08 いざ王都へ! 後編 〜王都到着〜
まずセオンツが先導に躍り出て、山賊三人衆の行く先に立ちはだかった。
進路を塞がれた山賊たちは足を止めざるを得ず、全員その場で静止した。山賊を指揮していた大男が難色を示した。
「な、なんだてめぇは!」
「よぉお前ら。そんなに急いでどこに行くってんだ」
壁に手を付き立ち塞がるセオンツの表情からは余裕が感じられた。山賊三人衆は目の前の鋼の肉体をした戦士に一瞬たじろいが、大男が大きく前のめりに踏み込み、腰に携えた剣の柄に手を伸ばした。それが交戦開始の合図となった。
「邪魔だ退け‼︎ こいつが見えねえのか!」
「おーおーっ。いきなりそんな物騒なモンちらつかせちゃって……ほんじゃ、お望み通りやってやりますか!」
姿勢を戻しセオンツが構えたその時――、鉄仮面と痩せ細った男の二人が彼の背後から現れた。ジュアンとヴレントだ。
「ちょっとばかし付き合っていってくれよ。山賊さん」
まず鉄仮面が握りしめていた右手の拳を開き、地面に向けて何かを放った。放たれた物体は地面に激突すると、土煙に似た風を山賊三人衆の周囲に蔓延させていった。
たまらず腕で鼻と口を覆い、げほげほと涙目で咽せた。
「俺ちゃん特性香辛料スパイシー爆弾〜。喉がお焼けになってもご愛嬌!」
視界と嗅覚をやられた山賊三人衆は、セオンツの激しい回し蹴りをかわす事も受け身を取る事も叶わなかった。
蹴りを入れる直前に、ヴレントがセオンツの方角に向けて、なにやら手を伸ばし光り輝いた。説明されなくても理解できる。あれは魔法だ。
魔法によってセオンツの力はさらに跳ね上がったということが、蹴り飛ばした山賊頭の大男が吹き飛んだ距離と、叩きつけられた岩場の砕け具合でよくわかった。
山賊衆はなにがなんだかわからないうちに、全員セオンツの鉄拳によって制裁されていったが、強化された攻撃を受けてなお、立ち上がった者がいた。
リーダーの大男だ。蹴られた腹部に大きな足跡を残し、ぶつけた後頭部を痛そうに撫で回していた。
「へぇー。伊達にトップやってる訳じゃねぇって事だな」
「ふざけやがって! こんな事で俺たちが――」
その言葉の続きは到着したレヤンロの「そこまでよ」の一声と共に掻き消えた。
鋭く陽の光を反射し、赤い光を放つ剣の先を大男の喉元にまでかけていたのだ。
「これ以上は手荒な真似をしたくないの。大人しくその仲間を連れて盗品を全て置いていきなさい」
その状況は誰がどう見ても山賊側の圧倒的な不利――いや、ゲームセットを示していた。
山賊の頭は流石に分が悪いと判断したのか、勢いよく振りかざそうとしていた拳や剣を置き手を上げた。完全なる降伏の意思であった。
しかし――。
「危ない‼︎」
俺が叫んだ時には既に山賊三人衆の一人、中くらいの男がレヤンロの背後から切り掛かっていた。やられたフリでもしてこの時を待っていたのだろう。頭の顔がにやりと歪む。
これも作戦のうちだったのかもしれない。
早々に倒されたように見せかけ、勝ちを確信した瞬間の隙を狙う。再び状況はあちら側の有利となる算段だ。一度崩された布陣を立ち直すのは難しい。そして逆境を崩した側にはそれまでになかった向かい風が、勝機に一足先へ近づく大きな精神的かつ肉体的なアドバンテージを得るのだ。
……もちろんそれは成功すればの話だが。
その不意打ちをまるで見ていたかのようにレヤンロは山賊親分の方を向いたまま、左足で中男の腹部を正確に蹴り付け、動きを止めたところで一瞬振り返って更に上顎に向けて宙へその足を伸ばして蹴り上げた。多段ヒット。
格ゲーびっくりのハイセンスかつハイスピードなクンフーファイティングに、さしもの山賊三人衆もお手上げといった状態となっていた。不意をつくはずが、逆に不意を突かれたというわけである。残る山賊チビも寝たふりをやめて起きあがり、山賊三人衆は神妙にお縄についた。
「これにて一件落着ね」
盗まれた品々を重そうに片手で沢山運ぶと、レヤンロは盗難にあった女性に彼女の鞄をもう片方の手で手渡した。
「ありがとうございます……なんとお礼を申し上げてよいか……」
「気にするでない。人として当然のことをしたまでだ」
「あれぇーオレの攻撃あんま効いてなかった?」
山賊三人に手痛い被害を与えたはずのセオンツが、残念そうに頭を掻いた。
「手加減しすぎたんでないの」
