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金の森の娘  作者: 長谷なた
第一章
4/74

争闘

 まさにその時、灰でできた円陣の外では、猛き警邏隊隊員らと闇黒獣の争闘がはじまろうとしていた。

 小型の闇黒獣でも従来の動物の二倍はあろうかという大きさだが、やはり馬上からは攻撃しづらい。

 到着と同時に多数の隊員が勢いのまま馬から飛び降り、手にした長剣で上から叩き斬るように次々と闇黒獣の首を刎ねていった。剣は地面に跳ね返される前に、くるりと返した刃で次の闇黒獣に襲いかかる。

 落ちた闇黒獣の首は、即座に石化して地面に転がる。

 胴体の方は、黒い塵と化し霧散する。

 石となったウサギやリスの形をした首が、ごとりごとりと音をたてて地表を埋めてゆく様は、実に不気味だ。

 闇黒獣も殺られるばかりではない。頑丈な後足で軽々と跳躍しては、隊員の剣先をすり抜ける。ウサギ様の長い耳やリス様のふさふさとした尻尾も飾りにすぎず、目も鼻もない状態でも、隊員の攻撃をかわせるのが不思議だ。

 武人らに押され、じりじりと後退していた闇黒獣に、それまでは存在しなかった鋭く尖った歯のそろった大口が生じた。押し寄せてきた、獲物としか見えない隊員らに食らいつくためだ。闇黒獣の方が分が悪いと思うのだが、バケモノどもは意に介していない。彼奴等に心があると言うのならば、だが。

 獣の敏捷性と怪物としての残虐性を併せ持つ闇黒獣は、数に任せた集団である分、かなり厄介だ。とにかく、その攻撃力はすさまじい。歴戦の猛者でない限り、たやすく判断を間違えそうだ。

 年若い面立ちの隊員が、ざっくりと闇黒獣の胴体を輪切りにした。

 だが、泣き別れしたと思った体は、黒い粒子を放出したかと思ったら、たちまちのうちにつながってしまう。

 人と闇黒獣が入り乱れる中、若輩の失敗を目にした上役が喝を入れた。


「馬鹿者、教えを忘れたのか! 闇黒獣は首を切り落とさねば意味がない」

「は、ははっ」


 まだ十代とおぼしき隊員は、とっさの忠告に反応し、次にふるった剣で、襲いかかる闇黒獣の首を刎ねた。

 闇黒獣はユイカの作った円陣に近寄れないが、人である隊員は別だ。闘いのうちに円を構成する灰は、隊員のブーツに蹴散らされ踏み荒らされてしまった。

 灰でできた結界の一部が消えたと理解したのか、数疋の闇黒獣が力のない者達に引き寄せられる。

 状況を察したユイカが、手を突っ込んでいた背嚢から何かを取りだそうとした。

 ここぞとばかりに、闇黒獣が跳躍する。

 リザベルの目の前に闇黒獣の顎が迫った時だ。

 ざんっ、と二、三疋の闇黒獣が、ひとりの隊員の大剣によって首と胴とに分離した。

 はたと気づくと、リザベルの目の前にたくましい武官の背中があった。一兵卒ではない、と判断したのは、まとう外套が他の隊員とは違う色だったからだ。


「怪我は!?」

「ご、ございません」

「よかった」


 振り向いた武官が、にかっ、と笑った。赤っぽいの髪の、実に端正な顔立ちの男性だ。双方の視線が絡まったのは一瞬だった。


「副隊長! 美人の前でカッコつけてないで、さっさとこっちの片付けも手伝ってください。こちら、ウルガリア隊長が張り切りすぎて制御がききませーん」


 部下の叫びに、「おうっ」と返答した武官は、あっという間に闇黒獣の群れの中に躍り出た。

 立ち向かってくる隊員らをも餌としか見ていない闇黒獣どもを、難なく蹴散らすふたりの傑物がいる。ひとりは『副隊長』と呼ばれた赤っぽい髪の男で、いまひとりは『ウルガリア隊長』と口にされた人物だ。

 見事なたてがみの軍馬を駆った『ウルガリア隊長』は、到着と同時に馬上から飛び降り様、鞍の脇に革ベルトで装着されていた戦斧(せんぷ)を手に取り、一気に振った。

 たった一振りで、数十疋の闇黒獣が薙ぎ払われた。大ぶりの戦闘用の斧の刃が、ぶん、と激しく音をたてて空を斬る。

 斬りとられたウサギ様の首が、瞬時に石と化し、宙を舞う。声をもたない闇黒獣だが、土煙とともに、あたり一帯は、聞こえぬ阿鼻叫喚のるつぼと化す。

 百近くまで膨れあがっていた闇黒獣の群れは、手慣れた武人らの容赦ない手によって次々と狩られていく。石化した首が、ぽんぽんと宙を飛ぶ。

『ウルガリア隊長』の漆黒の髪が、綺羅星をたたえた夜空のごとくに艶めいた。


「鬼神か」


 ユイカのつぶやきは、誰の耳にも届かなかい。

 凄惨な場面を目にして身をすくませる令嬢のもとに、男が駆け寄ってきた。


「お、お嬢さま!」

「まあ、サミー」


 忠実な従者は、確かに援けを呼んできてくれたのだ。リザベルは駆け寄ってきたサミーの手を取り、エリとともに喜び合った。「間に合った」とむせび泣くサミーをなだめながら。





