリアから命我翔音を離し、落下するよりも早く、命我翔音をナイフ男に向けて伸ばす。

 が、それは本人を拘束する前に細切れにされた。


「そんなトロい動きで縛れると思ってんのかァー!?」

「思ってねーよ……!」


 千草が天井を蹴るのと同時に、細切れにされた命我翔音が次々と炸裂した。

 命我翔音は霊力を通すことで衝撃波を発生させる。

 切断されても、霊力が既に通っているのならば、炸裂させることは可能――!

 ナイフ男の体が傾く。

 ――今だ!

 しかしナイフ使いは笑った。

 服を突き破って姿を現したのは、二本の隠し腕。

 その手にもナイフは握られている。


 千草は一瞬で解体された。

 首、右腕、左腕、胴体、右脚、左脚。

 バラバラになって、床に転がる。


「ズルするヤツにはバチが当たるんだよォー! これでボーナスは俺のモンだ――あ?」


 ナイフ男は戸惑いの声をあげた。

 体が動かない。

 何故か?

 拘束されているからだ。

 千草の命我翔音によって。

 バラバラになったとしても、まるで動けない訳ではない。

 首だけになった状態で、千草はあらん限り叫んだ。


「信乃――!」


 風が吹いた。

 ナイフ男が持つ腕、計六本。

 その全てが、一瞬で切断されていた。


「ギャアアアアアアアアアア!? 俺の腕ええええええええええええ!?」


 信乃は籠手を纏った手でナイフ男の首根っこを掴み、壁に叩き付けた。

 その威力に、壁は無数の亀裂を生み出した。


「ここで手を引くと言うなら見逃してあげる。そうじゃないなら……殺すわ」


 千草のいる場所からは、信乃がどんな表情をしているのか分からない。

 が、ナイフ男に二択を突きつける信乃の声は、ぞっとするほど冷たかった。


「ふざけっんなぁ……混ざりモンのクセに、見下してんじゃね――」


 ごきり

 鈍い音と共に、ナイフ男の首が不自然な方向に曲がる。

 それで終わった。

 唾を飛ばし足りないと言わんばかりの表情の男は、自分がどのような最後を迎えたか、理解できぬまま逝ったのだろう。

 信乃はナイフ男の死体をゴミのように放り棄て、千草の元へ来た。


「千草、大丈夫?」

「……あー、死ぬ程痛い以外は問題ない。ちょっと待っててくれ」


 千草の修復のパターンは主に二つで、一つは新たに生えてくる修復、もう一つは結合する修復だ。今回は後者らしく、パズルみたいに体が繋がっていく。


「首首……あれ、どこだ」


 最後は首を胴体に乗っけて完成なのだが、体が視界に入っていないので中々難儀である。


「ちょっと動かないで、こうして……ほら、できた」


 信乃が首を胴体に乗せてくれたので、無事肉体の修復は完了した。


「サンキュー信乃。つーか、そっちこそ大丈夫なのかよ」

「別に、大きな怪我もしてないし」

「じゃなくてその……」


 人を殺して大丈夫なのか、とはっきり言うことはできなかった。

 無論ここで倫理のお話をする気は毛頭ない。

 あっちは完全に殺る気だった。

 反撃しなくてはやられていたのはこちらだった。

 それはいい。


 対魔師同士の戦いは推奨されていないが、発生した時に委員会が後始末をしてくれる。

 が、いくら外法の存在であったとしても、信乃は人を殺して愉快になるタイプの人間だとは思えない。

 それは今の信乃の顔を見れば明らかだ。


「こういうこと、特に珍しくないから。千草の方こそ、大丈夫? 思いっ切り人が死ぬところ見せちゃったけど」

「気分爽快、とまではいかないけどな。まあ、仕方ないってヤツだよ」


 善人ぶるつもりはない。

 対魔師同士の殺し合いというのは案外珍しいものでもない。

 仮に殺したとしても罪に問われることも無いし、殺されても何も文句は言えない。

 あくまで自己責任なのだ。

 千草とてそれは割り切っている。

 が、信乃はどうもそうではないらしく、痛みを堪えるような表情だった。