彼の肩にぶら下がるように現れたジュアンが呟いた。
「だって殺すわけにもいかねーしよ」
「いや。たしかにセオンツの一撃は優秀だったぞ。あれがなければ私の止めがああも容易くは決まるまい」
レヤンロに続いて、付け加えるようにヴレントが言った。
「多分こいつらの着ている衣服のせいだろうね」
ヴレントは、縄でぐるぐる巻きに縛り上げられ座り込んだ山賊三人衆の服を触ってみせた。俺の様な異世界に無知なるものにもそれほど高価な服装とは思えない、有り体に言えばまぁ山賊といえばだよねみたいな少々小汚い服だった。
ただし、あれほどの衝撃を浴びて、土埃以外の一切が――傷一つ足りともついていないという異常事態は流石に理解できたが。
「魔法衣だね」
ヴレントが三人を回しながら呟いた。
「少々古風な造りだけど間違いなくコレイドの魔法衣だね」
それが何を意味する事なのかちんぷんかんぷんだったが、レヤンロたちが表情を変えた事から相応に価値のあるものなのだろう。一介の山賊如きが持っているに相応しくないという。
「これほどの物はもう流通していないから売れば高くつくだろうに。――とするとキミたちは金目当てで盗品をかっぱらってきたわけじゃないってことだ」
名探偵ヴレントの推察が当たっていたのか、山賊三人衆たちは無言を貫きながらも、その顔色を大きく変えた。
「依頼されたってことか。それが誰からなのかは教えてもらえないのかな」
ヴレントは座り込んで同じ目線に立ったが、口振りとは裏腹に未だその瞳から溢れるオーラは剣呑なものだった。
「山賊にも義理ってモノがあるんだ。生憎てめぇらに何も話すことはねぇよ」
状況は圧倒的に最悪だが、山賊の頭は未だ強気の口調と態度を崩さなかった。この先何があっても彼らがまともな情報を――いや、口を開いてくれることさえ怪しいだろう。
なんならこの場での死ですら覚悟している表情だ。
他の二人もそんなリーダーに同調してか、誰一人口を割って「俺、もう嫌だぁ」などと言って自分だけ逃げ出そうともしない。そういうのありそうな世界なんどけどな。
「……だよな。仕方ねえけどよ」
セオンツは山賊三人衆の縄の先を掴むと、肩を落として明後日の方へ目を向けた。
これ以上の尋問は無駄とみたのか、レヤンロたちは彼らを連れて行き、その後は何も聞かなかった。
「とりあえず彼らは王都へ連行する。処遇もそこで決めるとしよう。こいつらが口を割らない以上、ここに残ってしまった盗品が誰のものかわからないからな。それでは返したくとも返せない」
レヤンロは馬車を二つにして王都へ向かうつもりだった。
まず山賊三人衆を小さい方へ。そして監視役にセオンツが入り、本来俺たちが乗っていた方へ残り全員を。
「こっから先は広くなってよかったぜ」
肩と腰をわざとらしく回しながらジュアンは言った。
「俺がいなくても寂しくて泣いたりすんじゃねぇぞ」
誰がするか、と笑いながらセオンツが山賊三人衆を引き連れ、狭い馬車に入って行く。
「すまないな。何かあれば大声で呼んでくれ。いつでも私たちが駆けつける」
と言うレヤンロにセオンツは「おぅ」とだけ力強く返した。
そしてセオンツが乗り込んだ馬車を操るのはヴレントだった。
これで二人は元々の馬車から離れてしまった。
鉄仮面の言う通り、ここまでの道中よりもかなりスペースに余裕ができたようだった。
早速広くなった馬車で真っ先に寝転んだのはジュアンだった。
全員が無事、乗り込んだのを確認するとレヤンロが出発の合図をかけた。
「さぁ行くぞ皆。目指すは王都へ」
王都への道は言われていた通り、過酷で少々肌寒かった。熱苦しい筋肉男が一人と人間一人がいなくなると、こうも変わってしまうものなのか。身を寄せ合って暖め合うこともできず、しばらくは身を震わせて耐えるのみであった。
極寒かといえばそうでもないのだが、何せ一人だけ夏か春のような格好をしているので、常に馬車から入り込む冷たい隙間風が肌を凍えさせて仕方がない。
そんな様子を察してジュアンが「寒いのか?」と聞いてくれたのだが、正直嫌な予感しかしなかった。
しかし予想に反して普通に自身が身につけていた鉄仮面を外し、俺に渡してくれたのだが。
サイズは彼にとっては少し大きめに作られているので、俺にはちょうど良いサイズだった。
