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金の森の娘  作者: 長谷なた
第一章
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金糸樹

 話は戻って。

 金糸樹の周囲に設置された魔法具の誘導によって、放出された魔力は、すべて地下に浸み込んでゆき、やがて結晶石となる。やがて結晶石は、惹かれるように地上へ顔を出し、人はその結晶石を掘り出して、魔法具に利用する。「タケノコのようだね」などと揶揄するのは誰だったか。

 ただし結晶石のできるのは、金糸の森の木が、自生あるいは植樹された場所近辺と決まっている。この結晶石産出の原理に関しては、テミスの者しか知らない。他国の者が知れば結晶石を欲してテミスに押し寄せ、金糸樹の森は荒廃してしまうことが予想できるからだ。

 ゆえにテミスは、大陸で唯一の結晶石輸出国家だ。結晶石はカンバーの販売網を使って各国に売り渡される。各国はあらゆる手段を弄して結晶石産出に関する情報を手に入れようとするが、テミスとしては、すべて無駄なことでしかないと考えている。

 現代では、大気中の魔力の含有量は、ゼロに近くなっている。金糸樹が放出する魔力のほぼすべてを結晶石として貯蔵させることができるようになったからだ、とテミスにあるカンバー魔法具研究所では結論付けている。

 遠い過去には、魔力を体内に温存し魔法具なしでも魔法を行使する魔法師あるいは魔法使いがいた。それらは名家出身者でもあった。これは幻獣との契約のせいだけではなく、金糸樹から放出される魔力が結晶石になりきれず、大気中や地表に垂れ流し状態だったからでもある。

 現在も、わずかだが大陸の生き物の体内には魔力が温存されている。大気中の魔力が決してゼロにならないためだ。

 人は体内に温存されたわずかな魔力を使い、魔法具の起動に利用する。起動できれば、後は結晶石に溜めこまれた魔力だけで魔法具は作動し続ける。今の魔法は、つまり技術なのだ。結晶石は動力源だ。

 ともあれ、結晶石に含まれる魔力量はそれほど潤沢で、人の世に大いなる恩恵を与えている。ただし、ひとつ問題があった。

 どうしても結晶石になりきれない魔力がある。大気中の魔力がゼロにならないのはそういうことだ。

 貪欲な金糸樹が、ふたたび食らおうとする。

 実は、一度放出された魔力は金糸樹にとって毒になる。

 自らが放出した力を再吸収した際には毒となるなど、おかしな話だ。

 そうして金糸樹は、暴走するのだ。

 いったん金糸樹が暴走してしまうと、黒い霧のような塵が噴出するのを止めることはできなくなる。霧とも塵ともつかない、かつては魔力だったモノは、あらゆる生き物にとって害悪そのものだ。草木は枯れ、昆虫も動物も体内に入り込んでくる毒と化した黒塵を排除できない。待つのは全生物の絶滅を孕んだ壮絶な死だ。

 ゆえにテミスは、金糸樹の大暴走を食い止めるために、あえて許容範囲内で黒い霧を放出させている。つまり、暴発するまで魔力を溜め込めさせるのではなく、少しずつガス抜きをするようにしたのだ。そのための魔法具も開発された。

 だが厄介なことに、百年ほど前から、吐き出された黒い塵が即座に変化し、闇黒獣という人を食らう化け物が生成されるようになってしまった。

 闇黒獣は大陸各地に出没するようになった。

 闇黒獣に対し、即刻テミスは対応した。今度は黒塵を吸収する魔法具を開発したのだ。これにより、闇黒獣の出現はある程度は抑えられるようになった。テミス内には出現するが、『狩り衆』と呼ばれる一団が速やかに排除し、闇黒獣による被害は事前に食い止められる……はずだった。

 ここで、不測の事態が起こる。

 十五年ほど前に、金糸樹の枝が盗まれるという事件が起きた。金糸樹の枝はいまだ行方不明で、その証のように大陸中に出没する闇黒獣の数が跳ね上がった。盗まれた金糸樹が、小規模の暴走を起こしているに違いない、とテミスの首脳陣は判断した。

 闇黒獣は、人の住まう大陸から海を隔てた土地に生息する幻獣とも違う。闇より出づる怪物に、どの国も対応しきれない恐れがあったが、都市国家テミスから注意喚起とともに闇黒獣の対処法が勧告された。発生の元凶としてテミスを責める向きもあったが、実際問題として闇黒獣を討伐できなければ人的被害が大きくなるばかりだったのである。


「まぁ迷惑ではあるが、みすみす枝を盗まれてしまったテミスの手落ちではあるんだよ。なんというかねぇ、金糸樹を盗む、という発想自体なかったんだと思う」

「わからないわけじゃないけど、それにしても金糸樹っていうのは、わがままなヤツだと思うよ」


 視線をどこか遠くへさ迷わせるエイヤに対しての、あけすけなユイカの愚痴だった。

 金糸樹とは何なのか、大陸内で的確に把握している人間はわずかだ。


「この都では、金糸樹の枝に関する情報は、集めにくいかもしれないけれど、手がかりを見つけたからには何とかしなければね」


 どんなに細い糸でも、手繰り寄せなければならない。

 ユイカは詰めていた息を吐きだすと、カップを傾けてエイヤ特製の香茶を飲みほした。






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