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金の森の娘  作者: 長谷なた
第一章
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婚約者

 旅の疲れはあるが、リザベルの到着が遅れたために、婚約者との面会時間が間近に迫ってきている。昨夜の顛末も父に語りたいと思っても、そんな時間はない。


「とうさま、ドアリン家の方では、どのようにおっしゃっているのでしょうか?」

「それがなぁ。話をしたい、と持ちかけてきたのはベキオくん本人でね。本日の会談が済むまでは父君への問い合わせは控えてほしい、と一方的に通告をしてきたんだよ。具体的な説明は、まだないんだ。ただ、リザベルと会った際に明らかにするとだけ」

「婚約を白紙にしたい、というのはドアリン様からのお話ではなかったのですか?」

「う、うぅむ。どうもベキオくんの独断のような感じがするんだよねぇ」


 ともあれリザベルにとっては“良い報せ”である。

 苦悶に満ちた声をあげたジョイスは、首をふりながら、とつとつと語った。


「ドアリン家への返済の目途がつきそうだ、と手紙で知らせたよね」

「ええ。かあさまと妹たちと、エリやサミーら使用人も含めた皆と、お茶で祝杯をあげたもの」


 ジョイスは相好を崩してうなずいた。これこそ、領地をあげて奮闘してきた成果だ。

 ドアリン家子息とカーマイン家の顔合わせの後、家族一丸となって『傲岸不遜な婿はいらない。あの男にカーマインの花であるリザベルはもったいなさすぎる!』という結論に達した。

 おごりたかぶった態度を変えようともせず「たいしたことのない小領地の家に入ってやるのだからありがたく思え」などと言いながら鼻を鳴らすような男だったのだ。

 その場にいたエリから話を聞いた他の使用人達も、全員が迷うことなくドアリン家に対する敵愾心を強めた。事ここに至り、『婚約解消』のために早期の借金完済を目指すのが、カーマイン領全体の崇高な目標となった。

 ちなみに村民にも、なぜかカーマイン家の事情が筒抜けとなっている。通常であれば、名家の家内情報が漏れるなどありえない。ところがカーマイン家の使用人のほとんどが、村出身者なのだ。推して知るべし、である。

 ところがリザベルの考えは違った。借金返済に血まなこになったら皆の生活はどうなる、とりあえずの婚約もやむなし、と覚悟を決めていたのだ。だがしかし、結局は身売り同然の結婚反対の勢力にタジタジとなってしまった。実はリザベルも、内心は納得していなかったのだが。

 母は働いた。リザベルも妹達も働いた。ぎりぎりの安い給金でも使用人達からは一言の文句も出ず、きりきりと日々の業務をこなした。領民も畑仕事に牧畜に紡錘に、と協力を惜しまなかった。

 特に村の子ども達は、リザベルさまの一大事、とばかりに目の色を変えた。

 リザベルさまは、親が忙しくてかまっていられない幼い子らを集めては世話をしてくれた。その時は三女のロザリアさま、四女のマリアンヌさまもいっしょだ。

 リザベルさまのすぐ下の妹君のエミリアさまは、挿絵つきの本を読んで聞かせてくれた。エミリアさまは、物静かで本と魔法具のお好きなお嬢さまだ。エミリアさまは、読み聞かせがとってもお上手だ。エミリアさまを誘ってくださったのはリザベルさまだ。

 リザベルさまは、どうしようもなく拗ねた子どもも含めて粘り強く文字を教えてくれた。おかげで村の識字率が上がった。親も夜なべの傍ら、子ども達から教わるからだ。

 リザベルさまとエミリアさまは、干したベリーを使った焼き菓子を子どもらに分けてくれた。

 川に入って遊んだ。

 森に入ってグミの実や野性のベリーを摘んだりもした。

 リザベルさまは虫がちょっとだけ苦手だけど、エミリアさまは平気だ。ロザリアさまは村の子どもといっしょになって転げまわる。マリアンヌさまはおしゃまな女の子達といっしょに摘んだ花で髪を飾りたてたりする。