いざ鉄仮面をつけてみると、視界のほとんどが覆われてしまい、辛うじて空いている十字状の空洞から世界を覗き見るしかなく、これを常時被っているなど俺には不便すぎて到底敵わない事だった。しかし寒さには滅法強く頭だけでも風の影響を一切受け付けないというのは、非常にありがたかった。
寒い地帯を越えると少々マシになり、仲間の分身である鉄仮面を返した。
舞い降りた広野の地は果てしなく広く、草木以外目立った物は無く、奥の方に山々が連なっているのが見えるだけだった。
馬の足も順調で、速度を落とす事なく進めば向こう側へはたどり着けるだろうというレヤンロの計算通りだった。
ひたすら広い世界を真っ直ぐ果てまで目指して、俺たちは止まる事なく進み続けた。懸念の山賊三人衆も、仲間を呼んでいたりなどはしていないようで、大人しくセオンツの乗る馬車で無言をひたすら貫いていた。
道中も特に敵らしい生物は存在せず、鹿の様に大きなツノを携えた生き物の群れが視認できる程度だった。
「あれはクランビヨンだな。この時期になると群れを作って、一斉に山の方へガヨの実を取りに大移動を開始するんだ」
「へぇ〜レヤンロは詳しいんだな」
異世界の生態に無知な俺はただただその知識に感服するばかりだ。
レヤンロによると彼らは基本的には温厚な生物のようで、こちらから攻撃を仕掛けない限り襲われることは皆無だという。
ならば何故襲われるものがいるのか――というのも、クランビヨンなる生き物は高く買い取られ市場に出回るらしいのだ。ツノは時期によって値段が上下し、収集家たちの間では特定の時期のクランビヨンはマニア騒然のレア物に値するらしく、時には家一軒にも並ぶほど価格が高騰するらしい。その毛皮も様々な衣服に加工できるほど利便性に富んでおり、肉は臭みを落とせばこれまた堪らないほどの美味らしく、とにかく使えない部位がないほどの逸材だった。ハンターたちからすれば、彼らは至高の獲物であり痛い思いをしてでも捕まえるべき存在なのだろう。
そんな彼らの怒涛の民族一斉移動を阻害する事なく、俺たちは先へ進んで行くことができた。
あたりがすっかり夜の闇に溶け込む夕暮れになると、それまで山々や木々しか見えてこなかった景色に変化が訪れ、最終ゴールの付近に建築された休憩所が見えてきた。
今晩はここで宿を取るらしい。
行きの休憩所時より少々設備が整っており、暖かい暖炉や川をぶち抜いて作られた沐浴場、そして二階にベッド付き個室まであった。青と赤の縞模様のメイド服を着た従業員が休憩所内を案内してくれた。
流石に部屋は六人全員(プラス山賊三人衆)が入るには足りないので、残る男どもは屋外テントで眠ることになった。
そのまま監視役としての任を続行したセオンツとヴレントがテントに向かって行ったのを見送って、俺たちは食卓へとついた。
「こりゃ美味そうだな!」
パンに切り落とされたハムのような肉の塊、そして休憩所名物胃の底から全身に染み渡る暖かみをくれる、野菜たっぷり濃厚特性スープにご馳走のオンパレードだった。
食事の作法を終え、いただいてみると中々の味であった。
空腹で胃が背中とくっつきそうな俺にとって、食事とは渇きを潤す極上のもてなしだ。身体中の血液が淀みなく流れ、ぽかぽかと温まっていった。
隣では料理をつっつきながら「ここもまぁまぁやるが、俺の方が美味いと思うぜ」とジュアンが呟いていた。
たしかにこれは万人受けする味のため、ジュアンの作る旨味のパンチが効いた深い味わいの飯にはならないだろう。それでも満足できたのでよかったが。
食事を終えて汗を流そうと、その例の川をぶち抜いてできた沐浴場を見た。
当然温泉ではないためかなり狭く、そして屋外に位置している本当に水で体を洗い流すだけの施設になっていた。
川に影響を与えないようにと石鹸類は持ち込みも使用もできなかった。
狭いので順番に交代で使うことになった。まずはリーダーのレヤンロ、そして(自称)副リーダーのジュアンに、回復役の二人、そして最後に俺となっていた。
しばらく経つと俺の番が回ってきたので、沐浴場で服を脱いでそのまま川に浸かってみた。
水なので冷たかったが、凍え死ぬほどでもなく洗い流すだけなら充分だった。
川の水は底が透けて見えるほど美しく、水自体も夜の空や俺の顔をはっきり映し出すほど綺麗だった。
