05 異世界絶品ディナー食レポ。宿屋でおやすみなさい!
「遅いな。キミは案外長風呂屋なのだな。まさかもう一度初めから身体をこすっていた訳でもあるまい」
「ははは……」
お察しの通り、そのまさかですけども。煩悩清めんのに必死だったんだよこちとら。童貞の精神力舐めんな。
風呂を上がって身も心も綺麗さっぱりした後、盗まれることもなく無事に主人を待っていた服を着て外に出た。
するとレヤンロが髪を下げた状態で待っていたというのだ。流石にもう全裸ではなかったが。
これで全裸だったら俺のナイーブな心臓が今度こそ口から臓物と共に飛び出していたに違いない。常識のある人でよかった。常識がなんなのかこの世界に来てからというものの、揺らぎっ放しなのだが。
風呂上がりというのは、火照る身体を冷やすようにやはり牛乳でも一杯こうぐびぃと腰に手を当てて飲むのが締めに相応しいのだが、まあ生憎そんな気の利いたモンもないので、代わりにその辺で適当に昨日我が喉を鷲掴みにした絶品ドリンク、ポロイポのジュースを頂いて飲み干す事にした。
「キミは本当にそれが好きだな。皆が驚いていたぞ。あんな風に美味しそうにそれを飲める人間がいたとはってな」
「いやなに、好きなものに味が似てるんだ。これがゲテモノに近いってんなら、俺たち似たもの同士なのかもな」
「違いないな」
ゲテモノ好きだと揶揄したのは少々失礼だったかと、湯を浴びたばかりで熱々の頭を冷やすように反省したが、レヤンロの表情からはそういった怒りや悲しみは感じられず、むしろどこか楽しそうだった。もしかしたら自覚あるのかもしれないな。
あの仲間たちだ。お互いに言えない事はないくらい親密な間柄だろう。
異世界湯屋を存分に堪能して外に出ると、すっかり日も暮れていたようで、レヤンロと俺は共に仲間たちの待つ宿に戻って行った。
鉄仮面の男が親しげに腕を首に回して「どうだった?」と聞いてきた。
この野郎。お前だなわかってて仕向けたのは。
その「どうだった」ってのは一体どっちの意味だ? 風呂か? レヤンロの裸体か?
事と次第によっちゃ殴るぞ。
俺のそういった心境を察してか、面白いものでも見るように沈黙を貫いて、バシバシと気さくに背中を叩いてきた。
例えるなら、クラスの女子に体育倉庫の裏とかに呼び出されたのを他の男友達にも聞かれていて、放課後その一部始終を離れたところから眺められて帰り際に「おいおいどうだったんだよぉ! この色男ぉ!」「婚姻届は明日ご提出ですかいご両人! んんんんんんっ⁉︎」と言われる感覚だ。翌日クラスはその話題で持ちきり。黒板に相合い傘なんかチョークで大きく描かれ、その下には二人の男女の名前がトラウマのように黒板と記憶に刻まれるのだ。
その後の学校生活に支障が出るところか、下手すればそのまま修学旅行の夜更け、布団に着いた際にまでいじられる始末だ。囃す側はこれまたそれが愉快でたまらないのだが、いざされる側に回ると自分がそれまでしていたことの鏡合わせとはいえ、相手のなんとも小馬鹿にしたような態度が非常に腹立たしいのはいつの世にもありふれた矛盾である。
なにせ否定すればするほど泥沼へと空回りしていき、かといて黙って好き放題言わせてしまえば、あらぬ噂が学校中のそこかしこに号外新聞の如く出回り、それがひとたび広がってしまえば最後、「ねぇねぇ八股してるって本当?」という根も葉もない、湾曲に湾曲を重ねて知恵の輪状にもつれた目も当てられない末路に着地し、クラス全員の誤解を解いておかねば、その数十年後の同窓会で定番の酒のつまみにされることは火を見るよりも明らかだろう。
異世界にもそういった感性ってあるのかと、こんなところ似なくていいと思うのと同時にそれが人間の性だと嘆きながらも納得してしまった。わかっててやったんだとしたら、やっぱりこいつら非紳士じゃねぇか。ふざけるなレヤンロさんのたわわに実った禁断の木の実を、蛇の如く強かにいやらしく淫猥な目で睨んでいやがって。
その下品さを助長するように破廉恥仮面野郎ことジュアンは、女性の芳醇な胸を示すように自身の胸の前に両の手を置き、空に円を描くように何度も大きく振っていた。俗に言う「おっぱい」を示すジェスチャーだ。
ぼいんぼいんというふざけた卑猥極まりない低俗な効果音でも鳴らして喜んでいるのかもしれないが、二度とその舌に母音を刻めなくしてやるぞコラ。