 大人達は言う。リザベルさまは、お母上の執務というもののお手伝いをしたり、森の手入れや畑の収穫について話し合ったり、毛糸や小麦の値段について商人と交渉したり、とてもお忙しい。だから、あまりお手をわずらわせては駄目だ、と。

 でも子どもらは、リザベルさまと原っぱを駆けまわるのが大好きなのだ。

 だからこそ、皆が一所懸命になった。

 カーマイン領の深い森からは一筋の川が流れ出ている。川底の砂の中には結晶石の欠片が沈んでいることがあった。拾い集めて行商人に売ると、子どもの小遣い程度の銭が稼げる。

 このお金を借財に充ててもらおう、という機運が子ども達の間で高まった。村の子ども達ばかりでなくリザベルの下の二人の妹君も含めて、冷たい流れにもかかわらず川に入るようになった。リザベルとしては、とんでもないことだったが、誰もやめようとはしなかった。

 どうやら行商人は、それらの欠片をどこかへ持ち込み、高値で売りさばくらしい。結晶石の欠片は、専用の魔法具によって溶かされてから大きな塊にされると聞いた。当然、純粋な結晶石の塊よりは品質は落ちる。そんな、加工された結晶石は、安値で平民の間に流通するはずだ。

 カーマイン領の人々には伝手も技術もないから、結晶石の欠片をただ集めては換金するしかない。ちなみに子ども達は、結晶石の欠片をどこで手に入れるのか、行商人に決して教えることはない。これは村の秘密だ。幾度もお菓子で釣られたり、後を尾けられたりすることもあったが、子ども達は上手にかわしていた。

 カーマインの領民は、頑健な心と体を持ち、思いやり深い。そして意外なことに実際的な思考の持ち主が多い。生活の糧である森を、訳の分からない名家に牛耳られては差しさわりが生じるどころではないのだ。ならば領主家を守らねばならないのも必然だろう。

 そんな領民の思いに、ジョイスは目頭をおさえる。ただし、カーマイン家の実情が村人に筒抜けになっているのはいただけないが……。


「完済した暁には、リザベルとベキオくんの婚約の白紙をお願いしようとしたんだが」


 ドアリン氏のありえないほどの威圧感で、話を進めることができなかった、とジョイスはうなだれる。相手の家格は上で、そう簡単に反論もできない。

 しかし、ジョイスはがんばった。がんばって『婚約の白紙』を口の端に乗せた。ところがドアリン氏は、それを無視したのだ。「白紙はありえない。身のほどをわきまえるように」と。

 ジョイスは、追い立てられるようにドアリン家を後にすることになった。


「ここまで来ると、異常だと感じたんだよ」

「そうですね。ベキオ様御本人よりも、父君であるガーズ・キルケニー・ドアリン氏の方がカーマイン領にこだわっているように思えます。ドアリン家ならば、貧乏家ではない相応の婿入り先を選べるでしょうに」

「その通りだよ。ドアリン家御子息のお相手として選ぶにしては、我が家は足りていない」


 そもそもベキオがリザベルに惚れ込んでいるというわけでもない。どうやらリザベルは、ベキオの好みから完全に外れているようなのだ。これまでリザベルは、ベキオの傲慢でおざなりで失礼極まりない態度に対し、憤懣やるかたない思いを抱いてきた。

 やはりこの婚約は、父親のガーズ・キルケニーの事情によるものとしか考えられない。それにしても理由がまったく見えてこない。


「わたし達には想像もつかない利が、カーマイン領にはあるのでしょうか」

「うーん、これといった特産品もなく、特筆する点と言えば森しかない領地なのに? 先代も、領地に何かしらの曰く因縁があるようなことを臭わせるようなことはなかったねぇ」


 父娘が、そろって首をかしげる。


「とうさま、ベキオ様からの婚約の白紙撤回の申し入れに関して、父君のガーズ・キルケニー・ドアリン様は御存じなのでしょうか」

「先日の勢いから考えると、今になって考えを変えるとは思えないね。知らないんじゃないかな」

「ベキオ様の独断専行の可能性があるのかもしれませんね」

「それならそれで、かまわないと思うがね」


 にやりと笑うジョイスにつられて、リザベルも口角をあげた。



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