やはり露天風呂は良い。こうして世界と一つになっていくのを感じるからだ。
まぁ長く浸って風邪でも引いたら洒落にならないので、キリのいいところで上がることにした。
もうすぐ王都か。遠足や修学旅行で知らない土地へ向かう時の様な期待感と高揚感で胸がいっぱいだった。
程よく水気を落として服を着て、自分の寝室へ向かった。
今回はあいつと同室でないため、安心して心ゆくまで眠りにつくことができる。部屋には鍵もかけられるようで、警備体制は完璧に行き届いていた。素晴らしい。
布団に崩れ落ち、ゆったりと体を寄せていると、いつの間にか瞼が閉じていくのが分かった。
そこからの朝は光陰矢の如しと言わんばかりに、時が過ぎ去るのはあっという間であった。
一通りの支度を終え、全員が再び集合すると休憩所を出て、王都へ向かって旅路が再開した。
テントでも山賊三人衆たちは何かするわけでもなく、誰一人欠けることなく無事にここまでやってきた。
王都まで着けばもう安心であろう。
そう時間の経たぬうちに、なにやら大きな都市部が見えてきた。
「あそこが王都だ」
レヤンロが指差して言った。
「ほんとにバカみたいにでけぇんだな〜」
「実物はもっと大きいぞ」
ありのままの感想を呆然と述べた俺に、レヤンロはくすりと笑いかけた。
赤くレンガ石で作られた橋を渡ってみると、レヤンロの言葉に嘘偽りなく聳え立つ城の近くに巨大な街が広がっていた。
洋風の建築物が何軒も何軒も連なっており、奥の方でも山の様に列を為していた。それまでは少なかった人の数も、王都に近づくにつれて段々と増えていき、今や行き交う人だかりで埋もれてしまいそうだった。
顔ぶれも人間からワイバーン頭の亜人、耳の長い少年から魔法使い然としたローブに杖を携えた老人など、多種多様であった。
その景色に自然と心躍る。ついに来たのだ華の都、王都へ。
街中には様々な露天商や店を構えて呼び込みをしている者で賑わい溢れかえっていた。売られてる品々も珍妙な物が多く、ぎょろぎょろと不気味に瞳孔が動き続ける巨大な目玉に、四角形の宝石がいくつも連なった束、ドラゴンの鱗や棘だらけの真っ赤な果実など、とてもじゃないが一日で周りきれないほど豊富なラインナップだった。
目移りしすぎで思わず目が回りそうだ。あちらこちらで招き入れるように飛び出している看板類も数えきれないほどあり、「デフアン」だの「リノートン」だの、何と書いてあるかは読めたが、それが何を意味するのかはさっぱりだった。
天気は良好、風も心地良い。
観光にはまさしくもってこいの状態であったが、逸り昂る気持ちを抑え込んで本来の目的地へ向かった。
王都へやってきた目的。
それは各地で魔物を手引きしている犯罪者の捜索をしてもらう事。
あらかた外見上の情報は出尽くしているのだが、肝心の居場所や手がかりについて、今ひとつ立ち止まっているのだ。
凄まじい数の人が集まる王都の有する情報屋なら万事解決待ったなし。故に今その店に向かって直行している。寄り道などは以ての外なのだ。
それにレヤンロは王都にあまり良い思い出が無いという。俺の身勝手かつ下手な行動でおぞましいトラウマを呼び起こしてしまう訳にもいかない。
名残惜しいが今は仕方ない。いずれまた会うとしよう。
そしてもう一つの目的が、ここまで連れてきた例の山賊トリオを警察だか憲兵だかに届け出し、盗品を調べてもらうか預かってもらうことだ。何しろこいつらは、ここにきてもまだその堅い口を割ろうとしないので、盗品がどこの誰から盗まれたものなのかわからないのだ。然るべき機関で調べてもらうことで、きちんと持ち主を発見することに繋がるのだ。帰るまでが遠足、盗品をきちんと届けるまでが人助けなのだ。
「ではここからは別行動になるな。セオンツ、ヴレント。彼らと盗品の件、頼んだぞ」
「了解。そっちも例の契約者見つけろよ。んじゃお互い要件がすみ次第、あの木の下で落ち合おうぜ」
セオンツが指差した先には「願いの木」とプレートがかけられた大きな樹が聳え立っており、付近には噴水や児童が遊ぶ公園のようなスペースがあった。一種の待ち合わせスポットなのだろうか。
見ると不思議な気分になる大木であり、この広い王都で迷子にならない様、いつまでもそこに居て寄り添ってくれる暖かい雰囲気を醸し出していた。
それぞれが道を別ち、目的を果たすために一歩を踏み出した。