純情鈍感系ヒロインを下品で助平な蛇の魔の手から守らなくては。
じゃれあいもほどほどに、レヤンロの仲間たちと思わしき人物たちが集まり、宿の一室に移動していったのでそれを追うように俺も同行した。一際大きな部屋のど真ん中には、たくさんの人間が一堂に会せそうなほど長く幅の広い机が置いてあり、椅子が数えるのも面倒なほど敷き詰めてあった。その中でも料理が置いてある席は少なかったが、数えてきちんとこの場の全員分、俺も含めて皿と共に置いてあった。
内心ついていって大丈夫だったのだろうかと心配だったが、ちゃんと俺の分があるところを見ると、今回の宿泊はきちんと計画されていたみたいだ。
「さぁさぁ座りたまえ。今日は街の皆さんからありがたくもいただいたものを使って出来たご馳走だぞ〜」
レヤンロがそう言うと、仲間のみんなが一斉に席についた。
テーブルの上に置かれた料理の中には昨日食べた例のゲテモノや、肉に魚や野菜に加えて葡萄に似た果物まで添えてあり、レヤンロが言うように非常に豪華な馳走が彩られた食卓であった。
中にはもう待ちきれないと涎を垂らして料理に釘付けとなっている男もいた。
これを作ったのもひょっとして……
「俺だ」
心の中を読んだかのように鉄仮面料理人ジュアンは、俺の隣の席で親指をぐっと見せつけるように天に突き立てた。
面倒見もいいけどこの人妙に俗っぽいな。
しかしそんなお茶目な俗っぽさからは想像もつかないほど料理は豪勢なもので、これほどのものを人数分しっかりと作ることができるのは本当に大したものだと思った。しかも、俺を風呂に送り届けてそれなりに経ったとはいえ、その後すぐこれを作ったのだとしたら賞賛に値する才覚だ。
適当に見繕ったものではないということが、先程から鼻腔を貫く肉の香ばしい匂いや、黒胡椒のようなツンとしたなんとも食欲を誘う香りが証明してくれていた。おまけに人数分スープまで用意されており、まさに一流料理店のフルコース顔負けといった贅沢さだ。
もっと褒めろと主張するようにジュアンはふんぞり返っていたが、仲間たちはそんな労力なんて重要視していないようで、目の前に差し出された馳走に胸躍らせているだけであった。
この仲間っていつもこうなんだろうか。なんだか少し羨ましく感じてきてしまった。
「うむ。私たちが誇る精鋭料理長ジュアンと、自分たちの分を差し置いてまで貴重な食材を分けてくださったこの町の素敵な皆様に感謝の意を込めて、今宵の馳走をいただこうぞ!」
そう言ったレヤンロが合図すると皆一様に目を瞑り、手を合唱のように合わせていた。
あれがこの世界でいう食事前の作法、正式な「いただきます」なのだろうか。俺もその場にいる事もあり、見様見真似で遅れて合唱をした。
数秒続いたそれは、ふっと終わりを告げて食事にありついた。
特別な言葉とかはいらないのだろう。またひとつこの世界の常識を学んだ俺は、ひとまず肉の塊をフォークで取り、自分の皿の上に乗せた。
そういえば昨日はこういう作法なしにいきなり食べていたが、あれはもう宴の体勢に入っているところに参加したからであろうか。正式に始める時だけはこうして最初だけ集まったメンバーで行う作法なのかもしれない。まぁそんなことを考えるのは今でなくともよい。
今はまず目の前に置かれた肉汁たっぷりの獲物を噛み締めようではないか。
俺の口に対しては少々大きめの肉の塊を、切り分けることなくがぶりと噛み付いて口の中に入れた。
瞬間、身体が電流を流されたように痺れていった。
喉へ喉へ落ちていくとめどなく溢れた胡椒と塩に混じった肉汁がそうさせるのだろうか。肉のまろやかな脂が、馳走を待ちきれない舌の上で心地良く踊っていくのを感じた。その衝撃たるや、初めてステーキを口にした際の感動が呼び戻ってくるように、筋肉が震えを上げて喜んでしまうほどだった。
「う、……美味いひぃ……」
口から溢れ出した気持ち悪い感想が止められなかった。
熱々で出来立ての肉切れは、その熱を失わぬまま口内を、舌をすり抜けて喉へ通って行った。まさしくはふはふと熱を逃すように空気を吐き出し、また外の冷たい空気を吸い込むという行為を断続的に繰り返していた。さらにいえば噛めば噛むほど味が出る、という感覚が、お世辞も贔屓目もなしに比喩ではなくそう表現するしかないといったしっかりとした噛み応えとなっていた。
