明日香ふたたび
「明日香さんはどんな夢が見たいですか?」
この頃僕は明日香に対して敬語だった。
実際明日香はかなり僕より生まれた時は先だった。
でも数年はコールドスリープしていて、装置の外で過ごした時間は僕の方が長いはずだ。
でも明日香は僕よりも大人びて見えた。
「何でそんな事を聞くの?」
明日香の口調は出会った時から今まで変わらない。
ずっとタメ口だ。
そりゃそうか、歳上なんだから。
明日香の両親は明日香がコールドスリープしている間に事故死したらしい。
後に酔った研究者に聞かされる。
『明日香の両親は他殺じゃないか?』と。
明日香の両親は明日香の『非人間的な扱い』に抗議していたらしい。
だが、この国を救うために明日香にはコールドスリープしていてもらわなきゃならない。
そんな時、この国の政府が疎ましく思っていた両親が『偶然』事故死した。
僕は『くだらない陰謀論だ』と自分の考えを打ち消した。
自分の能力を開発した連中が『殺人者』だとは思いたくなかったのだ。
葬儀の時も明日香はコールドスリープしたままだった、と。
「しょうがないわよ。
私一人の心情が世界の命運より優先される事は有り得ないもの」
達観したように言う明日香に対して僕は逆に感情移入した。
『出来るだけ明日香に不自由なく過ごしてもらおう』と。
「僕が明日香さんの見たい夢を見せます!」
僕は明日香の手を握り宣言した。
「『この世界にとって』悪夢じゃなければどんな夢でも良いんじゃない?」
「どんな夢でも良いんだったら、楽しい夢の方が良いんじゃないでしょうか?
世の中には『毒にも薬にもならない出来事』というモノがいくらでもあります。
僕は明日香さんに『毒にも薬にもならない夢』をこれから沢山見せるでしょう。
その夢が明日香さんにとって『楽しい夢』か『苦しい夢』かなんて、この国の偉い人らには興味ないんですよ」
この時、初めて明日香が僕の顔を見たと思う。
明日香は見たい夢を細かく大学ノートに書き出した。
どうも明日香は設定に凝る性格らしい。
僕はビッシリと大学ノートに書かれた『夢の設定』を見て「要らん事を言ったかも」と少し後悔した。
しかし程なく僕は自分の考えの甘さを思い知る。
『この国にとって毒にも薬にもならない夢』を明日香に見せよう、と言う研究者も確かに沢山いた。
しかし、一部には『この国の利益になる夢を明日香に見せよう』と思っていた研究者がいた。
その研究者の中に『明日香の夢の力を軍事利用しよう』と考えている者がいた。
しかしそう考えていた者達は後から考えると『まともな部類』だった。
何故なら彼らには理性が、良心があったからだ。
研究者の中には終末思想に取り憑かれたカルト教団信徒、マッドサイエンティストが混じっていたからだ。
ヤツらは周りの人間、この国、この世界がどうなるかなど全く考えていなかった。