07 いざ王都へ! 前編 〜レヤンロの仲間たち〜
「王都に行く?」
「そうだ」
散々な目に遭った朝食裁判を終えて、事件はとりあえずシロにまで落ち着いた。レヤンロのパーティー全員が目を覚まし、準備が整ったその時、彼らは出発に向けて調整を行っていた。
話の流れで俺もそこに居合わせたので、今こうして調整に参加しているわけである。
王都。文字通り王の住む都。
異世界ファンタジーじゃあお決まりの、ヒト・モノ・カネがやたら集まる大都市国家。まだ見ぬ魔法使いから、屈強な戦士、僧侶に武闘家といった者どもが溢れており、果てはエルフやドワーフといった珍しい種族も探せば恐らくいるだろう。かつていた世界でいう、東京みたいなものだと考えるのがわかりやすい。
そしてなんといってもそれほどの都会となれば、ファンタジー定番のクエストなんてもんや、ギルドが数多く集う酒場なんかもあるに違いない。そこを拠点とし、この能力を使えば一転して異世界ハーレムチート生活が満喫できることになろう。
超絶難易度を誇るクエストなんか単身クリアしちゃったりして、王様から謁見とかされちゃってハイ大金持ち。
そのカネと現代知識を活用して充実した役満生活を送るのだ。幸いこの世界とあらゆる文字が読めるので、常識にまだまだ疎い俺でも生活していくうちにすぐに慣れる事だろう。
とまあこんな俺のやましさ百点満点のくだらない思惑とは全く別に、レヤンロたちは王都に向かう目的があった。
「人探しだって?」
「そうだ。この町で起きたグリド事件。あれは元々この町に滞在していた一人の人間によって手引きされたものらしいのだ」
今やすっかり復興を果たして、以前よりも賑わいに花を咲かせるリンシャの町ではあるが、げに恐ろしきこの世の悪魔グリドによって、奴の欲望の赴くままにたくさんの死者を出した、というのがまだ記憶に新しい。
そんなおぞましい事態を引き起こした人間なんているのか。
しかもそれが何より同じ人間によるものだというのが、にわかには信じがたかった。
「奴の顔はわかっている。金髪でメガネをかけている全身白いコートの男だ」
レヤンロが取り出した資料には、現在述べた特徴そのままの人物が描かれており、その下には文字で注釈がいくつか述べられていた。
「ここまでハッキリとわかっているのに見つからないのか?」
「あちこちを巡っては行方をくらましてんだよ」
ようやくかつての鉄仮面姿に戻ったジュアンが説明した。
それによると、男は人間がそれなりに集まっており尚且つそれほど強い者が少ない町へふらっと宿を求めて現れては、翌朝には姿を消し、入れ替わるように屈強な魔物が姿を現すようになるのだという。今回のグリドだって、レヤンロクラスの実力者が複数揃っていなければまともにやりあう事ができなかったと思うと、どうも魔族の相当な実力者とコネクションを持っているらしい。
しかも的確に場所を指定して呼び出しているため、噂では悪魔共と契約を果たしているのではないか、と言われているらしい。
「動機はなんなんだろうな。そんなことしても自分の居場所が一つ減るだけなのに……」
「さぁな。ただ一つ言えることは、悪魔と契約なんかするようなやつにロクなやつはいねぇってことだ。金、力、女……あるいは抑えきれない破壊衝動に身を駆られて、世界に復讐しようと悪魔と手を結ぶ連中とかな」
ジュアンの言う通りであった。
ただやはりそういう契約は、本人にも相当のメリットがないと裏切られたり裏切ったりして、割に合わないと思われるので、何件も魔物たちを発生させている事から、そいつはかなりうまくやっているようだ。なんのために街を悪魔に売っているのか、どんなメリットを貰っているのか、それは奴を捕まえてから明らかになる事。
今は奴を探し、悲劇に遭いそうな拠点を守ることが役目だとレヤンロは言っていた。
そのためにも王都の人探し場に行ってこれを提出し、その男を探し出してもらう――という事らしい。
これほどまでにびっしりと事細かに情報が記載されているのも、似顔絵だけではよっぽどのことがない限り、情報不足と門前払いされる為である。
また情報が詳しければ詳しいほど、待つ手間も減り見つかる人物の正確性が跳ね上がるのだという。
この話を聞くにレヤンロたちは王都出身なのかと問うたが、メンバーの中で、昔王都に住んでいたことがあるのはレヤンロ一人だけだった。
「昔のことだ」