肉は程よく柔らかく、歯で押さえ込むたびにその硬い歯を優しく包み込んで、人を至福の海へ溺れ込ませた。
しっかり噛み付いていないと、肉が脂と肉汁を噴き出して何処かへ消えてしまうのではないかと不安になるほど儚く、上品な味わいであった。肉の噛み応えならぬ、神堪える味わいもさることながら、主役の肉を引き立たせる脂も決してくどくなく、味わい深くまろやかで耽美な舌触りをしており、失った潤いを今一度与えんばかりに甘露であった。久しく食事をしていない空虚な舌と喉を掴んで離さない、至高の一品と呼ぶに相応しい代物であった。
これなしでは生きていけない。いや、人はこの肉を食べるために生まれてきたのではないか。そう錯覚してもおかしくはない、今まで食べたどの料理にも優るほど素晴らしい物だ。
湯浴みで覚えた楽園の感覚が、再び我を誘う。
胡椒の魔法が、肉の艶かしい脂が、天使の翼のように軽やかで楽園に浮かぶ綿菓子のようなふんわりとした白い雲を思わせる柔らかい極上の肉が、その全てが空想のエデンの園を作り出していた。このまま楽園に身を委ねるのも悪くはない。
この世の事象から解放されたように体も軽い。羽根は無くとも空の彼方まで飛んでいけそうだ。空を飛べたら何をしよう。虹を掴んで雲の上で遊んでみようかなあ。
天使たちと鬼ごっこするのも良いかもしれない。そしてうっかり雲の上から落ちちゃってさ……雲の上から落ちて……
「え? 雲の上から落ちた⁉︎」
思わず現実に戻ってきてしまったのは、楽園を生み出していた総本山たる美しい肉たちが無くなってしまったからだ。
な、なんということだ。こんなにも早くあんなにも大きなお肉を平らげてしまうとは。嗚呼、誘惑に負け楽園を追放された罪深き私をどうか許してくれ給え。
むしろ現実に帰ってこれた事は幸福であった。あのまま本当に空に向かって天使に出逢ってしまうところだった。危ない危ない。
だがそんな俺の至福に酔っていた妄想を知らない者たちは、案の定俺の口から飛び出してしまった戯言を聞き逃すはずもなく、食の手を止めて一旦こちらを見ていた。
や、やべぇ。トリップしすぎた。
違うのじゃ違うのじゃ。我は悪くないのじゃ。この肉が、この肉が我を天国に誘おうとするから。
しかし頭の妄想を伝える事もできず、「い、いやぁーすごい! 感動したっ! あっまさに雲の上から落ちるほど素晴らしい一品ですよこれはぁ‼︎」と内心「頭大丈夫かこいつ」などと思われてもおかしくない支離滅裂で意味不明な発言を漏らす事しかできなかった。
しかしそれを聞いた皆は失言を蔑むこともなく、変わらず俺にくすりと笑顔を向けてくれた。
そして隣にいるジュアンは泣きながら俺を抱きしめてきた。
「そうかそうか。そこまで言ってくれるか……ううう」
「わあああ! やめろ暑苦しい!」
しかも料理中でも仮面外さず器用に食っており、手に持っていた魚を刺したままのフォークを、こちらの頬に今にも当てそうな勢いで抱きついてきた。熱い熱い。
てかいい加減外せそれ。いくら十字状に穴空いてるからってそれ呼吸するための最低限のものだから。防具製作者もつけたままの食事を推奨してないから絶対に。
この数日でどんどんこの鉄仮面のインパクトが増大していく。
無口そうに見えてすごい感情表現豊かなんだなこいつ。なんだかそんな様子が楽しくて楽しくて、俺までつい口角が緩んでしまった。
楽しいなあ。もしかしたら遠い昔に、俺はこんな生活を望み焦がれていたのかもしれない。仲間とこうして一緒にうまい飯食ってお互いバカし合って、笑い合って。
部活とか入ればもしかしたらそんな生活できたのかもしれないが、生憎俺は万年帰宅部なのだ。縁はなかった生活も、実際味わってみると良いものだ。そりゃ青春するよ。
仲間達と楽しい瞬間と、目の前素晴らしい料理を存分に堪能し、名残惜しいがそろそろ宴も終わりが近づいてきた。
ちなみに葡萄に似た果物に混じって、一際黒くて小ぶりな果実が置いてあった。どうやら俺のためにレヤンロたちが気を利かせてポロイポの実をそのまま持ってきてくれたようなのだが、果実そのものは正直あまり甘くはなかった。あれを汁にする過程で甘味が増すのだろうか。それとも放置して発酵させるとああなるのか。
