08
「……私は、ロランダの領主のウェンディ・ノーマンです。子供を解放していただき、会話で平和的に解決しませんか?」
駄目元でひとまずそう呼び掛けてみることにした。
「うるせえっ、早く食べ物と薬をさしだせっ!」
まあ、案の定無理だった。
「お願いしますっ!人質なら私がなりますからっ」
そうダンの母親は涙ながらに叫ぶが、その要望ももちろん拒否された。
苛立った相手の熊獣人は威嚇するようにうなり声をあげた。
その様子は中々に恐怖をあおるもので、拘束されているダンは更に大泣きし、見守っているロランダの住人たちもびくっと身体を震わせた。
もちろんウェンディもめちゃくちゃに怖かった。
ただ今まで家にこもって恐怖という体験を味わったことが初めてだったので、体も表情も動かなかっただけだった。
膠着状態が続くこの状況を動かしたのは熊獣人側だった。
「…………おいっ」
そう低い声がその場に響いた。
その声一つだったが、緊張感も迫力も、今目の前でダンを人質にしている熊獣人とはけた違いだった。
「頭っ!」
熊獣人の集団の中でも3m近いであろう最も体の大きい獣人に抱えられていたのが、その声の持ち主だった。
おそらくこの集団のリーダーのような存在だろう。
「……俺は、はあっ、大丈夫だ。…その人間のガキを離せ」
そう苦しそうに言葉を吐き出した。抱えられている身体全身には包帯がまかれていた。
「頭!でもっ、このままじゃっ!」
顔を悔しさに歪めながら、反論しようとする。
「命令だっ!」
その重みを感じる一言で一気に空気が引きしまった。
その殺気と緊張感で一瞬拘束の手が離れたその時、ダンは泣きながらこちらへと駆けだす。
「っ!くそっ!」
そう叫んで捕まえようと手を伸ばし、足を動かすが、同じく駆け出した母親がダンを守るように腕に抱え込む方が早かった。
「ダンっ!」
「おかあさんっ!おかあさん!」
そう力いっぱい抱き着くダンと、それを抱きしめる母親。
そして、拘束していた熊獣人は悔しそうに唇を噛みしめ、その力強さに噛みしめた唇から血がこぼれた。
「……かはっ」
空気の漏れる音がした。
「頭!頭っ!!!」
熊獣人たちが頭と呼ばれるリーダーの彼を取り囲む。
見守るこちらのこと等お構いなしに、リーダーの獣人へと呼びかける。
見るからにリーダーの獣人はひどい怪我を負っている。
このまま放っておいては、もう長くは持たないだろう。
――ああ、面倒だ――
ダンは解放された。面倒だから、早くこの場から立ち去りたいのに。
ウェンディは放っておいて戻ろうと決め、踵を返そうと身体を動かそうとした時だった。
アンナがぎゅっとウェンディのワンピースの裾を握る。
熊獣人たちの集団を見つめる目は複雑な感情を抱いているように思えた。
自分の弟を傷つけようとした怒りと相反した、今目の前で死にかけている獣人に対しての憐情。
幼い精神では整理をつけることは難しいだろう。
「……ねえっ、……死んじゃうのかな」
そうアンナはふり絞るようにウェンディに問いかけた。
面倒だ。
本当に、本当にここに来てから面倒なことばかりだ。
ウェンディはアンナのその面倒な問いかけをスルーし、取り囲む熊獣人たちの元へと歩み寄った。
「はあ……邪魔どいて」
声を荒げ、何をするのかと今にも喉元に噛みつく勢いで威嚇するような熊獣人たちを無視し、ウェンディは死にかけの熊獣人の身体へと手をかざした。
「…………生き、てんのか?」
そう再び開いた眼と、上半身を自ら起こすそのリーダーの熊獣人の姿に、涙を流しながら感嘆の声を取り囲んでいた熊獣人たちは上げずにいられなかった。