と言ったレヤンロもそれ以上は語らなかったので、俺も根掘り葉掘り深く詮索するのはやめた。なにより自分の真実を何一つ語れない男が人の真実を探ろうなど、甚だ問題外である。
しかし、敢えて一つ言うならば、それを語るレヤンロの表情はあまり元気そうなものではなかったという事だ。
故郷に戻るとなれば気持ちがどこか高揚し、あるいはたとえ多少の嫌な思い出があってもそれすら思い出の一部として、生じた一抹の郷愁感に想いを馳せ、どこか楽しそうな表情が見えてくるものである。
それが一切なく物憂げで悲しそうな顔をしたということは、そのにはもう二度と近寄りたくない程トラウマ級の出来事があったということ。
実際レヤンロも調べ物をするためだけに行くといった感じで、観光やクエストなど寄り道は全く行わないらしい。
そして用が済めば直ぐに帰るつもりであることが、この話し合いの中のレヤンロの態度で薄々察知した。
それほどの何があったというのだろうか、家族と死別した――とかあるいは奴隷として身売りされた……とか。
レヤンロは初対面から高貴な雰囲気をバンバン漂わせており、とても並の人間が近寄り難い印象であったが、レヤンロ本人の態度はそれを埋めるように親しく、そして優しくしてくれた。
王都にまつわる貴族の出なのだろうか。それならば、あの煌びやかな装備品なども説明がつく。
考え出してもキリはないので、レヤンロの過去についてはこれ以上なにも考えないことにした。
そして俺もこのまま王都へ参じようと思った。
とりあえずはレヤンロたちと行動を共にして、そいつでも捕まえたら改めて王都で異世界生活をすごすことにしよう。
こうしてそれぞれの決意も新たに、レヤンロと俺の部隊は馬車に乗り町を出る事にした。
「あなた方には感謝しても仕切れません。王都へ向かっても達者で」
その時、街の大半の人間が見送りに来てくれた。先頭に立っているのはあの大聖堂のシスターことアレインさんだ。
今やすっかり目の下の隈も消えて、健康的な赤みを感じる元気な女性となっていた。彼女の優しい声と美しく儚い笑顔は、まさしく聖母のそれに瓜二つであった。これからの旅路を祝福してくれているようであり、手向けとしては十分過ぎるほどであった。
「世話になったな皆。また何かあったらよしなに頼む」
「ご武運をお祈り申し上げております」
こうして俺たちは思い出深きリンシャの町を発った。
あんなにも近かった見送りが遠く、小さく見えてきていよいよ旅が再び始まるのかと、心躍ってきた。
「馬じゃなくてこいつに乗せてもらったほうが早そうだけどな」
馬車のスペースをやや所狭くしている大男のセオンツが、冗談まじりにつぶやいた。
「道を知らねえからな。それに六人全員の身の安全は保証できねぇし」
言ってて、まるで自分が自動車免許持って運転しようとしているみたいだった。当然前の世界でも免許なんて持ってなかったけど。
この中でまともに会話したことがあるのがレヤンロとジュアンしかいない俺にとって、他の四人とは全くの新鮮な出会いであった。
セオンツは確かジュアンと並んで、宴の夜にレヤンロを介抱していた男だったはずだ。記憶が正しければ。
緑がかった金髪のゴリゴリに彫りが深い豪漢といった感じだ。顎から耳にかけてやや長めの無精髭を生やしており、極太の眉毛が男らしさと力強さを存分に演出していた。首から下は皮でできた鎧を着ているが、肌がやたら見えており素材を見てみるに、随分ガタがきているようで、所々破れているのはそのためだろう。
鎧の綻びから覗き見える肉体はまさに男の筋肉そのもので、ちょっとやそっとの攻撃ではびくともしなさそうなほど力強く、硬そうに盛り上がっていた。
予想してみるに百戦錬磨の修羅場を乗り越えた戦士といったところだろうか。レヤンロが魔法を使えるのか全くわからないが、男女の戦士二枚看板で、白兵戦は任せろといったところだろうか。
パーティーの主戦力であることは間違いないだろう。
「なんだよニイちゃん人の体じろじろと見て」
分析を極めているところにセオンツ本人から突っ込みが入った。
しまった。あまりにも長見しすぎたか。
「仕方ねぇよ。こいつは乳に取り憑かれし狂犬だからな。そこに乳があれば男でも女でも見境なしってことさ」
「なわけねぇだろ‼︎ 初対面の印象ぶち壊しにするようなあらぬ誤解を招きかねない紹介はやめろ!」