 闇黒は首を斬り落とされると、頭部は石化し、胴体は黒い塵となって霧散する。ただし確実に頭と胴を切り離さねばならない。

 いまユイカとリザベルとエリの周囲には、数えるのも嫌になるほどの獣の頭の形をした物が、ごろごろと転がっている。彫刻の失敗作が、意味もなく打ち捨てられているかのようだ。

 闇に浮かぶ不気味な頭部の中央に佇立するのは、警邏隊の隊員らに『ウルガリア隊長』と呼ばれた男だ。その彼に部下とおぼしき男が近づいた。先ほど、リザベルを襲おうとした闇黒獣を(ほふ)った者だ。


「隊長、闇黒はあらかた片付けましたが、新たな群れが現れる危険性はあります。早々に引き上げた方がよろしいかと」

「来るのならば拒みはしないがな、カシアス」

「お楽しみのようでしたが、夜は長い。まずは女性を安全な場所へお連れするのが先決です」

「ふむ」


 ウルガリア隊長が、戦斧を軽々とを一振りした。ぶん、と空を切る音が森の木々の中へ吸いこまれていく。

 暴れ足りないのではないか。

 ウルガリア隊長は酷薄な目を、闇黒獣に囲まれていた女性達に向けた。苛烈な戦闘の後のせいか、ひどく冷たい眼差しをしている。

 警邏隊隊員の数人が、魔法具の灯を掲げている。ウルガリア隊長は貴族令嬢と従者をひとわたり見やると、その者らとは一線を画すかのような旅装姿の少女に目をとめた。

 こちらを()めつける男に気づき、ユイカは、す、と目を細めた。ことさら、うやうやしく頭をさげる。どちらかと言えば嫌味とも取れそうな大仰な礼にも、ウルガリア隊長の表情は動かない。


(見かけは端麗な騎士だけれど、なかなかどうして、剛の者のようだ)


 ひそかに評価するユイカに気づいたのだろうか。ウルガリア隊長が、氷の刃のような眼を細める。

 ウルガリアが気になると言えば、彼女の目つきだった。彼らは敵になり得るのか、関与しても平気なのか、あるいはさっさと距離をとるのが正解なのか。判断材料を探しているような眼ではないか。

 装いは明らかに平民なのに、ウルガリアほどの者に値踏みをするような目を向けるとは。いや、彼が何者かなど、この娘に興味はないのかもしれない。必要なのは、この先、彼女自身の行動を邪魔しないかどうか、というところか。


(この騒乱にうろたえるどころか、こちらを見定めようとする平民の娘、か)


 名家の令嬢とその随行者は、焦燥まじりの顔つきをしてはいても、どうにか体裁を取り繕うという努力が垣間見える。特に令嬢は気丈に振る舞っている。深窓の令嬢とは思えない胆力がうかがえた。名家もいろいろだ。乳母日傘でいられるような状況とは無縁の家なのかもしれない。

 それにしてもだ、とウルガリアは独りごつ。

 平民の娘の悠然とした態度には、この場に似つかわしくない余裕のようなものが垣間見える。正体を見極めたいところだが、この暗闇の中、闇黒避けや照明の魔法具の結晶石を無駄遣いするわけにもいかない。


(そう言えば……)


 ウルガリアは、令嬢の侍女に回収されていた魔法具を見た。粉々に砕けた結晶石の欠片が、かろうじて形を保つ台座にこびりついている。彼は、胸前で両手を握りしめて佇む名家の令嬢──リザベル・アネット・カーマインと名乗ったか──カーマイン嬢に訊ねた。


「我らが到着するまで、その魔法具で闇黒獣の襲撃をもちこたえていらしたのか、カーマイン嬢?」

「……あ、いえ、その」


 リザベルが口ごもった。ちらり、とかたわらの平民の娘を盗み見る。気づいた娘は、わずかに唇の端をあげ、ご自由に、と言わんばかりに、くいっと眉をあげた。


「いえ、その。でも、押し寄せる闇黒獣に耐えきれず、ごらんの有様とあいなりましたが」


 リザベルは気丈な瞳をウルガリアに向け、次いで壊れた魔法具へと視線を移した。

 明らかに別の事情がありそうだが、ウルガリアにはここで追及している時間はない。彼女らは、これから都へ赴き、事情を聴取されることになる。


(報告書が提出されてからだな)


 令嬢から目を逸らすと、彼は救出した者達の足元に視線を投げた。魔法具が置かれた場所だ。

そこだけ、わずかに土の色が違う。何かの粉のような物が撒かれた痕跡に気づいたのか。


(へぇ、この御仁、他の人と比べても、かなり夜目がきくらしい)


 ウルガリアの目線に気づいたユイカの口角が、わずかにあがった。

 この男、さて、どういった仁なのか、と思わないではないが、ユイカは即座に疑問を投げ捨てた。ともあれ、この場をしのげれば良しとしよう。

 奇遇と言えばよいのか。ユイカが知ることはないけれど、ウルガリア隊長も彼女と同様の意見だった。

 脱輪した魔法馬車を元に戻すのに、隊員の力を借りた。その後、ユイカもリザベルもエリも、馬車に乗り込み、周囲を三名の隊員に守られながら都入りをすることになった。


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