兎にも角にも二日続いた異世界飯は、はっきり言って元いた世界以上のご馳走ばかりだった。ふと米や味噌汁とかが恋しくなるのだろうか。その時はその時だろう。自分でも驚くくらい、異世界の料理に馴染むことができ非常に満足である。
食うに困るゲテモノばかりであったら、しばらくの断食を覚悟するかと思ったくらいだ。その辺もひょっとしたら女神様が気を利かせてくれたのかもしれない。言語が馴染みある物に変換されるくらいだ、食べ物も馴染みあるものに変換されるのだろう。
そういや毒にも耐性があると言っていたな。そのうち毒見係も買って出ようかな。……いや、やめておこう。下手なロシアンルーレットで大事な二度目の人生をふいにしたくはない。
変なポーズ取ってる時って毒効かないんだろうか。それならまだ試す価値もあるかもしれないな。運悪く致死性のやつに当たっても瞬時に毒を殺して回復しそうではある。
やべぇなこの能力、汎用性高すぎだろ。
皿を持っていきながら考えた将来の想像は楽しかった。広い部屋を出て奥へ奥へ進むと、便所らしき戸のの近くに水場があった。水道でもあるのかと覗いてみたが、蛇口のようなものは確認できず、代わりに机の上には大量に水の入った瓶が置いてあった。
まさかこれで流して擦るのではないだろうな。それこそ魔法でぱーっと皿でも浮かせて、どこからともなく水とか出して洗うといった荒技でもできないのだろうか。
その付近には洗った碗が丁寧に箱へ縦に並べられていた。見るに一人一人が自身の皿を洗って置いておく感じである。ならば俺も洗うしかないだろう。机の上の水を手に取り、食し汚れた食器にかけてこすった。肉の脂はなかなかに取り辛く、しばらく洗い場での格闘は続いた。
「あーそれ擦んなくていいよ」
いきなり背後から低い声が聞こえてきたので、手元の皿を割ってしまいそうな勢いで肩がびくんと揺らいだ。
その正体はジュアンだった。こいつめまた遊び心全開で足音と気配消しながら歩いてきやがったな。
おかげさまで繊細な心臓が皿と共に砕け散るところだったわ。
鉄仮面料理長は食器を手に取り、そのまま棚の方に差し込むようにして入れた。
「しばらく空気に当てて乾かしゃ消えるんだよ。ゴリアンテの脂」
「ゴ、ゴリアンテ?」
「あんたが大絶賛した今晩のニクだよ」
聞き慣れないロールプレイングゲームの新単語のような言葉に疑問を覚えた俺に、仮面料理長はにやっと笑うように仮面を揺らして説明してくれた。
なんかの生物だろうか。味わい的に牛肉のステーキだと思っていたが、完全に検討外れだったようである。
まぁココアに似た飲料の元になったものが、ポロイポとかいう謎の木の実な時点でそういうもんだと割り切るしかないのだろうけども。
それにしても脂なんて置いておいても消えるはずなんてないのに、流石は不思議な不思議な異世界、その素材だといったところか。ジュアンに色々と教わりながら食器を片付け、今晩の寝泊まりする部屋に案内された。
「おまちどうさま。ここが快適な朝への入り口だぜ」
「……またレヤンロが待ってるとかないだろうな」
「残念だったな兄弟。女性の方は一階の豪華なベッドで、男性陣は二階の小汚い板の上だよ。夜中むらむらと眠れなくても変な気起こすんじゃないぜ」
「するか! んなもん‼︎」
俺をからかうのが大層面白いという風に、愉快そうに仮面はけらけらと笑っていた。
男の前で素っ裸で彷徨くレヤンロ婦人に、今更変な気とかないだろうにあんたらも。
中に入ると昨日よりは広いものの、ベッドは左右に二つ用意されていた。
「今晩は俺と一緒ってことになるな。変な気を起こすんじゃねぇぞ」
「二回言うほどのもんか‼︎ そんで誰が起こすか‼︎」
ベッド離れてるし、第一俺はそんな凶行に走る気もないわ。女性と問題を起こせない男が、男性と先に問題起こしてどうすんだ。
「え。なんだよかった……。いやぁ俺はてっきり『手錠に繋がれた男としか眠れない』とか、『一晩中人間の温もりを感じていないと内なるケモノが暴走して人一人殺してしまう』とか言い出すんじゃないかとばかり…………」
「どんな奴だそいつは‼︎」
そしてどんな危険人物だと思われてんだ俺は‼︎
世界中の犯罪者集めてもそう当てはまるもんじゃねぇだろ!
