花入れ
花を題材にしたショートストーリーです。
「花入れ」
――それでは、質問を始めます。まず、あなたの名前、年齢、仕事を教えてください。
「は、はい。私は、花橋と申します。今年で、えっと……一、二……四十二ですね。小さな葬儀屋で働いています」
――ありがとうございます。記憶に障害はなさそうですね。
「も、もちろんです。そ、そりゃあ、こんなこと言ってたら、信じてもらえないでしょうが……」
――それでは次の質問です。あなたには最近、悩みがあったとか。教えてください。
「はい。そのぉ……。こんなこと言ったらたぶん、信じてもらえないと思うのですが。あの、ですね。
その、見るんです。
葬儀屋で働いていると言いましたが、そのぉ、まぁ、仕事柄というか、幽霊を見る人って多いんです。仲間でも見ている人いて、私は見たことなかったのですが……。
見たことなかったのですが、ご遺体の顔を見るときに、その、ある女性の顔が見えるようになって。
もう恐ろしくて恐ろしくて」
――その女性とは、面識はありますか。
「いいえ。もちろんありません。
なので、ものすごく恐ろしかったです。ご遺体はみな、血色のない顔をされていますが、みなさん穏やかな顔をされています。まぁ、そのように調整しているともいえるのですが……。
でも、見える女性の顔は、とても恐ろしくて。冷たい顔をして、私を睨みつけてくるのです。ああ、思い出しても震えてくる」
――その女性が見えるようになったのは、いつ頃のことですか。
「はい。ええと。たしか、二か月ほど前からだったかと。ある日、花入れの儀を行っているときに。あ、花入れの儀というのは、葬式が終わった後に、棺に花をいれる儀式があるでしょう。それのことです。
その花入れの儀をしているとき、あの時は、年老いた男性だったかな。どうぞ、花をお入れくださいと言った時に、ふと顔を見たら……」
――女性の顔が見えたと。
「はい」
――そのことは、誰かに話しましたか。
「はい。見え始めて、一週間後ぐらいだったかな。後輩の子が、心配してくれたのです。昼食を食べているときに、声をかけてくれて。
話そうか迷いました。しかし、私以外にも幽霊を見る人はいますから、話してもいいかなと思って、話してみました」
――その後輩の方はどう仰っていましたか。
「女性の顔が見えることを言ったら、やっぱり幽霊っているんですねって言ってきました。その子、入ってきて二年ぐらいの若い子なので、たぶん面白がってしまって。でも、ちゃんと心配もしてくれました」
――話をしたことで、何か変わりましたか。
「いいえ。何も。
少しだけ気が楽になりましたが、仕事に行くときはいつも憂鬱で……。家に帰るときは、ほっとするんです。冷蔵庫を開けると、ああ家に帰ってきたなって思います」
――女性を見るのは、仕事の時だけですか。
「そうなんです。不思議といえば不思議ですが、幽霊も死人ですからね。死人がいる場所のほうが出やすいのかな。はは」
――質問を変えます。あなたは、葬儀屋で仕事をなさっていますが、身体の部位が欠損した遺体を扱ったことはありますか。
「いいえ。私はありません。ほかに勤めている同業者の人から、話を聞いたことがありますが……。腕や足が欠損していても、特に不自由はないらしいです」
――では、もし、首無しの遺体をご葬儀することになったら、どう思いますか。
「首無しですか……。そうですねぇ。
ただのイメージにはなってしまいますが、写真でも置くでしょうかね。さすがに、ご遺体の顔がないと、可哀そうなので。
ああ、でも。もし、頭が見つかったら、話は別ですかね」
――それでは最後の質問です。この女性の顔に見覚えはありますか。
「っ! こ、この人です! わたしの前に現れてくる幽霊です!
な、なぜこの写真を私に……。ああ、恐ろしい。しまってください」
――彼女は、現在首無しの状態で見つかっています。あなたは、頭部の行方を知っていますね。
「え、ええ? な、なぜ」
――あなたがここにいる間に、家宅捜索は終えていますよ。なぜ、彼女を殺したのですか。
「……」
――なぜ、面識がないと嘘をついたのですか。
「……」
――彼女の顔を見て幽霊だと思ったのは、あなたが殺したからでしょう。
「……」
――彼女を殺した動機はなんですか。
「……」
――答えてください。
「……」
――黙秘権を使おうなどと……。
「彼女は、私のことを知りません。なので、面識がないと伝えました。面識っていうのは、お互いに知り合っている状態じゃないと、当てはまらないでしょう。彼女は、私が一方的に見ていたんだから、彼女は私を知りません。彼女の家も交友関係も調べ上げて、どう知り合おうか悩みました。悩んで悩んで、でも話しかけることなんてできそうになくて。どうしても自分のものにしたくて。したくてたまらなくて、でもどうしようもできなかったです。でもある日、死体を触りながら、こうしたら彼女の事を自分のものにできるなって思いました。死体の扱い方はわかっているし、殺し方はわからないけど、ナイフで刺せば死ぬかなって思いました。思いのほか、殺すのに手間取っちゃって、彼女の身体が血だらけになってしまいましてね。洗うには場所が悪かったし、頭だけを家に持ち帰りました。ふふ、可愛かったなぁ。冷蔵庫の中は冷たくて、彼女が寒そうにしているので、マフラーを巻いてあげて、ごはんをあげて、お世話をしてあげました。とても幸せでしたよ。仕事先にも彼女が見え始めてからは、ああ、彼女も私のことを好きになったんだなって思って。こんなに会いたがっているのに、まだ仕事しているのかって怒られている気分になって。ふふ。嫉妬なんて、可愛いなぁって、にやつくのを我慢しましたよ。もう恐ろしくて。こんなに幸せでいいのか恐ろしかったです。ああ、本当にかわいい。早く会いたいなぁ。ねぇ、早く家に帰してください。彼女が待っているんですよ。聞いてますか」
――これにて聴取を終わります。ありがとうございました。