3日の猶予
バルツ教官の訓練が始まってから1か月。
訓練開始のルーティーンに遅れる人も減ってきていた。
俺は毎回一番にたどり着いていたし、回数を重ねるごとに少しずつタイムも早くなっているが一度たりとも教官より先に着くことができないでいた。
教官も俺らと同様に第3訓練場に集まってから第1グラウンドに来ているのに追いつくどころか背中すら見えたことがなかった。
「今日も時間通りに来れなかったのは君たち3人か。」
その3人のなかにグリトもいた。
彼らはこの訓練が始まってから一度も3分以内に来れたことはない。
ここ1週間は彼ら以外みんな時間通りに来れるようになっていた。
「今週中に1度も時間通りに来れなかった奴は今後他の連中と別メニューをこなしてもらう。」
「予定では来週から体術の訓練を始めることになっているがそれとは別で今まで通りのランニングメニューをやり続けてもらう。」
「君ら3人のためにその他大勢の時間を無駄にはできない。」
「期限はあと3日、死ぬ気でやるんだな。」
教官はそう伝えて訓練を再開した。
俺はすでに体術の訓練に入っていたが、これもそれほど厳しいことではなく用意されていた課題は難なくこなしていた
「リューヤ、お前は以前から体術を学んでいたんだよな?」
「はい、子供の頃から」
「そのうえ君は剣術もなかなかやるそうじゃないか」
「そんな大したことはないですけど」
「謙遜はしなくてもよい、なんせあのダリオン・バルティアが認めていたぞ」
「彼を知っているんですね」
「当然だ、彼は私の弟子だからな」
「そうだったんですね」
「今でも時々稽古をつけている」
「こないだ稽古をつけたときに君のことを聞いてね」
「魔法はともかく剣術の腕は一級品だって」
「そうでしたか」
「にしても、君は変わっているね」
「そうですか?」
「普通、子供の頃は体術や剣術より魔法の上達に力を入れるのが普通だと思うんだけどね」
「それは・・・俺は早くから自分の魔法力のなさに気づいていただけです」
「他の人より早くそれに気づきそのことを補うために体術や剣術に励んだんです。」
「そうか、まぁそれはそれで一向にかまわないよ」
「訓練の最初の授業で説明したが、我々は魔法以外の才能を引き出すためにもこの訓練をすることにしたからね、まさに君みたいなね」
「そうだ、来週から体術の授業に入るとさっき言ったが君には私と一緒に教える立場になってもらう」
「俺がですか?」
「君が次の訓練をするにはまず彼らの訓練が終わらないといけないんだ」
「早く次へ進みたいなら手伝ってくれたまえ」
「分かりました」
「では、私は他の生徒のとこへ戻るよ」
「あの、」
「なんだね」
「あの3人が本当にルーティーンをこなせると思っていますか?」
「彼らの努力次第だろう」
「残り3日の努力でどうにかなるとは思いません」
「なら、君が手を貸してやればいいだろ」
そう言って教官は行ってしまった。
訓練が終わり教室に戻って俺はグリトと話していた。
「あと3日で間に合わせるなんて無理だよ~」
グリトは嘆いていた
「まぁ俺でよければ手を貸すから頑張ってみよう」
「いいのか?」
「手を貸すのは大丈夫なんですか?不正だ!とか言われませんかね?」
一緒に話を聞いていたリンが言った
「確かに・・・」
「そのことなんだが教官本人から許可はもらっている」
「そうなんですか?!」
「あぁ、ただ3日しかないからのんびりしてられない」
「今の話って本当なの?」
そう言って俺たちに話しかけてきたのはフレネ・アンジーという子で、このクラスの中でも身体能力は頭一つ抜けていて、クラスの中でよくまとめ役とかを引き受けている子だ。
「手を貸すって話か?」
「そう!」
「本当だけど」
「なら私も手伝うわ!せっかくなんだしクラス全員で次の訓練へ進みたいじゃない?」
「まぁ人手は少しでも多い方がいいし助かるよ」
そう言うとフレネは教壇に立ちクラスメイトに話し始めた。
「私たちは3人のために手を貸したいと思っています。もし3分切れずクラスメイトとは別に訓練をしないといけないなんて置き去りにしているしている気がして私は嫌です。」
「もちろん、彼らがもっと努力をすればよかっただけだと思う人もいるかもしれませんが、私たちはEクラスで、多分みんな苦手なことがあってそれを克服するのは簡単ではないと知っていると思います。だからこそお互い助け合うのが大事だと思います。」
「時間もないし人手も足りません、なのでどうか私たちに手を貸してください!」
彼女は深々と頭を下げた。
「まぁ、そこまで言われたらね」
そう言ってクラスのみんなで3人を助けることになった。
「でもどうするんだい?」
クラスの一人が言った
「それは、今から考えます。」
とりあえず作戦会議が始まった。
「なにか案がある人はいる?」