この野郎。予想通りこいつらにも邪悪な思想を植え付けようとしやがったな。今馬の操縦をしているレヤンロに聞かれたらまたえらい誤解されんだろが鉄仮面。
しかしそれを聞いてもセオンツは誤解するどころか、大きく笑い飛ばして「ははは。そうかそうか。そういやまだ俺たちミュピリポス以外はロクに自己紹介もしてなかったな」と言ってくれた。
「オレはセオンツ。ま、見ての通り脳筋の戦士さ。こん中じゃオレが一番リーダーとの付き合いが長い。よろしくなケイゴ」
「お、おう。よろしくセオンツ」
こっちも名前を覚えるのにギリギリだったが、あちらもしれっと言い淀む事なく俺の名前を呼んでくれたということが、素直に嬉しかった。
好青年と握手を交わすと、その手が幾重もの戦を経験した男の手であるということが――セオンツという男が刻んだ闘いの歴史がひしひしと伝わってきた。
セオンツの自己紹介が終わると、隣にいたフードを被った全身痩せて細長い男が名乗り出た。
「こうして話すのは初めまして、になるかな。僕はヴレント。この部隊ではジュアンと並んで戦闘補佐という役割に準じているよ。戦闘補佐っていうのはね……」
「まー後ろでチマチマ魔法で援護したり、壁張ったりする仕事のこったな。俺はといえば戦闘後の飯ケアが主だが」
話を被せてきたのはジュアンだった。まさに見た通りの役割分担であった。強そうなのが前線で暴れ回り、比較的小さめな者が後衛で支援。ということは、ヴレントは魔法使いということになる。
「……そうそう、そう言う感じだからまぁよろしくね」
「よろしく」
ヴレントとは会釈を交換しただけで、握手はしなかった。というのも馬車は狭いので、近い者だけと握手すればいいのだ。
「で俺ちゃんは……」
「お前からは自己紹介代わりに散々なモンをプレゼントしてもらったっけなぁ……」
こいつのだけは必要ないほど色々、恥部も暗部も全部教えてもらいましたとも。意外性ナンバーワンの鉄仮面料理人(赤毛ツインテールショタ)。
「初夜に初めてを交換し合った仲だもんな」
「絶対それ言うと思ったんだよ! 馬車から投げ捨てたろかこの仮面野郎!」
そのやりとりを聞いて、セオンツも何故か顔が引きつっており、「お前ら…………そういう間柄だったのか……」と引き気味で喋った。
「違う! それだけは絶対違う断固違う何がなんでも違うたとえ他の何を肯定しようがそれだけは違ういいな?」
「わ、わかってるよ。ほんの冗談だっつのははは。面白ぇヤツだなケイゴは」
こちらがあまりにも迫真の表情で詰め寄ったので、セオンツもようやく誤解の糸を解いたことだろう。当たり前だ。沽券に関わる。
鉄仮面がつまらなそうにぶーっと呟いているが、その姿だとちっとも可愛くない。その鉄仮面と邪悪な心根を叩き直してからプロポーズし直すんだな。次は兄好きで萌え〜な妹に性転換してからおとといきやがれってんだ。
レヤンロ一行とも四人と顔見知りになり、後は二人を残すのみとなった。
二人はやや遠くにいたので、はっきりと顔を見ることができなかった。
俺は二人の顔を拝むためにもっと近くへ席を交換にした。
「はじめまして。私はテーム。この部隊の一人目の回復役……ま、僧侶になるね」
テームという男は他のメンバーと異なり、自己紹介の際もこちらを見つめることはなかった。むしろ横目で必死にこちらに顔を合わせまいとしている様子さえあった。黒髪の長髪で、左目が隠れるほど伸び切っていた。馬車の隅っこで足を抱えて縮こまっている様子は俺と同じく陰の者を思わせる。
「ということは……」
「やぁ。そしてボクがもう一人の回復役、ゼラさ。ボク達は二人でこの部隊全員の回復を担っているのさ」
テームの隣に座っていたゼラという男は、コミュ障気味のテームとは異なり、しっかりとこちらを見てはいたが全体的に得体の知れない雰囲気を出していた。首まで埋まる白いコートに、頭部は真っ白なフードで覆われていた。髪の毛を確認できなかったが、代わりに両耳から垂れ下がったロングイヤリングが目立った。
イヤリングは肩に届くほど長く、瞳と同じ藍色をしていた。
お互いによろしくを言い合って、俺は本来の席に戻った。
これでレヤンロパーティー総勢六人を知ることができた。改めて見ると全員只者ではないオーラに満ちており、実力者揃いの精鋭部隊である事が窺い知れる。