 自分の手で人を殺したと言うこともあるだろうが――混ざり者、そう言われたことも大きいようだ。

 それは四宮家の在り方が大きく関わっている。

 遙か昔――平安時代にまで遡る。

 今よりも遥かに妖魔が脅威として恐れられていた時代。有名な対魔の家は大体この事態から始まった。


 四宮家も例外ではない。

 対魔師達は様々な方法で妖魔に対抗する術を身につけていた。

 そして四宮家が取った方法は余りにも道から外れたものだった。

 当時は勿論、時代が進み、様々な対魔師の在り方が存在する昨今でも嫌悪感を隠さない対魔師が多いくらいには。


 これが四宮家が一部の同業者から『混ざり者』と揶揄される理由である。

 信乃は昔から、それを人一倍気にしているのだ。

 千草はんんっと咳払いして言った。


「えーっと信乃、雑穀ご飯って美味いよな」

「いやいきなり何言ってんの?」


 突然変なことを言い出した幼馴染みに、信乃は目をぱちぱちと瞬かせる。


「あれって米以外にも色々入ってるからこそ美味いんだろ。だからアレだ、多少別の血が混ざってたほうが味があるといいますか……」


 今すぐ自分の頭をピストルで撃ち抜きたかった。

 本当に何を言ってんだ俺は。

 フォローするにしてももう少しなんかあるだろ、バカなのか?

 言った側から内心後悔に苛まれていると、信乃がぷっと吹き出した。


「あはははは……! 何言ってんの、本当に……!」


 ひとしきり笑うと、信乃は滲んでいた涙を拭った。


「……ふぅ、なんか分かった気がする」

「何が?」

「千草がモテない理由」

「なんでそんな嬉しそうなんだよ!?」


 少々納得がいかない結末ではあったが、信乃に笑顔が戻ってくれたのは僥倖と言うべきだろう。


「さて、じゃあ次はこっちだな」


 千草は死体に近づくと、検分を始めた。


「師匠がよくやってるけど、実際にやるのは初めてだな……」


 もっとも彼女の場合は、金目の物をいただくことが目的だったが、千草の狙いはそこではない。


「彼がどこの所属が調べるって事?」


 同業者なだけあって、信乃は千草の狙いをすぐに理解した。


「まあな。コイツが乗客丸ごと消しちまうような術式の持ち主だとは思えない」

「だったら他に協力者いる、か……」

「そゆコト。通信機なりドックタグがあればはっきりするんだけどな……お、噂をすればだ」


 千草が見つけたのは、小型の通信機だ。


「これではっきりしたわね。ボーナスとか言ってた時点で嫌な予感はしてたけど、敵は彼だけじゃない……」


 あまり歓迎したくはない情報だが、何も知らないよりは遥かにマシだ。


「こーゆーシチュエーションだったら、通信機で相手の状況を把握して敵をぶっ潰すってのが定番だよな……あ? なんだこれ」


 よく見ると、通信機の先にはケーブルがあり、何かに繋がっていた。


「……! まさか」


 顔色が変えた信乃は、衣服を引きちぎり、死体の胸元を露わにした。

 肋が浮いたその胸部に張り付いていたのは、ケーブルに繋がったパッドだった。


「千草! 今すぐここから離れるわよ!」

「どういうことだ?」

「あれはただの通信機じゃない。心臓が止まるのを検知してそれを他の端末と共有することが出来るの! その座標もね!」


 千草も血の気が引いた。


「クソッ、てことはここで死んだことが丸わかりってコトかよ……!」


 そして殺した人間はその近くにいると考えるのは当然の流れだ。

 ナイフ男が生命活動を停止してから結構な時間が流れている。少なくとも、敵側がそれを知るのには充分な時間が流れただろう。

 つまり……ここに敵が押し寄せてくるということだ。


「分かった。さっさと移動して――信乃?」


 信乃は強ばった表情でレストランの入り口を睨んでいる。

 千草にも遅れて聞こえてきた。

 こちらに向けてやってくる、無数の足跡が。


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