「無難に魔法で運ぶなりすればいいんじゃない?」
「魔力が少なくてもこんだけの人数がいれば1000mくらい持つでしょ」
女子生徒の一人が言った
「それはできないよ、そもそも学園内で魔法の行使が認められているのは特定の場所だけ。」
「訓練場内や、グラウンドならともかく俺たちの走っている場所では使ってはいけないよ。」
「でもさ、正直誰かが見てるわけでもないじゃん。授業中だし。」
「どうかな、そもそも手を貸していいと言い出したのは教官からだし、もし手を貸した方法を聞かれたらどうするんだ?」
「適当にごまかせるような相手じゃないと思うし、それに規律や規則を重んじている人相手に校則をやぶったのがばれたらそれこそグラウンド走る程度のペナルティじゃ済まなそうだしね。」
「確かになぁ」
「なら、正攻法で3分で走り切れるようにするでいいんじゃない?」
「私たちは練習のサポートをする」
「確かにそれが一番いいんだけどね、もしもの場合を考えておくのが大事かなって、手を貸すって決めたんだから最低限出来ることを考えておきたい。」
「でも、とりあえず3人には今日から居残りで練習することにしよう」
とりあえず作戦会議は終わり、居残り練習を始めた。
タイムを測ったり、走りが得意な人がフォームや呼吸の仕方などを教えていた。
「ねぇ、ちょっといい?」
フレネに呼ばれた
「どうした?」
「その・・・3人とも走り切れると思う?」
「まぁ、正直に言ったらきついだろうな。」
彼らのタイムを見る限りでは残り3日でどうにかなるものではなかった。
「やっぱりそうだよね。」
「だからこそ何か策を考えないとな」
「やさしいんだね」
「グリトは友達だし色々助けてもらったことがあるから、その恩返しみたいなもんだよ。」
「フレネもだいぶ気合入ってるみたいに見えたけど。教壇での演説とか」
「あとの二人は私の幼馴染なの。」
「私勢いで行動しちゃうからさ、いつも彼女たちに迷惑かけてきたんだよね、それでもずっと仲良くしてくれててさ、その二人がピンチなら私が立ち上がらなくてどうするんだー!って思ったの。」
「なるほどね」
「勢いよく始めたもののすでにもう手詰まりで、私作戦とか考えられるほど賢くないからさ」
「リューヤはどう?何か作戦思いついた?」
「今は何とも」
「そうか、まぁお互い頑張るしかないね!」
彼女は明るい声でそう言ったが笑顔ではなかった。
次の日また訓練の時間が来た。
いつものルーティーンが始まる。
俺は今までで一番の速さで第1グラウンドに到着したが、いつものように教官は来ていた。
「1分40秒か、これまでで一番早いな」
「教官に早いと言われましても」
「こんなの普通だよ、むしろ君たちは遅すぎるんだ。」
「それで、彼らに手を貸すことにしたようだけど上手くいきそうなのか?」
「嫌味ですか?」
「いやいや、厳しくしているが私も教官だからな。生徒たちが成長するのは私にとってもよいことだからね。」
「まぁ、そうですね。正直キツイです、大した策が思いつかず結局本人たちがタイムを縮めるしかないということになって練習してますけど」
「君は彼らが3分を切るとは思っていないのか?」
「不可能とは思いませんが3日でどうにかなるとも思いません。教官なら彼らのタイムは知っているでしょう?」
「さぁ、案外サクッとクリアするかもよ」
そうこうしているうちに続々と到着してくる。
「3分14秒だ、ペナルティでグラウンド1周。」
3分は間に合わなかったもののクラスは歓喜した。
たった1日でこれまでの最速タイムを出したからだ。
これはいけるかもしれない、誰もがそう思った。
その日の放課後また居残り練習をしていた。
「リューヤ!」
「フレネか、どうしたの」
「もしかしたら本当に正攻法でいけるかもね?」
「確かにたった1日で結果が出るとは思ってなかったよ」
「なんだか不安そうね?」
「まぁ、今日はよかったと思うけどもう2日しかないからね。ギリギリもいいところだよ」
「確かにね、みんな浮かれているけどまだ14秒もあるもんね」
「リューヤは作戦考えているの?」
「やっぱり念のたの保険はかけておきたいからね」
「何か思いついた?」
「まぁ、1つだけ」
「そうなの?!」
「まぁ、まだ思いつきにすぎないから。でももしかしたら簡単にクリアできるかも」
「本当?!」
「うん、ただ一応明日俺が試して上手くいくまで誰にも言わないでほしい」
「期待させておいて無理でしたってなるのは皆の士気を下げちゃうから」
「分かった。」
次の日、チャンスはこれを含めあと2回。皆気合いを入れて走り出した。
俺は全員走り去ったのを見計らって第3訓練場を出た。
「59秒。だいぶタイムを縮めたな」
「まったく教官は酷いことをしてくれますね」
俺はスタートから59秒で第1グラウンドに到着した。