攻撃二人に回復二人、そしてサポート二人と役割分担がはっきりしており、バランスが整っている完璧なチームなのではないだろうか。半分に人数を割いても攻撃・回復・支援に必ず一人づつ入るというのも素晴らしい。二チームに分かれて探索……なんてことも容易だし。うっかり分かれてしまってもどうにかなるだろう。……攻撃二人で固まってしまうという事態がない限り。
「そういった窮地に陥らないように、私とセオンツは出来るだけ離れて戦っているのだよ」
馬を操りながらレヤンロが話してくれた。
「別に仲が悪りぃわけじゃないんだぜ。ま、それに我らがリーダーミュピリポスさんは一人になったからって大泣きして、尻尾巻いて帰ってくるようなタマじゃねぇからよ。そこんとこは安心できるぜ」
セオンツは背筋を伸ばし、横に寝転びながら語った。ただでさえ六人は狭い馬車で、横になって寝るともっと狭くなり、案の定スペースを奪われたテームが苦しそうに馬車に押し潰されて呻いていた。しかしテームの表情は嫌悪や苛立ちのそれではなく、若干の困り気味を映しながらもはにかんでいる穏やかなものだった。
「良いチームなんだな」
それは心の奥底から出た感想だった。
「ああ。私たちのうち誰が欠けても成り立たない。言うならば私たちは六人全員で一人の人間なのだ」
そう言ったレヤンロの顔はとても誇らしげで、嬉しそうだった。
中には追放なんてやってしまうものもいるが、とレヤンロは続けた。
「あれは私から言われてもらえば仲間との信頼が足りないと思うのだ。自分ができなかったことを、失敗してしまった事を誰か一人の責任として背負わせるのは簡単だろう。だが、そんな事を続けていてもいずれその部隊から人は去っていくばかりだろう。そうして誰かの代わりにまた誰かを入れても、結局はうまくいかないものだ。何故なら一日で信頼関係を築き上げる事は、非常に難しいからだ」
休憩所が見えてきた時点で馬を止め、ここまでの労を労うようにしてレヤンロは馬の頭を撫でた。
「私は約束する。この中の誰を追放や脱落をすることなく、最後の最後まで共に戦い続けると。もちろんキミもだケイゴ」
休憩所は山道の途中に位置しており、これから続く果てしなく長い長い平原を越える者のために、スタート地点・中間地点・ゴール付近と細かく用意されているようだ。
王都へ続く道はこここらまずはこの山道を越えて、さらに先に広がるだだっ広い大平原を歩き切った先にある橋を渡るまでだそうだ。聞いているだけでも目眩がしそうな程遠い感じがしたが、レヤンロが言うには馬車で行くなら休憩を加味しても一日もかからないそうだ。
休憩所には暖かい飲み物やチーズのような味のする食べ物が豊富に取り揃えてあった。山道とそれを越えた先は少々肌寒いらしく、暖かい飲み物が恋しくなるのだという。
王都からこちらへ戻る人にとってはここがゴール地点になるので、わからなくもないのだが。
まだこの辺はそこまで寒くもなく、この先がどれほどのものなのか検討もつかなかった。
そういえば仲間達はセオンツを除くと皆それなりに長いコートを身につけている。鉄仮面なんか顔面を全てアレで覆っているので寒さ対策はバッチリだろう。夏場は地獄になるだろうが。
そもそもこの世界に四季の概念はあるのだろうか。
まあ異世界で細かい事を気にし始めたらキリがないって、おじいちゃんも言っていたので成り行きに身を任せる事としよう。
程よい長旅で硬くなった手足を伸ばし切って、飲食で腹と心をすっかり暖め終えた頃、そろそろ出発の目処が立ちそうになったその時事件が起きた。
「きゃー‼︎ 山賊よーっ、アタシの鞄を盗ったの! 誰か捕まえてー‼︎」
甲高い叫び声を上げた女性が指差す先には、鞄を抱えた男が仲間を引き連れて走っていた。
今時珍しい定番の盗っ人シチュエーションは逆に目新しさすら覚える。男三人がかりで女性一人から荷を狙うとは卑怯な奴らよ。男の方は身長が一番高く大柄な男に、中くらいのと小柄ですばしっこいやつの三人トリオといった様子だった。どうも当品は女性から奪い取った一つだけではないようで、全員何かしらの物を抱えていた。
恐らくあれらも全て盗品だろう。こうして休憩所で一息ついて油断した旅人を狙うなど不届き千万。ここは俺がバシッとシメていかねば。そう思い早速おかしな姿勢を取り戦闘準備に入ったが、その出番がやって来ることはなかった。
何故ならここには彼らが――
「よしここは俺たちの出番だな!」
レヤンロパーティーがいるからだ。