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第四話

「今週も一週間、お疲れ様でしたー!」

「かんぱーい!」


居酒屋に乾杯の音頭が響き渡る。心愛たちの同期飲み会である。

幹事の好みでか、本日のお店は掘り炬燵式の座敷でメニューは和食だ。テーブルごとに置かれた刺盛が豪華な舟盛りになっていて歓声が上がる。

今回の集まりは20名ほど。入社した時の同期は5年経て四分の三程度に減っているから、ほぼ集まっていると言っていい参加率だ。最近はこう言う機会も減っていたので皆こぞって集まったのだろう。参加者の顔ぶれを見回すと、遅れるかもと言っていた言葉通りに藤崎はいない。

藤崎との交際を明らかにしていない中では、どんな顔をしていれば良いのかと迷っていたので心愛は少しばかり安心した。どうせ藤崎は場の中心に引っ張られるだろうから、自分は端に座っていようと思う。話す機会がなければ、演技する必要もないだろう。


今回の幹事は新入社員研修のグループが同じになって以来、親しくしている友人である。その彼が端のテーブルであれやこれや面倒を見ているのを見て、一通り料理が出切った後に心愛は席を移動した。


「高瀬!幹事、おつかれ」

「どーも」


汚れた皿を積み上げてどかしながら、高瀬がくいっと眉を上げた。高瀬は愛想こそよくないが、親しくなれば話のわかる、同期の中でも親しいと言っていい相手だ。今年の四月に営業から管理部門である人事部へ移っていたが、適任だろう。


「ここのお店、初めて来たけどいいね!」

「ああ、鈴原好きそうだよね。酒は大して飲めないのにツマミ好き」


一緒に飲みに行く機会があった高瀬は、心愛の好みもわかっている。


「日本酒が飲めればもっと楽しいだろうけどねぇ。でも、飲めなくても和食系のツマミ大好き」

「だろうと思ったよ。ここ、この間部の納会で来たんだ」

「ああー、人事部の飲み会はいいお店が多いって聞いたことある!

異動してからどう?」

「まぁぼちぼち」


ぼちぼち、という高瀬の顔をじっと見れば、言葉よりも柔らかい表情だ。営業時代よりも、穏やかな顔にひとまずほっとする。


「嫌いじゃないってかんじ?」


感情を露わにするタイプではない高瀬だ。心愛がぼかして言えば、にやりと笑った。


「まぁね」

「高瀬には、向いてそうだよね」

「そりゃどうも」


営業の仕事は、あまりピンとこない、と言っていた。でも多分、上司と合わなかったのもあるだろう。ずいぶん親分肌の彼の元上司は、懐いてくるようなタイプでもない高瀬が可愛くないようで、隣の島のチームの心愛まで萎縮するような注意を延々とし続けていた。人事部は、穏やかな人が多いと聞く。そこで高瀬が力を発揮できるといいと思う。


「幹事はお店選んでくれたら十分なんだから、こんな端っこで飲んでないで、あっち行ったら?」


心愛が別のテーブルを見てそう言うと、高瀬は軽く首を振った。


「ま、幹事だからここで様子を見るよ。騒ぐのが好きって訳でもないしさ」

「そっか。じゃあ私もここでゆっくりしよ」


ちょっとずつ席を詰めてもらい、お酒を追加注文する。先週はレモンサワーを飲んだから、肌寒い今日は梅酒のお湯割りだ。薄めに作ってもらい、お湯割り用グラスのぬくさに癒される。


そんな心愛の様子を見ていた高瀬が口を開いた。


「鈴原こそ。どう、最近」

「どう、とは?」

「ちょっと前に彼氏できたっつってたじゃん。うまくいってんの?」


部署が変わった高瀬とは以前より話す機会が減っていたが、顔を合わせれば立ち話程度はする。以前、ちらっと話したことを覚えていてくれたのだろう。

あの時は、付き合い始め直後だったから浮かれた心愛がつい「彼氏が出来た!」と明かしたのだった。こんな微妙な状況になるなら、相手どころか彼氏が出来たこと自体、人に言わない方が良かったしれない。


なんと答えて良いか思い浮かばず、心愛は唸った。


「うまく…の定義をまずください」

「定義ぃ?そんなことを聞くことからもう上手く行ってない気配だな」

「ううーーん、そうなのかな」

「そうなん?」


言ってみろ、と促す高瀬に肩をすくめてお断りする。高瀬に話したくない訳ではないが、今日は日が悪い。何せ相手の藤崎も来るのだ。


「まぁいいじゃん、私の恋愛などつまらない話ですよ。今日は、あと誰が来る予定なの?」

「まだ来てないのは、小林と藤崎かな」


高瀬も、心愛の様子で察してくれて深追いはしない。あからさまな話題の変更に乗ってくれて、こういうところも付き合いやすい相手なのだ。


各テーブルを見てみれば、未使用の箸がある席はあと二つ程度。一つは、心愛達のいる隣と、もう一つは一際盛り上がっている一帯だ。お酒が入ってだんだん皆が緩やかに移動していくので徐々に乱れつつあるが、料理もほぼ終わりの状態だ。同じ会費で参加して食べられないのも気の毒だな、と残っている料理をできるだけきれいに取り皿に取り分ける。あの盛り上がっている席でも、誰かがやってるだろう。空席に座ろうとする誰かが来るたびに、撃退しては確保している一人の女子を見て思う。


「遅れて来たやつが悪いんだから、鈴原がそんなことやらんでもいいのに。どうせ時間が経って、不味くなってんだからさ」


少し変色してしまった刺身を指差して高瀬が言う。


「まぁね、でも私はあったら嬉しいから」

「藤崎と小林なんかに優しさは不要だと思うけどね」


藤崎はともかく、おそらくこの席に来るであろう小林は取り分けられていたら喜んでくれるタイプだろう。穏やかで優しい同期の顔を思い浮かべる。そして藤崎は…美味しいものだけを生きてきたように見える人間だ。残り物を食べるところなんで想像出来ない。でも、2人で食事したときはどうだったろうか。そういえば、藤崎が何かを残している姿もあまり見たことがない気がする。

ぼんやりとそんなことを考えていたので、


「…俺、藤崎には腹が立ってんだよな」


と、高瀬がボソリと呟いた言葉にドキリと心臓が跳ねる。


「えっ?なんで?」

「最終的に、総取り」

「はい?」

「意外にヘタレなくせにさ」

「藤崎がヘタレ…?」

「鈴原は、藤崎に夢見すぎだからな」

「ゆ、ゆめぇ⁈んなわけないじゃん、私と藤崎の仲で!」


同期の中では、犬猿の間柄の二人である。心愛が藤崎に憧れている、なんて取れるような発言に焦った心愛はつい声を上げた。


すると、


「え、俺と鈴原のどんな仲?」


低めの落ち着いた声ーー心愛の好きな声だーーが、後ろから響く。

慌てて振り返れば、奴がいた。


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