「ほら、だって兄ちゃんの目があんまりにもギンギラしてたからさ……俺みたいな小心者はいつ襲われるか心配で心配で……」
「お前みたいなやつを小心者とはいわねぇし、お前を襲うくらいなら窓ガラス突き破って外で寝た方がマシだわーっ‼︎ どんな心配してんだ一体!」
野党に襲われる心配をする方がまだ実用的だし、よっぽど現実味があるわ。
勿論相手も本気で言っているわけではなく、冗談であることは俺もわかっていたので、俺も冗談のように返していた。
就寝前にちょっと楽しかったけど、どっと疲れるわこのコント。ツッコミ疲れするわ。
「いやぁやるねぇ兄ちゃん。まさかここまで俺と波長があうとはな。ここまでの逸材はそういねぇよ保証する」
「……そりゃどうも」
左のベッドに横になり、仮面の向こうでどんな邪悪な表情を浮かべているか、全くわからない相部屋相手に俺は冷ややかな目線を向けていた。
…………いや、まさか寝る時も仮面取らないのか⁈
「心配すんな。兄ちゃんが眠りについたら俺も仮面を外すよ」
そんな俺の心の中をまた読むようにジュアンは淡々と言った。
そりゃ一向に構わないのだが、寝返りうつ時横になり辛くないかそれ。そんでまたなんで俺が寝る瞬間まで外さないんだよ。別に今外してもいいだろうに。そこんとこ突っ込むとまた、今度は俺がツッコミ返さないといけないという無限の理にウロボロスの如く誘われるので、俺はさっさと布団に着いた。
小汚い、と奴はそう言ったが、これでもまだまだ上質で手入れの行き届いた綺麗な布団だった。ベッドだって別に乗ったらギシギシと耳障りな音を立てて軋むわけでもなし、一流とまではいかなくても結構いい線いくのではないだろうか。俺の評価が甘いのか、こいつの評価が手厳しいのか。
「兄ちゃん」
「なんだよ」
「今夜は俺と兄ちゃんの初夜だな」
「さっさと寝ろ‼︎」
その後に続くであろう、大変おぞましい冗談を聞いて悪夢にうなされてしまう前に、会話を打ち切るようにして布団を勢いよく頭までかけた。
こいつの冗談はタチが悪すぎる。
絶対仮面の向こうでしたり顔してるって。故意犯だってこいつ。
だって俺が布団にももぐったのに「今夜は眠らせたくない……」とか、「優しくしてくれよ」とか言ってるし。耳元で言い聞かせて確実に悪夢見せようとしてるんだってこれ。
くそう。次また相部屋になる時、こいつとは二度と一緒にならんぞ。あらぬ疑いをかけられても困る。
茶々や冷やかしも止み、静寂となった夜の帳が下りる頃。
お互いすーっと寝息のみ立てている状態となった。
このまま冷やかされっぱなしで終わるのも癪だから、人目その重々しいふざけた仮面の下を覗き込んでやろうと、寝たふりでもして起き上がるつもりだったのだが、くるんだ布団は思いの外心地よく、次第に上がらなくなってしまった重い瞼が、とうとう崩れ落ちて眠りに誘われてしまったのだ。
今日も色々あったなぁ。異世界冒険お疲れ様だ。
まだレベル的に初めの町抜けてないけども…………。
やがて微かに聞こえていた寝息さえも聞こえなくなり、目に入っていた景色さえまどろみ消えていった。